99・邪竜とシャドウのカラクリ
「はあっ!」
目の前に迫り来るシャドウを、俺──レオンはまた一体斬り伏せていく。
シャドウは両断されると悍ましい悲鳴を上げ、形が崩れていく。
まるで夜に溶け込むように、完全に消滅した。
「一体一体は、大した強さではないな」
「そうですね。ですが……数が多い!」
共に戦ってくれているアレクにそう言うと、彼はそう答えた。
シャドウは街の至る所で出現している。
しかし一体一体は、さほどの強さしか持たない。訓練を受けていない者ならともかく、俺とアレクなら苦戦することはない。
とはいえ、アレクの言った通り、いくら斬っても次から次へとシャドウは姿を現す。
そのカラクリの正体が分からず、もどかしさと焦りを感じる。
「だが、ここで引くわけにはいかないのだ。俺たちの後ろには、リファリオンの住民──そして、フィーネがいる。彼女たちを守るためにも、俺は負けられない」
「記憶が戻っていなくても……ですか」
アレクがぽつりと呟いた言葉に、俺はハッとなる。
「気付いていたのか?」
「当然です。レオン様に、何年仕えていると思っているのですか」
苦笑するアレク。
我ながら三文芝居だと思っていたが……フィーネと同様、アレクも俺が記憶が戻ったふりをしていることには気付いていたらしい。
だが、それも不思議な話ではない。
アレクは昔から、俺の微細な変化にも気付いていた。そんな彼を欺くことは不可能だったようだ。
「先ほどはカマかけて、すみませんでした」
フィーネと俺が、一緒にお風呂に入ればいいのでは──と進言した一件のことだろう。
「お前にしては、変なことを言い出すと思っていたが……そういうことだったのか。あの時点で、お前は俺が演技をしている可能性に気付いていたんだな」
「はい」
アレクが頷く。
全く……したたかな男だ。
だが、今はそれを追及している場合でもない。
「なんにせよ、フィーネは俺にとって大事な妻だし、守るべき対象だ。記憶が戻らずとも、それは変わらない」
「レオン様なら、そうおっしゃると思っていましたよ」
その時、何故だかアレクは一瞬寂しそうな表情をした。
「……行くぞ。邪竜はもうすぐだ」
俺は彼との会話を一旦切り上げ、再び疾駆する。街の中央に近付くにつれ、シャドウも多くなり、闇の気配も大きくなっていった。
そして──街の中央広場。
俺はそこに顕現している、巨大な化け物を前にする。
「邪竜……!」
常闇の巨躯。
邪竜は雄叫びを上げ、人々を襲う。
一人──また一人と、邪竜を前に為す術がなく、人々が倒れていく。命に別状はなさそうだが、悲惨な状況であった。
そして邪竜を取り囲むように、大量のシャドウがいた。シャドウの行く手を阻まれ、自警団は邪竜に近付くことすら叶わない。
「まずは、周りのシャドウを片付けるぞ!」
「はい!」
俺とアレクが左右に別れ、シャドウの殲滅を始めた。
「まずは一体目だ!」
剣でシャドウを一閃する。
他の場所で戦った時と同じく、シャドウは断末魔のような悲鳴を上げて、倒れていく。
まずはこれで一体目を倒したはずだった。
しかし。
「ふ、復活していく……?」
邪竜の体から一瞬、常闇色の光が発せられたかと思うと、シャドウに影が伸びていく。
影に包まれたシャドウは、二本足で地面に立つ。そして再び、俺に襲いかかってきたのだ。
「そういうことだったのか……! シャドウはやはり、邪竜の魔力を源を依り代という存在。倒されても、邪竜が魔力を補給すれば、何度でも復活する!」
俺はシャドウの攻撃を防ぎながら、そう声を上げる。
これがシャドウのカラクリ。
シャドウだけをいくら倒しても、意味がなかったのだ。
何故ならヤツらは邪竜がいる限り、何度でも復活する。
「ならば、邪竜から倒す!」
シャドウをいくら狩っても仕方がない。
そう判断した俺は、周りのシャドウを無視して、その合間を縫うように賭ける。
五メートルほど上空まで降り立っている邪竜。俺は周りの建物やオフジェを利用して、跳躍する。
邪竜に一太刀を浴びせた。
「よし……! 命中した。これを何度か繰り返せば──」
しかし俺は、信じられない光景を見る。
俺の剣によって、僅かに傷を付けられた邪竜。
先ほどと同じように常闇色に輝いたかと思うと、今度は周りのシャドウの一体が消滅する。
そして代わりにそこから影が邪竜に伸びていった。影は邪竜の傷を癒やし、完治させてしまう。
──グォォォオオオオオオ!
邪竜の雄叫び。
それが俺には『この程度か?』と嘲笑っているようにも聞こえた。
「アレク! 今のは見たか?」
「はい。もしかすると──邪竜とシャドウは、お互いに魔力を補給し合っている関係になっているかもしれません」
アレクも顔に悲壮感を滲ませる。
シャドウが倒されれば、邪竜から魔力を補給し──邪竜が傷つけば、シャドウが邪竜の体に戻る。
まさに永久機関だ。
無論、邪竜の魔力は無限大でもないだろうし、続けていけばいつかはヤツらを倒せるかもしれない。
だが、これだけ戦っても、邪竜の魔力が色褪せる気配がない。
伝承によると、竜の魔力は人間のそれを凌駕し、尽きる場面を見た者は誰もいないという。
ほぼ無尽蔵の魔力を相手に、俺たちはどこまで戦えることが出来るのか……?
邪竜の魔力が尽きるよりも早く、俺たちが全滅してしまう。
「くっ……! ならば邪竜の魔力が尽きるまで、何度でも斬り伏せるのみだ!」
心を支配しかけている絶望感をなんとか振り払い、俺は自らを奮い立たせるようにして言う。
だが──。
「……! レオン様!」
アレクの叫び声。
ハッとなると──邪竜が大口を開けていた。口内では闇の魔力が奔流し、俺に照準を合わせている。
俺はすぐさま回避行動を取る。
しかし到底、間に合わなかった。
「く……そ……っ」
邪竜から放たれる闇の波動。
最後に、俺の目に焼きついたのは駆けつけようとするアレクと──何故か、両手を組んで祈っているフィーネの幻想であった。




