103・だって、私は、軍医ですから
視界が戻る。
「フィーネ様!」
まず、一番先に目に飛び込んできたのは、アレクさんの心配するような表情。
「大丈夫ですか!? 急に魂が抜けたように立ち尽くしていましたが……まさか、あなたにも異変が──」
「いいえ」
首を横に振る。
もう、迷いはなかった。
「ご心配おかけして、すみません。ですが、私は大丈夫です。それよりも今は、レオンを助けなければなりません」
そう言って、私は横になっているレオンの前に立つ。
相変わらず、彼の状況は酷い。
生きているだけで奇跡みたいなものだ。
実際、今もレオンは生と死の狭間を行き交い、少しでも天秤が『死』に傾いてしまえば、二度と目を開けることはない。
だけど、今の私はレオンから一切目を逸さなかった。
「無茶だよ!」
先ほど、私を『聖女様』と呼んでくれた治癒士の女性が、すぐさま止めにかかろうとする。
「あんたも分かるだろ? 奇跡でも起こらない限り、もう手遅れだ──ってことくらい! それにさっき、魔力切れで倒れそうになったじゃないか! 魔力が完全に枯渇してしまった魔術師や治癒士の、末路は知っているだろう? 精神が崩壊し、最悪死に至……」
「構いません!」
私が声を大にすると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「私の体一つで、レオンの命が救えるなら安いものです! 助けを求める人がいたら癒す──それが私に出来ることです。だって私は──軍医ですから」
怖がらせてしまったかと反省し、にっこりと微笑みかける。
私は再度、レオンに視線を戻してから。
「みなさん! 私に力を貸してください! なんとしてでも、レオンの命を救います! 私が指揮を取ります。必ず彼は私が助けます!」
この場にいる全員に発破をかける。
悲観的な未来を、振り払うように。
「血圧が下がっています! 薬を投入してください! 治癒士の方は、治癒魔法をかけ続けて!」
場は戦場のようにごった返している。
動ける者たちが慌ただしく詰め所の中を動き回り、レオンを助けようとしていた。
アレクさんもそんな中の一員でありながらも、ぐっと目の力を強いものとし、レオンの無事を祈っている。
「安心してください! 私はかつて聖女と呼ばれていたコリンナの姉です! 彼女には元々、類まれなる治癒魔法の力がありました。だったら──今の私だって、立派な聖女のはずです!」
自分の胸を叩く。
魔力切れ一歩手前で、治癒魔法を使い続ける──それは至難の道だった。しかも、少しでも手元が狂えば、その瞬間にレオンの命の灯火は潰えてしまうだろう。
呼吸が荒くなっていく。頭痛と目眩もしてきた。両腕の感覚はとっくになく、治癒士としての本能で治癒魔法を使い続けている。
少しのミスも許されない? だったら、ミスをしなければいいだけだ!
精神が崩壊し、最悪死に至る? 上等だ。レオンを救えるなら、私の魂などいくらでもくれてやる!
奇跡でも起こらない限り、もう手遅れ? 裏を返せば、たった一つの奇跡で、レオンの命を助けられるということじゃないか! 願いを叶える対価にしては安すぎる!
だが、レオンは目を開けない。こうしていることが途方なんじゃないか──と、いけない考えを、舌を思い切り噛むことによって振り払う。
「レオン、目を開けて!」
傍にいてくれるだけでいい──。
愛がない契約結婚に戻るだけ──。
そんなことはもう、絶対に二度と言わない!
私は欲しいものは全部欲しいと言うことにしたのだ。
贅沢になった? なにが悪い! 幸せのさらに上を求めて罰が当たるなら、それは神が間違っている!
「私にもう一度、『愛してる』と言って! あんな悲しい別れ方は、絶対にごめんなんですから!」
私の叫びにレオンは答えず、ただ瞼を固く閉じていた。




