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1・戦場に響く聖女の怒声

 教会から聖女が派遣されてくる。



 その話を聞いて、戦場の最前線から離れた野営地ではにわかに盛り上がった。

 だけど私は周囲の雰囲気とは反比例して、ずしーんと気分が重くなっていくのを感じていた。


 そして何人かの兵士を引き連れて、とある一人の女性が野営地を訪れると。

 彼女は私一人を呼び出して、不快そうに顔を歪めた。



「汚い場所ね。醜悪なあんたには、お似合いの場所だわ」



 扇子で口元を隠し、聖女──()のコリンナは私にそう吐き捨てた。


「…………」

「ふんっ、ちょっとはなんか言ったらどうなのよ。相変わらず根暗なんだから。それよりも……」


 コリンナはハンカチで自分の鼻を押さえて、さらにこう続ける。


「汚いだけじゃなくて、臭いわ。あんたもよく、こんなところで働けるわね。体にくっさ〜い臭いが染みついちゃいそう」

「……お言葉ですが」


 私のことなら我慢が出来た。しかしコリンナは()()もバカにしている。


「この戦場には私だけではなく、騎士の方々も多くいます。彼らは国や大切な人やものを守るべく、剣を取っているのです。あなたの発言はそれを貶めるもの。あまりそういった言動は……」

「……っ!」


 私の言葉に、コリンナから怒気を感じた。



 あっ、しまった。



 そう思うのも束の間、彼女は扇子で私をバシバシ叩いた。


「うっさいわね! あんたごときが私に指図すんじゃないわよ! なんてったって私は()()なのよ? あんたとは身分が違うんだからっ!」

「す、すみません! どうかお許しくださいっ」

「うっさい! ()だからって、調子に乗るんじゃないわよ! 私はあんたのこと、姉だなんて思っていないんだからね!」


 彼女の凶行に、私は頭を抱えて耐えるしかなかった。

 



 ──ここは戦場。




 争いによってなにか得て、争いによってなにかを奪われていく場所。


 剣と魔法で敵と戦い、そして人々は傷ついていく。

 砂煙が舞い、火と血の臭いが鼻にこびりつく。


 ここでは命の値段は安く、そしてなによりも重視される。

 贅沢なんてもってのほか。命さえあれば儲けものといった過酷な環境。



 そこで私は『軍医』として働いている。


 

 どうして私がこんなところで働いているのか。

 それを説明するためには、まず私の家族について話をする必要があった。



 私──フィーネはヘルトリング伯爵家の娘として生を授かった。


 しかし私は父が侍女との間にこしらえた、不貞の子だった。

 そのことが原因でお父様からは煙たがられ、お母様からも嫌われていた。


 

 そんな中で妹のコリンナが生まれた。



 お父様とお母様の間に生まれた、待望の我が子。


 コリンナは両親からの愛を一心に受けて、育てられた。

 彼女は幼い頃から贅沢品を与えられ、一流の家庭教師の元で教育を受けた。

 だからといって、両親は彼女のことを束縛しない。彼女の自由にさせた。 


 さらにコリンナの容姿は、女の私から見ても美しかった。

 数々の男性がコリンナに恋をし、そして彼女自身も彼らと逢瀬を重ねた。


 一方の私は彼女に比べたらみすぼらしいもの。


 ろくにお風呂も入らせてもらえなかったせいで、髪もパサパサでボサボサ。胸も貧相。幼い頃は屋敷の外に出してもらえなかったせいで、肌は病的なまでに白い。

 こういった違いが露わになっていくのに比例して、両親はコリンナをますます溺愛していったのだ。



 しかしコリンナが両親から溺愛されるのは、それだけが理由じゃない。

 彼女は『百年に一度』と称される、天才治癒士だったのだ。



 幼い頃から魔力に長け、大人顔負けの治癒魔法が使えた。

 どんな傷や病気も癒すコリンナのことを、周囲は『聖女』と褒め称えた。


 ヘルトリング伯爵家は元々、優秀な治癒士を何人も輩出し、それによって財をなしてきた一族。

 彼女こそまさしく、ヘルトリング家の誇りなのだろう。


 私も治癒魔法が使えたけど、周りの人はコリンナのことしか見ていなかった。

 コリンナさえいれば、私なんかどうでもいいと思っていたのだろう。



 そして十八になったある日。

 私は両親から、このように告げられた。



『明日から戦場で軍医として働きなさい。せっかく、ちょっとは治癒魔法が使えるんだ。せめて私たちの役に立ってみせろ』



 私に拒否権はなかった。


 騎士団や軍隊に帯同する軍医という職業は、過酷なものだった。

 前線から離れているとはいえ、戦場には死の危険が常につきまとうからだ。


 最初は世の中を呪った。

 どうして神は、私にだけ試練を与えるのだろうか……と。


 だけど戦場に出る騎士や兵士、冒険者の方々は私に優しくしてくれた。



『フィーネの妹が世界中の人々の聖女なら、お前さんは我々の──いや。戦場の聖女だ。いつもありがとな』



 ……恩人の兵士長から言われた時は、嬉しすぎて泣いてしまったほどだ。

 だから今はこの『軍医』という職業に、誇りを持っている。



 それなのにコリンナが戦場ここをバカにするのは、聞き捨てならなかったわけだ。



「はあっ、はあっ……ちょっとは気が紛れたわ」


 ようやくコリンナは怒りが収まったのか、今は息を整えている。


「まあ、いいわ。こんなとこ、さっさとオサラバして教会に帰るんだから。本当に……どうして私がこんなところに……」


 コリンナがぶつぶつと不満を零した。


 こうして聖女であるコリンナが、戦場に足を運ぶのは滅多にない。

 しかし聖女が来るというだけで、戦意は向上する。そうすることによって、教会の威光を見せつける効果もあった。

 聖女が来るだけで、それだけの効果があるのだから、良いことづくめな気もするけど……問題はコリンナが、こういった場所にあまり来たがらないことだ。

 教会で衛生的で美味しいものを食べ、贅沢漬けの生活を送っている彼女にとって、戦場ここはまさしく地獄のような場所なんだろう。

 だから今日のコリンナは、いつも以上に不機嫌に見えた。


「あんたもこれに懲りたら、私に逆らうんじゃないわよ。今度やったら……」

聖女コリンナ様!」


 血相変えた様子で、騎士の一人が部屋に入ってくる。


「あら、どうかされましたか?」


 コリンナはさっと笑顔を作る。

 この変わり身の速さは、一流だなと素直に思った。


 地面で膝を突いている私を騎士の方は不思議そうに見たが、それを気にしている場合でもないのか、切羽詰まった様子で口にした。


「レ、レオン様が戦場で負傷いたしました! とても酷い傷です。治せるのは聖女様しかいません! どうかお願いします。レオン様を救ってやってください……!」

「レオン……ランセル公爵のことですわね」


 その瞬間、コリンナが騎士に見えないようにニヤリと口角を吊り上げた。


「分かりました。すぐに向かいましょう」

「感謝します!」


 とコリンナたちは私を放って、部屋から出ていった。


 本来なら、コリンナは聖女としての使命感に駆られた……と考えるだろう。

 だが、彼女の性格をよく分かっている私だからこそ分かる。

 公爵を助けることによって、恩を売ろうと思っているのだ。もし怪我人が公爵じゃなければ、彼女は彼を見捨ててさっさと教会に帰っていたはずだ。


 とはいえ。


「……コリンナに任せておけば、大丈夫か」


 コリンナの治癒魔法は本物。

 彼女に任せておけば、レオン様も無事だろう。


 そのことに安堵し、私は息を吐いた。





 ……しかし十分後。


「聖女様が逃げた!」

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