108・救いの恋人
「くっ……!」
街中。
アレクは複数のシャドウに囲まれ、窮地に追いやられていた。
「最早これまでか……っ!」
悔しさで、アレクは顔を歪める。
邪竜の声が大きなるのと比例して、シャドウは数を増やしていった。そのせいで、どこに視線を彷徨わせても、街中にはシャドウが闊歩していた。
自警団も必死に戦っているが、到底手が追いつかない。このままでは夜明けになるまでに全滅だ。
(すみません……レオン様、フィーネ様。私は、役目を果たせそうにありません)
今頃、街を一望出来る丘に向かって走っているであろう──二人に謝罪する。
だが、アレクはせめて一太刀と剣を振るう。しかし疲労のためか、体勢を崩し、剣は空を切った。
シャドウがアレクに手を伸ばす。
次に襲いくるであろう痛みに、アレクは咄嗟に目を瞑り──。
「え……?」
しかしいつまで経っても痛みはない。
恐る恐る目を開けると、街には光の粒子が降り注いでいた。
光の粒子がシャドウに当たると、それらは次第に消滅していく。
幻想的な光景を前にして、アレクは思わず見惚れてしまった。
「レオン様とフィーネ様が……間に合われたのだ」
アレクは確信する。
ふらふらの足取りで街を歩き、夜空を見上げる。
聖なる光は、まるで人間の勝利を祝福しているかのようだった。
◆ ◆
「あーあ、ダメだったか」
とある建物の屋上。
この地獄を引き起こした元凶である──マルスランは屋上の縁に腰かけ、シャドウたちが光で浄化されていく光景を眺める。
「所詮、竜は竜だったか。もう少し、使えるものだと思っていたけど……期待はずれだ」
マルスランは肩をすくめる。
彼の最終兵器──とも言える邪竜の力が空振りであったのに、彼の表情には悲しみはない。
まるで、この未来を予測していたかのような、諦念の感情が込められている。今の彼はただの傍観者として、演劇を鑑賞しているに過ぎなかった。
「しかし、なにも収穫がなかったわけじゃない」
マルスランは笑みを浮かべる。
「これだけ街に被害を出せば、帝王陛下だって僕のことを信じてくれるだろう。それに……一番の収穫はフィーネさんだ」
二度見た、臆病で自信なさげな彼女の姿を思い出し、マルスランは続ける。
「まさかフィーネさんが、ここまで光魔法を使いこなせると思わなかった。今までの彼女は、とてもじゃないが、せいぜい本来の十分の一しか力を出せなかっただろうから」
それが、マルスランの唯一の誤算。
帝国と通じている彼にとって、フィーネが光魔法の使い手であることは、最初から知っていた。
ゆえに、この展開は予測出来ないことではなかったが……今の彼女では到底不可能と結論づけていた。
「この短い時間で、彼女を急激に成長させるなにかがあったのかな? 一体なにが? 想像以上に、面白い女性だったみたい」
マルスランは呟き、立ち上がる。
「今日は君たちの勝利だ。素直に賞賛するよ」
街に背を向け。
「だけど──待っててね、フィーネ。君の理想とする世界を、もう少しで作ってあげるから」
その呟き声は風で流れ、マルスランは深い夜に消えていった。
◆ ◆
光が──拡散する。
私は魔力切れを起こしそうながらも、必死に意識を繋ぎ止め、光魔法に集中した。
「フィーネ! 見てみろ! 邪竜が浄化されていく! 街中のシャドウも同じだ。もう少しだ!」
レオンがそう発破をかけてくれる。
あれほど驚異的だった竜神セリオンは、嘆きの声を上げ、攻撃を停止していた。その声はおぞましく、私の耳朶を打つ。
これなら──。
勝利の希望が見えかかってきた時、異変が起こる。
竜神が崩壊しかかっている体を無理やり動かし、攻撃の矛先をレオンから私に変えたのだ。
「──っ!」
ぐんぐん迫ってくる竜神。
どうする? 光魔法を一旦やめて、竜神から離れる……?
いや、私も限界だ。一度、魔力の放出を止めてしまえば、次にこれほどの光魔法を使うのは夜明けを待たなければならないだろう。
一瞬の間に思考するが、答えは出ない。
「フィーネ!」
レオンがすかさず、私を助けに入る。
だが、私とレオンの間は距離が離れていた。このままでは間に合わない。
レオンと竜神──両者の動きがスローモーションに見えるが、無情にも竜神の一撃の方が早い。
私は呆然と立ち尽くしていると……。
──『もう、やめて』
天上から──そんな声が降り注いだかのように思えた。
その刹那、目と鼻の先まで来ていた竜神がピタリと動きを止めた。
竜神の背後を見やる。
そこには──夜空を覆い尽くさんばかりの、竜神とは違った二体目の竜が現れていた。
「くっ……! 邪竜の仲間か!?」
レオンが緊迫感のこもった声を発し、二体目の竜に視線を移す。
だけど。
「レオン! ……大丈夫ですから。お迎えが来たんですよ」
今にも二体目の竜に向かおうとするレオンを、私は声で制した。
──それは現実か、はたまた幻なのか。
二体目の竜は竜神セリオンとは正反対に、白い体色をしていた。
竜神の顔がゆっくりと二体目の竜に向く。
今までのことが嘘だったかのように、迸っていた殺意も消えていた。
「ルミ……ナ……」
自然と理解し、私はそう声を零す。
他の神々の怒りに触れ、セリオンと離れ離れになってしまったルミナ。
恋人を迎えるために、この地に顕現したのだ……と。
竜神セリオンはゆっくりと、ルミナへ近寄っていく。漆黒に濡れた体を、ルミナは聖なる光で優しく包んであげた。
すると、セリオンはほっと安心したように全身の力を抜く。
ようやく会えた二体の竜に祝福のベールを下ろすかのように、夜空は光で満たされていた。
一瞬私たちの方へ振り返ったセリオンは、そのまま夜空をルミナと共に歩んでいくかのように──遠い空の彼方へと消えていくのであった。




