邂逅1
「なるほど」
王都の広場の一角で、ダリウは地図を片手に辺りを見回す。
今日は王宮に入ってから初めての休暇である。ダリウは一人街へと足を運んでいた。今後王太子の城下視察の護衛に付く際、王都の地理を把握したほうが良いとアレクセイに勧められたためである。
城から真っ直ぐ伸びる大通り沿いには様々な店が立ち並び、活気に溢れていた。律儀に地図と照らし合わせながら周囲の状況を確認する。そこには休暇とは思えない雰囲気が漂っている。
そもそも、まともな休暇など取ったことのないダリウに、街歩きを楽しんでもらおうと気遣ったアレクセイの計らいだったのだが、とことん職務には真面目なダリウである。
ダリウは外套のフードを深く被り目立つ真紅の髪を隠しながら歩き始める。今日は休暇ということもあり、腰に下げている剣は模擬刀である。
危険な場所はないか探っていると、ふと気配を感じた。5人ほどであろうか、ある場所を取り囲むように潜んでいるようだった。
何かを狙っているのかと怪訝に思い、ダリウはその中心に目を遣る。そこにはアクセサリーや雑貨が並べられた露店があり、女性客が数人立ち止まって商品を手に取っている様子が見えた。
――――!!!
ダリウは瞠目する。あまりに焦がれたばかりに幻でも視たのかと目を疑った。
――――――そこには彼女がいた。
髪色を変え、質素な衣装を纏い、裕福な商家の娘あたりを模しているであろう姿は確かに周りには馴染んでいるが、あの美しい瞳を見間違えるはずはない。
愛らしい笑顔には気品が漂っている。
周囲の気配は護衛の騎士達だろう。第三騎士団でも手練れを集めたようだ。それなりの気迫を感じる。隣の侍女も身のこなしが訓練を受けたそれである。護衛を兼ねた者なのだろう。
彼女、ルルーディア・アドミエールは、末の王女である。王太子は歳の離れた妹をいたく可愛がり、時折お忍びで街に連れ立っていた。その影響でルルーディアもこうしてこっそり抜け出しているのである。……と思っているのは本人だけで、実際には厳重に監視されているのだが。
ダリウは金縛りに遭ったかのように動けないでいた。心臓が煩い。手が震える。見開いた目が痛い。
(あぁ、可愛い、愛らしい、愛おしい)
押し寄せる感情と闘いながらも、表情は一切変わらない。怖いくらいに平坦であった。
と、穴が空くほどルルーディアを見つめていたダリウだからこそ反応出来だだろう刹那、一人の少年がルルーディアの脇を通り過ぎると同時に駆け出した。
(……スリだ!)
ダリウは一気に間合いを詰め少年の腕を取り後ろに回しながら膝をつかせる。少年の手には綺麗なシルクの小袋が握られている。
なにが起きたのかと、周りがザワつく中、鈴の音のような声が響いた。
「あの…その方はどうなさったのでしょうか。幼い方に乱暴はなさらないでくださいまし」
眉をハの字にして駆け寄るルルーディアにダリウの胸が鋼を打つ。焦がれた少女が触れられる距離にいるのだ。
ダリウは立ち上がり努めて平静を装いながらそっと手を差し出した。
その様子に隣の侍女、護衛たちが殺気立つ。外套を深くかぶり顔を隠した者を警戒しない理由はない。
「お嬢様のものではないですか?」
そんな護衛たちの様子など歯牙にもかけず、ダリウは小袋を見せる。
差し出された小袋とダリウを見比べルルーディアは顔を真っ赤に染める。
「も、申し訳ありません!わたくしのものです。取り返してくださった方にわたくし、なんて失礼なことを」
小袋を受け取りながら必至に謝罪する姿に、つい口元が緩む。ダリウの漆黒の瞳に愛しさが滲む。
「取り戻せてよかったです」
愛しい少女に柔らかに微笑む。
ダリウを知るものたちがその場に居たら全員が目を疑うだろう光景だ。普段愛想笑いなどとは無縁な彼が微笑んでいるのである。
そんなことなど知らないルルーディアは屈託ない笑顔で応えた。
そんなやり取りの後ろでは、到着した衛兵が、少年を拘束していた。聞けば貧困故の犯行だったとのことで、よくある話ではある。
犯人が幼い場合は厳重に注意し解放となることが多いが、そこにルルーディアが声をかけた。
「その方の処分はわたくしが致します。わたくしのものを盗むなど、重罪ですわ。」
そう言い放つと、どこからともなく現れた護衛に少年が引き渡される。耳打ちされた衛兵は一瞬驚きながらもすぐに立ち去った。
周囲からはそんなルルーディアの態度に非難が集まる。意地が悪い、なんて冷たい、慈悲の心がないのかとひそひそと声が聞こえる。
とことん平和ボケした奴らだとダリウはうんざりする。盗みをしても、貧しければ、幼ければ赦してやれなど、無責任極まりない。そうやって口は出すのに、手を差し伸べることはしないのだ。
そんな周囲の態度に不快感を覚えながらも、ダリウは静かに成り行きを見守ることにした。
やっと王女様を出せました。
休暇編はもう少し続きます。