101・レオンが死ぬ
最後の希望だったのだろう。
アレクさんは、すがるように私を見る。
「あ、あ……」
だけど私はすぐに返事が出来ずに、ただその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
手遅れ。
それは私の脳裏に浮かぶ、たった三文字の言葉。
私は軍医だ。今まで頑張ってきたけど、人が死ぬ瞬間を見た時は一度や二度じゃない。
だからこそ、今のレオンの現状が直感的に分かってしまった。
──もう助からない。
胸が苦しい。
昔、コリンナが傷ついたレオンを前に逃走したけど……あの時の傷の具合とは比にならない。
現在レオンの負っている傷は致命傷だった。体の奥深くにまで傷が届き、心臓が完全に停止している。
今なお、ギリギリ命を繋ぎ止めているのが奇跡みたいなものだ。ほんの少しの変化で──レオンは死ぬ。
死ぬ。
「はあっ、はあっ……」
その現実を直視してしまうと、呼吸が荒くなる。
今まで、レオンは必ず帰ってきた。
どんな絶望的な状況でも、レオンは私たちを助けてくれた。
だから勘違いしてしまった。
レオンは死なないんじゃないか。
なんだかんだで、無事に帰ってくるんじゃないか──と。
そんな保証、どこにもあるはずはないのに。
「フィ──ネ──様!」
アレクさんの声が、やけに遠くに感じる。
人は死ぬ。
そんなのは、当たり前の摂理だ。
しかもレオンは公爵騎士として、命のやり取りをする戦地ど真ん中に行く機会も多い。
ある日突如、命が散る可能性は他の人よりぐんと高い。
覚悟はしているつもりだった。
だけど──いざその瞬間がきてしまったら、私の覚悟なんてちっぽけなものだったと自覚してしまう。
「レオンが……死ぬ……嫌……嫌あああああああ!」
周りの目も気にせず、頭を抱えて叫び声を上げてしまう。
──きっと、これは罰が当たってしまったんだ。
レオンの傍にいられればいい。
それだけでよかったはずなのに、最後の最後で私はそれに飽き足らず、『レオンから愛されたい』と思ってしまった。
しかも、それでレオンを困らせてしまった。
なんて、私は愚かなんだろうか。
これは私が背負うべき罪。私だって、レオンを救いたい。でも──軍医としての私が、『手遅れ』と冷徹な判断を下してしまう。
たとえここで絶望感を抑えて処置しても、どうなるだろうか。
あと、少しの変化でレオンは完全に死ぬ。僅かなミスも許されない。
そうすると、私自身がレオンを殺してしまうことになるんじゃないのか?
迷いが私の動きを鈍らせ、後退りしてしまう。
「──ネ──様──」
もう、アレクさんの声もほとんど聞こえない。
怪我人を前に逃げたコリンナを、非難的な目で見てしまったこともあったが──これではなにも変わらないじゃないか。
だけど、これも仕方がないのだ。
私がいくら頑張っても、レオンは死ぬ。だったら、私に最後に出来ることは──レオンに安らかな眠りを贈ってあげるだけ──。
「え──?」
その瞬間。
目の前が白に染められる。
「これは……」
戸惑っていると、意識がどこかに引っ張られていく感覚がして、足元の感覚もなくなった──。




