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閑話:アレクセイと王太子時々ダリウ


 第二騎士団の任務は主に、王太子宮の警備及び王太子の身辺警護、公務の際の随伴等である。


 王太子の身辺警護には、団長、副団長に加えて隊長クラスの騎士の中から最低でも3名で当たる。執務室の扉に2名、3名の中で最も腕の立つ者が王太子の側に控える。未だダリウは護衛の任に就いていないため、大体がアレクセイの役目になっていた。




「なぁ、アレクセイ、いつになったら副団長殿に会えるんだ?」


 机に広げた書類にサインをしながら、側に立つアレクセイに声を掛けたのはこの国の王太子、ジルヴェンティオ・アドミエールである。

 

「殿下、トラン副団長はまだ王宮入りしてから日が浅く、時期尚早だと申し上げたではないですか。王宮と第二騎士団に慣れるのが先です」


 アレクセイはジルヴェンティオを窘めて、さぁほらと公務を促す。


「これだからアレクセイは融通が利かない。何時になったら戦神殿を拝めるのだろうね」


 ジルヴェンティオは頬杖をついて積まれた書類をめくる。その姿にため息を漏らしながらアレクセイはダリウを初めて目にした時の事を思い出していた。





 今から約5年前。



 王太子に付き従い、一度、視察という名目で西の砦にお忍びで立ち寄った時のことである。



 ジルヴェンティオの来訪は当時の砦の師団長にのみ知らされており、一般の騎士達には王都の騎士団からの視察と説明されていた。

 明らかに年下であるジルヴェンティオが一行を指揮しているのは不自然であったが、高位貴族だからと言われれば田舎の騎士達にはそういうものかと怪しまれることはなかった。


「あまり良い設備とは言えないが、よく手入れされているな」


 砦内を回りながらジルヴェンティオが感嘆の声をあげる。


「ええ、王都から離れておりますし、決して恵まれた領ではありませんから、あるものを大事に使っているのですね」


 大事な国防の要の砦だが、特に目立った特産もなく、危険が故に人口も少ないこの領では、軍事費にさほど費用を割けないのだろう。20年前の隣国との大戦の爪跡も未だ大きい。

 国としても、各地の復興のためにこの砦に大きな支援はできない状況、ということもあった。


 しばらく歩いていると、見張台から荒々しい声が聞こえる。どうやら獣が出たらしい。


 一行が急いで見張台へと駆けつけると砦の外に大きな猪がいた。猪といっても普通の猪ではない。まず大きい。体高は3m程度だろうか、全長は10m弱はある。そして特徴的なのは黒い体躯だ。

 ここ、西の砦に面した森は黒の森と呼ばれ、ここに生息している獣は総じて気性が荒い。加えて大型が多く、人里に現れると甚大な被害が出る。森の奥には邪悪な精霊が住み、この黒い獣たちを生み出している。との言い伝えがあるのだが、その実は誰も知らない。眉唾ものであるが、黒い野獣を魔獣と呼ぶものも居るくらいだ。真相はわからないままであるが。何にせよ、危険であることに変わりはない。


「まずいな…あいつ砦の扉を狙ってやがる。獣野郎が」


 王太子とは思えない言葉遣いでジルヴェンティオがつぶやく。砦の最も弱いところを理解しているのだろうか。ここの獣は頭まで回るのか、とアレクセイは少し感心する。



 と、ジルヴェンティオ一行のそばを一人の騎士がすり抜けていった。風のように疾走し、次の瞬間見張台の手すりを軽やかに飛び越えたのだ。


「…な!」


 ジルヴェンティオもアレクセイも一斉に下を覗き込む。



 真っ赤な髪のまだ少年だろう騎士が、ロープを握りながら外壁を弾むように降りていた。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、3回目でロープを握った手を離し、そのまま猪に向かって飛び降りた。まだ地表から10m近くあっただろう高さから腰の二振りの剣を抜き構えた。


 一行は身を乗り出してその姿を追った。今目の前で何が起きているのだろうか。


 少年は飛び降りた勢いのまま、握った剣を猪の双眸に突き立てる。そこに隙かさず投げ入れられた剣を猪から飛び退きながら受け取ると、痛みで顎を上げた猪のガラ空きになった喉元に斬りかかる。喉笛を切り裂かれた猪は、少しの間悶えるとやがて、どん、と大きな音を立て倒れ込んだ。


 側には返り血で隊服を赤く染めた少年が佇んでいた。その血を気にする様子もなく、恐らく途中で剣を投げ入れた騎士に片手を挙げて合図を送った。


「良くやった!ダリウ」


 そう声を掛けられた少年はコクリと頷き、ゆっくりと砦に戻っていく。後にはピクリとも動かない大きな獣の亡骸が横たわる。他の獣が寄ってこないよう後に焼かれるのだそうだ。



 一行は皆、幻でも見たかのように呆けていた。まるで舞うように鮮やかな動きだった。本来ならば獣との交戦など恐ろしい光景なのだろうが、赤い髪が血飛沫の中で揺れ、いっそ美しかった。


 アレクセイは隣のジルヴェンティオを見る。目を輝かせ去っていく少年を食い入るように見つめていた。まるで英雄に憧れる少年のようだ。そしてもう一度砦の外に目を遣る。騎士として、剣士としてあの素晴らしい剣技に胸が高鳴った。と、同時に、自分では到達し得ない高みを見せつけられた思いがした。上には上がある。その現実を突きつけられたのだ。


 称賛と嫉妬、羨望。複雑な思いを胸にアレクセイは砦を後にした。




 しばしの回想から戻り、ジルヴェンティオに目を移すと、すでに処理された書類が積まれていた。それを横で控えていた官吏が速やかに回収し静かに出ていった。


(やる気さえ出せば我が主は優秀なんだが…)

 すでにお茶を飲み始めたジルヴェンティオを眺め、もう一度小さく溜息を吐く。

 

 あの少年騎士も今や自分の部下。明らかに実力で勝る者が部下というのも複雑ではあるが、それよりも目下の悩みが一つ。

 この自由な王太子と、とんでもロリコン(では決してないとはダリウの談)のダリウ。これから自分が見舞われるであろう艱苦に、アレクセイは眉間を押さえるのであった。

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