107・悲しき竜の物語
「着いたぞ!」
その後、襲いかかってくるシャドウの群れを切り抜けながら、私たちはなんとか目的地である丘に到着した。
ここからなら、街を一望出来る。
街の至る所では、夜よりも濃い色をしたシャドウが蠢いている光景が目に入る。
人々の悲鳴や怒号も聞こえ、街には緊迫した空気が流れていた。あの戦っている者たちの中に、アレクさんもいるだろう。
竜神祭の夜はロマンティックな光景だったけど、今は全く違う。見惚れている場合ではない。
「フィーネ! いけるか!?」
「はい!」
頷いて、私は手をかざす。
ここまで魔法を温存したおかげで、魔力なら回復している。これなら……。
私は勝利を確信し、手をかざす。
そして、今までと同じように集中し──。
──グォォォオオオオオオ!
その時。
邪竜の咆哮が、一際大きく聞こえた。
「ちっ……やはり来たか」
レオンが表情を歪ませる。
丘の下。
そこから邪竜が急上昇をし、私たちの前に姿を現したのだ。
邪竜の双眸がぎょろっと私たちに向けられ、殺気を放つ。
「どうやら、こいつなりに今の俺たちが脅威だということは分かっているらしい」
「ど、どうすればいいんでしょうか!? 一旦、この場を離れますか?」
「その必要はない! どちらにせよ、街を一望出来る場所はここだけだ。君は光魔法に集中してくれ。そのための時間なら……俺が稼ぐ!」
レオンが地面を蹴る。
そのまま邪竜に斬りかかる。しかし邪竜は怯まない。剣で傷を付けられた場所が再生されていく。
レオンが言っていた通り、街中のシャドウを取り込んで回復しているのだろう。このままではキリがない。
邪竜が怒りの一声を発し、大口を開ける。口内では闇が奔流し、発射されようとしている。
照準は──私。
「させんっ!」
だが、レオンが咄嗟に邪竜の側面を剣で斬る。
いや──斬るというより、思い切り打ち叩くような形だった。そのおかげで、邪竜の攻撃は逸れ、近くの木に直撃する。
「攻撃がよく見える……! これなら、少しの間ならやり過ごせそうだ。フィーネ──! 俺に構うな! 光魔法を!」
レオンが戦いながら、私に顔を向ける。
首を縦に振り、体内で練っていた魔力を体外に放出した。
──街全体に行き渡るように、光魔法を発動する。
ここまで広い範囲で光魔法を使うのは初めてだ。
しかし不思議なことに自信を持って、「みんなを守りたい」と強く願うと上手く展開してくれた。
光魔法の聖なる光は、街全体に広がっていく。
その光に触れたシャドウが、徐々に消滅していくのが目に入る。
レオンの目論見は当たっていたのだ。
光魔法は平等に、邪竜にも降り注ぐ。
邪竜が苦しみで身をよじらせる。
目を血走らせ、口からは黒煙混じりの息が漏れた。
その姿を目の当たりにし──レオンは邪竜が『悲しみで泣いて』と言っていたけど、今なら私にも分かる。
邪竜の心を支配するのは嫉妬ではない。
恋人に会えなくなった嘆きの声であった。
光を媒介しているのだろうか──邪竜の想いの一部が、私の中に入り込んでくる──。
──『苦しい』
邪竜が泣いている。
そして私の頭の中に流れるのは、邪竜の記憶。
かつて、邪竜──セリオンは恋人ルミナと楽しく過ごしていた。
だが、他の神々による嫉妬により、セリオンとルミナは引き裂かれてしまう。竜神祭の伝承にあった通りだ。セリオンは嘆き、毎晩ルミナのことを考え続けていた。
最初の内は耐えられた。
しかし、セリオンは徐々に不安になる。
──何度、悲しみの夜を過ごしただろうか。
──ルミナは本当に、私のことを愛してくれているのだろうか。
──もしかしたら、何度重ねたか分からない夜のせいで、私のことなどとっくに忘れているんじゃないだろうか。
……と。
一年に一度、満天の星の橋が夜に架かるが、ルミナの存在を感じられるだけだ。
彼女の想いは分からない。
そしてセリオンは、幸せだった過去を夢想する。
──もっと思い出を──。
セリオンはいつしか、愛に狂い、正気を失った。
恋人や夫婦の幸せな記憶を喰らい、自分の傷を慰めた。
だが、それだけで傷は埋められない。
最早、自分が何者なのかも定かではなくなり──竜神は邪竜へと成り下がった。
悲しき竜の物語。
「苦しかったんですよね」
邪竜……いや──竜神セリオンの想いを知り、私は力強く語りかける。
「でも──安心してください。もう苦しむ必要はありません。私は、あなたも救ってさしあげるのですから」
聖なる光はさらに強くなっていく。
街全体だけではなく──夜空いっぱいに光の粒子が散らばり、リファリオンを照らした。




