102・あなたの力は愛する人のために使いなさい
光輝く白色が──散開する。
次の瞬間には、先ほどまでいたはずの自警団の詰め所ではなく、私は花畑の上に立っていた。
「ここはどこ?」
声を漏らす。
気持ちいい風が吹き、花々を揺らす。甘い香りが鼻腔をくすぐり、穏やかな気持ちになった。花畑は地平線まで続き、見上げると爽快な青空が広がっていた。
ここにずっといても仕方がないので、戸惑いながらも私は歩を前に進める。
「なんで私、こんなところにいるんだろう……幻? 夢? それにしては、現実感がありすぎるし……それにレオンやアレクさんだって、どこにいるんだろう」
誰もいない。
今すぐ元の場所に帰り、瀕死のレオンを助けなければならないけど……私は心のどこかで、ほっと安心していた。
それは、レオンの『死』を直視する必要がなくなったからかもしれない。
仮に帰ったとして、今の私になにが出来る?
私は聖女じゃない。ただの軍医だ。
聖女や神のように奇跡の所業は起こせない。死んだ人を蘇らせることは出来ないのだ。
だけど──何故だろう。
心を支配する罪悪感は、消えてなくならない。
「私って……本当に薄情な人間だ。『聖女』だなんて言葉は、やっぱりふさわしくない。これなら、昔と変わらず──」
ふと足を止める。
歩き続けていた花畑の光景に、突如大きな木の幹が現れたからだ。
さっきまで、なかったのに……? 遠すぎて、ちゃんと見えていなかっただけだろうか。分からない。
そして大木の前には、一人の女性が私を見ていた。
恐る恐る近付き、彼女の姿がはっきり分かると──その顔に、思わず私は声を荒らげしまうことになった。
「お、お母様!?」
そう──。
大木の前で私を待っていた人物は、私のお母様であった。
「フィーネ」
お母様は私に微笑みかける。
侍女でありながら、お父様と関係を結んだお母様。
実は帝国出身で、自らが宿す光魔法の力を悪用されたくないため、この国にわたってきたという。
今、私の目の前にいる彼女は、まごうことなき私と血の繋がった肉親であった。
だけどおかしい。
だって……。
「どうして、お母様がここに……? お母様は死んでなかったんですか?」
問いかけるが、お母様はニコニコと笑うだけで、答えてくれなかった。
お母様は死んだ──それは間違いない。
お母様の死に顔も、私はちゃんと見ている。
ということは……やっぱり、ここは夢か幻の類いなのだろうか。
混乱していると、お母様は口を開く。
「久しぶりですね。ですが、とても浮かない顔をしています。あなたには、そんな顔は似合いませんよ」
耳を傾けていると、自然と優しい気持ちになれるようなお母様の声。
この空間──そして、どうして死んだはずのお母様が目の前に現れているのかも分からないまま、私は心情を吐露する。
「私は……いけない子なんです」
レオンが『君は俺が守る』と言ってくれたのに、私は彼を助けることが出来ない。
しかもい死にそうなレオンを前に怖くなって、現実逃避してしまうほどだ。
それだけは、絶対しないようにと決意していたのに──弱い自分の心に、辟易としてしまう。
「いけない子ではありません。私にとって、あなたは大切な娘。美しく──そして強く育ってくれて、私は嬉しいんですよ」
そんな私を叱ることもなく、お母様は優しい声をかけてくれる。
だが、私は叱られたかった。
なにをしているんだ──それでも軍医か──って。
叱られたらきっと、この罪悪感も薄くなるから。
「だけど……愛する人の死に際を前に、私は目を背けてしまいました。かつてのコリンナがしていたのと同じように──絶望し、『死』の瞬間を見たくなかったからです」
こんなことを語っても、お母様は今の私の状況なんて知らないはず。
だけど、お母様は全てを見通しているかのように──ゆっくりと、こう口を開く。
「──あなたは昔から、自分の意見を言わない子でした」
急に昔の話を持ち出されて、戸惑う。
「え……?」
「きっと、私や周りの人に遠慮していたんでしょう。劣悪な環境によって、我慢する術に長けてしまっていたのかもしれません。それは私のせいでもあるけど……ずっと心配だった。あなたがなにも、願いを叶えられなくなる人になるかもしれない──と」
「願いを叶えられない? それは間違いです」
だって、愛する人と一緒にいられて、幸せな結婚生活を送っている。
この上、私はなにを望めばいいのか。
今までが出来すぎだったのある。
レオンと二度と会えなくなってしまうことだって、仕方のない話だ。
「私は今が幸せなんです。だから、お母様が危惧されているようなことはなく……」
「本当にそうですか?」
お母様は、私の瞳を真っ直ぐと見つめる。
「愛する人に二度と会えなくなっても? 二度とお相手の愛を感じられなくなっても? お別れの言葉を口にしなくても? 最後に諦めることも?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
「フィーネ」
次にお母様は私を抱きしめ、こう続けた。
「『あなたの力は愛する人のために使いなさい』──私の言葉を、覚えていますか?」
「はい、もちろんです。片時たりとも忘れたことはありません」
「でしたら、今がその時です。それとも、お相手のことが嫌いになったんですか? もう、どうでもよくなったと?」
お母様が抱擁の力を弱め、再び私と視線を一直線に結び直す。
──レオンのことが嫌いになった──。
なにも分からない私だけど、これだけはすぐに答えられる。
「違う……好き──大好きなんです!」
不器用ながら、私を大切にしてくれるレオン。
じーっと見つめると、照れたようにして顔を背けるレオンの可愛らしさ。
どんな状況でも、必ず最後には助けてくれるレオン。
記憶を失っても、彼のよさは変わらない。
その全てが愛おしく──絶対に手離したくないものだ。
「私……! レオンにもう一度、会いたい! レオンに愛してるって言ってもらいたい! レオンに口づけをしてもらいたい! 全部全部、叶えたい!」
「よく言えました」
そう言って、お母様は優しく私の頭を撫でてくれた。
「ならば、次にあなたがすべきことは分かりますね」
「はい……! 私、もう諦めません! 我慢もしません! 自分の欲しいものは全て、この手で掴み取ってみせます!」
「その意気です。あなたは本当に成長しました。それでこそ、私の自慢の娘です」
嬉しい言葉をお母様がかけてくれたと思うと、お母様の体から光の粒子が立ち昇る。
咄嗟に周りにも視線を移してみるが、同じように光に包まれ、この空間が消えようとしていた。
「待ってください、お母様! また、会えますよね? もっともっと、お母様に話したいことがあるんです!」
「大丈──夫──」
お母様の存在がどんどんと遠ざかっていく。
消える間際、お母様は両腕を伸ばし、私にこう告げた。
「フィーネが道に迷う時、私は何度でもあなたの助けになります。だから、その時まであなたは──」




