100・さすがだね、聖女様
「ヒール」
傷を負った男性に、治癒魔法をかける。
緑色の光が灯ったかと思うと、彼の傷口が見る見るうちに塞がっていく。血も引き、肌は傷一つない状態へと戻った。
「あ、ありがとう……聖女様。おかげで、痛みが和らいだよ……」
「いえいえ、私にはこれくらいのことしか出来ませんから。みなさんのために戦ってくれて、ありがとうございます」
ベッドで横になりながら、そう口にする男性に私は声をかける。彼は私の言葉を聞き、安心したように目を瞑った。
傷も癒え、眠りについただけだ。
意識ははっきりしていたし、峠は越した。私は額に浮いた汗を腕で拭い、詰め所を見渡した。
──戦いは、さらに激化している。
次から次へと、怪我人が運び込まれてくる。
シャドウの数は一向に減らず、街を囲む結界を壊すことに関しても結果は芳しくない。
運び込まれてくる人たちの中には、生死の境を彷徨うほどの重傷の方もいらっしゃり、予断を許さない。
しかし、私も休む間もなく働いているので、少なくとも今のところは私の目の届く範囲では死傷者は出ていなかった。
「さすがだね、聖女様」
次の怪我人の場所へ移ろうとすると──四十代くらいの女性が話しかけてきた。
この街に常駐している治癒士の一人だ。
彼女も軍医として、私の仕事を手伝ってくれている。
「この程度、大したことはありませんよ。それに……『聖女様』というのは、やめてくれないですか? なんだか慣れませんので……」
「なにを言ってるんだい。ここまであんたのおかげで、まだ誰一人死人んでないんだよ? まあ、少なくともここにいる人たちは──って話だけどね。大したもんだよ」
柔らかい笑顔を作る女性。
そんな彼女の表情を見ていると、張り詰めていた緊張感は少し和らいだ気がした。
「戦場の聖女……っていう噂は、私も治癒士の端くれとして聞いていたけど、あんたのことだったのかい?」
「さあ……。自分がなんと呼ばれているかは、知りませんから。だけど、どう呼ばれていようとも、私は自分のやるべきことをするのみです」
そもそも、聖女と呼ばれていたのは私の妹のコリンナだ。
しかし彼女は闇魔法の力に目覚め、聖女の名を剥奪されてしまった。
だから、怪我人を癒やし続ける私を、聖女の姿に重ね合わせるのもおかしくないけど──恐れ多くて、とても名乗る気にはなれない。
「まだまだ戦いは終わっていません。私に出来ることは、傷ついている人の体と心を癒やし続けること。早く次の──」
一歩を踏み出した時。
ふらぁ──と浮遊感を覚え、倒れてしまいそうになる。
「だ、大丈夫かい!?」
だけど、治癒士の女性が慌てて私を支えてくれて、ことなきを得た。
「はい、ありがとうございます。ですが、私は平気です。少し魔力を使いすぎたみたいで……でも、休んでいる暇はありません」
「なに言ってんだい!? さっきから、ずっと働きっぱなしじゃないか! このままだったら、あんたの方から先に倒れてしまうよ!? 少し休んでおきな!」
私の身を心配してくれる彼女。
確かに──魔力が枯渇していくのも気にせず、先ほどから治癒魔法を使い続けている。
こんなに連続で治癒魔法を使ったのは、初めてかもしれない。
もちろん、激化していく戦いの最中、一人でも救いたい──という思いもあったが、別の理由もあった。
先ほどから嫌な予感が膨らみ続けていくのだ。
戦いに出掛けたレオンのことを思うと、悪寒がなくならない。
──レオンは無事だろうか。
今まで、こういうことは何度かあった。
だけどその度に、彼は必ず私の元に帰ってきてくれた。
だから、過度な心配はいらない──と自分を言い聞かせるが、胸騒ぎは酷くなっていくばかり。
それは、邪竜が顕現する前──レオンの前で、涙を流してしまった自分を悔いているのかもしれない。
レオンだって、自分の嘘がいつまでも通用するとは思っていないはず。
ならば、あの時の言葉はいわば決意表明。私の涙はその決意を無駄にし、いたずらに彼を困らせてしまったんじゃないか……と。
そんなことを考えていると、とてもじゃないが、休む気になれなかった。
少しでも立ち止まれば、不安に押し潰されてしまいそうになるから。
「ご心配、ありがとうございます」
だけど私はもう一度お礼を言い、気丈に振る舞う。
「ですが……本当に大丈夫ですから。私に人々の治癒をさせてください。だって私は軍医ですか──」
「フィーネ様!」
その時。
すがるような叫び声と共に、詰め所の扉が開かれる。
「アレクさん……!」
突如、入ってきたのはアレクさんだった。
彼の顔を見て、心が少し軽くなったように感じた。
しかし、アレクさんが一人の怪我人を肩で背負っているのに気付く。
「アレクさん。ということは、レオンも……?」
やっぱり、レオンは帰ってきてくれたんだ──。
一瞬そう思うが、安心感は生まれない。
だって、彼は──。
「お願いします、フィーネ様! レオン様をお助けください!」
そこで、ようやくアレクさんが誰を抱えているのか判明する。
そこには──血塗れのレオンが。
「……っ!」
言葉を失ってしまう。
見るも無惨な姿となったレオンはだらんと脱力しており、瞼は固く閉じられていた。
「大変じゃないか! とにかく、ベッドに寝かせな!」
頭の中が真っ白になっている私に代わって、先ほどまで話をしていた治癒士の女性がアレクさんにそう促す。
レオンをベッドで横にして、あらためて彼の姿を眺める。
胸部が血で染まっており、それはこうしている間にも、だんだんと酷くなっていく。
呼吸すらしている様子もなく、その姿はまるで屍のようであった。
「すみません……! 私がいながら、レオン様をお守り出来ませんでした! そのせいでレオン様はこのような──っ!」
レオンと共に戻ってきたアレクさんが、悔しさで顔を歪ませる。
拳は固く握られており、みしみしと骨の音まで聞こえるようだった。
「レオン様は邪竜の攻撃を、真正面から受けてしまいました。なんとか逃げおおせたものの、一向に意識が戻りません」
他の人たちにも視線を移す。
詰め所にいた者は皆──唖然として、言葉を失っていた。
「私の責任です! あとで、いかなる処罰も受けます。ですが、その前に──レオン様をどうか! お救いください!」




