21・力が弱まっている(コリンナ視点)
「おおっ、コリンナ様! おかげで風邪が治りました。体がとても軽いです。さすが聖女様です!」
治癒を終えると、患者である中年の男性が私──コリンナの両手を握った。
「ええ、これくらいお安いご用ですわ」
ほんと……私に触れるんじゃないわよ。風邪なんかより、その油ぎった肌と出っぱったお腹を治す方が先なんじゃないかしら? 実に不快だわ。
しかしこの男、こう見えて有力な貴族である。
献金もたっぷりもらっているし、無下に扱うわけにはいかない。
だから私は込み上げてくる嘔吐感を堪えながら、優しい笑みを浮かべた。
「ふう……やっといったわね。あいつに触られて、ほんとに気分が悪いわ」
デブ貴族がいなくなったのを見て、私はすぐに水道で手を洗った。
「さすがです、聖女様。あの方もとても喜んでおられました」
私のお世話係も兼任している、教会の神父が私を賞賛する。
「あれくらい、聖女の私にかかったら容易いわよ。そんなことより、あいつからの献金をもっと増やしなさい。私のお触り代は安くないわよ」
「増やす……んですか? 今でもあの方からは十分な献金をもらっています。それをさらに増やすとなったら、反発は避けられません。教会の評判も悪くなり……」
「うっさいわよ!」
私は持っていた扇で、神父の頬を何度も叩く。
バカな貴族や庶民には隠しているけど……ここの教会の人たちには、無駄に取り繕う必要もない。
「私がしろって言ったら、さっさとするのよ! 私は聖女なのよ? 神父のあんたごときが、反論する権利はないわ!」
「お、お許しをっ! 出過ぎた真似をしてしまいました! だから……」
彼は頭を手で押さえ、床にうずくまりながら許しを請うているが、こんなもので私の気はおさまらない。
欲しいものがたくさんある。
ブランドものの服も欲しい。その値段は庶民からしたら、目ん玉が飛び出そうなくらい高い。
だけど私は聖女だ。庶民と同じものを着るわけにはいかない。ゆえに一度着ては捨てを繰り返していたら、いくらお金があっても足りない。
家も欲しい。街には私の別荘が両手で数えきれないくらいあるけど、三日住めば家の中も汚れる。そんな汚れたところで、私みたいな高貴な女が過ごすわけにはいかないでしょ?
だから金金金!
使っても使っても、なくならないくらいの金を!
「くっ……! ランセル公爵と結婚出来なかったのが悔やまれるわ!」
最後に私はそう声を発して、力の限り神父を叩く。
彼は勢いのまま吹っ飛び、机の角に後頭部をぶつけた。そのままぐったりとして立ち上がらない。
気を失っただけだろう。たとえ当たりどころが悪くても、私の知ったこっちゃない。
「ふんっ!」
苛々が止まらず、大股で部屋を後にする。
私が歩くと、自然と人々は道を空ける。
私の行くところに道があるわけではない。私が歩くところが道となるのだ。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
ランセル公爵──レオン様のことについて考えをまとめるために、教会内を目的もなく歩き続ける。
なにかの勘違いで、フィーネがレオン様の元へ結婚の話をしにいった。
すぐに戻ってくると思っていたけど……あろうことか、彼女はそのままランセル公爵家に嫁いだということだった。
「どうしてフィーネなのよ!」
むかつくむかつくむかつく!
レオン様はあんな女のどこがいいのだろうか。
パサパサのお化けのような白髪。服はいつも薄汚れている。体のラインはガリガリで、女の子らしさの欠片もない。
一方の私は誰もが認める国一番の美人。
そうでなくても、聖女という肩書きもある。私こそがレオン様にふさわしいはずなのに……疑念と憤怒は膨らむばかりである。
「おい、知ってるか?」
「ああ、聖女様のことだよな」
そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角に差しかかった。
「誰か、私の話をしている……?」
このまま出ていってもなんの問題もないが、このまま聞いておいた方がいい気がする。
私は柄にもなく通路の壁にへばりついて、彼らの話に耳を傾けた。
「最近、だんだん力が弱まっていないか?」
「やっぱりそうだよな。最近は軽い風邪とか捻挫しか治していないぞ」
「まあ『聖女』というブランドがあるから、貴族連中は喜んでいるが……このままじゃいつかバレてしまうぞ」
「聖女は実は大したことがない──という事実だよな」
「昔はこうじゃなかったのに」
そんな話を聞いて、限界を超えて一気に頭に血が昇る。
なんて不敬なの!?
私の力が弱まっているって!?
確かに……治癒魔法を少し使うと、疲れが一気に体にのしかかるような妙な感覚があった。
最近では治癒魔法よりも、もう一つの力の扱いの方が慣れてきたが……聖女を名乗っている以上、人前であれを出すわけにはいかない。
最近ではお付きの神父もなにかを察しているのか、彼が患者を選定している。そして大病の患者が相手なら、「聖女様の出る幕ではありません」と止めてくる。
だけどそれは私の責任ではないのだ。
全部、私の力を発揮する、ふさわしい舞台がないのが問題なだけで。
だから。
「ちょっと」
怒りのまま、私は彼らの前に姿を現す。
彼らはぎょっとして、顔色を真っ青に変えてこう口にした。
「せ、聖女様! もしかして、話を聞いておられたんですか!?」
「違うんです! 我々は決してそのようなつもりでは……」
「嘘を吐くんじゃないわよ!」
さっきの神父と同じように扇で叩き、床に倒れたらヒールで頭を踏んづけてやった。
やがて彼らも動かなくなった。
「ちっ、ドレスが血で汚れちゃったじゃない」
舌打ちをして、私は彼らを見下ろしていた。
聖女の威光が落ちている。
認めたくないけど、それは間違いない。
大した患者が来ないからだ。ここらで一度、聖女の力を知らしめるようなことを起こさなければ……。
そうすればレオン様も目が覚めて、姉を捨てて私の元に駆け寄ってくれるだろう。
「ああ! 戦争でも起こったらいいんだけどね! そうしたらいっぱい人が傷つくから、私の力を見せつけることが出来る!」
私のそんな叫びは、教会中に響き渡った。




