協力者
式典と各騎士団ごとの説明も終わり、ダリウはそのままの足で団長の執務室へ向っていた。
道すがら考える。
はじめは面倒で憂鬱だったこの王宮務めだが、第三王女を見つけたことで全てに色がついたような心地だった。
彼女を自分のものにする。明確な目的ができたのだ。
しかし、そのためにはすぐにでも行動しなければ間に合わない。王族の婚姻は政治的な意味合いが強く、16歳の成人の頃には婚約者が決まってしまうだろう。残された時間はあまりにも短い。
しかし逃すという選択肢など存在しないのだ。
――とはいっても一国の王女を娶ることは今のダリウには不可能である。
実家も自分も騎士爵という下級貴族ですらない身分では、支援を仰ごうにもツテなど皆無である。
「ダリウ・トランです」
扉の前で声を掛けるとややあって「はいれ」と返答がある。一礼して入ると少し怪訝な顔で迎えられる。
「どうした?トラン副団長。君の紹介も執務も明日だと伝えたはずだが?」
「ダリウと。ランドル第ニ騎士団長殿」
「では私もアレクセイでいい。で、なんの用事でこちらに?」
早く済ませろとばかりにアレクセイは捲し立てる。家族を持つアレクセイは城外からの通いである。詰まる所早く帰りたいのだ。
ダリウはアレクセイを見据え迷いのない眼差しで答える。
「私は第三王女殿下を娶りたいのです」
アレクセイは瞠目する。目の前の男は何と言ったのか。
「な、なん?第二王女ではなくて?いや、そうでもないな、なんと、、」
片手で頭を抱え、まとまらない思考を整理する。
新兵が美しい王女に憧れを抱くのはよくあることだ。彼女たちの護衛となって守りたいと希望を出すものもいる。
第二王女であればちょうど19歳と年頃で、そういった対象にするのは解る。すでに婚約は決まっているが、夢を見るだけなら問題はない。
しかしこの男は娶るという。しかも第三王女、12歳の少女に対してだ。王女であることを除いても理解し難い。
「第二王女殿下ではなく?」
「はい。第三王女殿下です」
それがなにかと言わんばかりの態度にアレクセイは頭を痛める。
「私には後ろ盾も王都での名声もありません。しかしながら、この決意を曲げるつもりはありません。ご助力頂きたいのです」
アレクセイはダリウの言葉に思考を逡巡させる。部下の頼みを無碍にもできない。
ダリウは困惑する上司を眺めながら思考する。ツテがなければ巻き込めば良いのだ。
アレクセイは侯爵家は継げないが、伯爵家へ婿入りしており、いずれ爵位を継ぐことになる。協力者としては地位が高すぎず低すぎず最適なのだ。
アレクセイは額に当てた指の隙間からダリウを覗き見る。まっすぐ前を向き、表情を変えることなく綺麗な姿勢で立っている。
普段なら部下に頼られれば悪い気はしないし、助けてやるのは吝かではない。
しかしながら今回の頼みは別物だ。不可能とは言わないが無謀すぎる。
(ふざけているようにも見えない。むしろこれが正しいとさえ思わせるような言い様……)
アレクセイは釈然としないながらも、簡単に撥ね付けてはいけないことのように感じていた。深く息を吐く。
「方法があるとすれば…」
アレクセイの言葉にダリウの瞳が僅かに揺れる。
「1つは、大きな功績を上げて総騎士団長並みの地位に付き、その上で恩賜として降嫁いただくこと。もう1つは上級貴族の養子、つまり跡継ぎとなり婚約を申し込むことだ。王女殿下が降嫁するならばせめて侯爵、最低でも辺境伯ほどの爵位がほしい」
ダリウは頷く。
「後者はお前の家柄からして難しいだろう。更には今現在後継者がいないという上級貴族は聞かない。実力から言えば前者のほうが現実的だ。ただ、タイミングよく功績を上げるに足る機会が巡るかどうかだが…そればかりは分からん」
アレクセイはもう1つ大きな溜息をつき苦笑を漏らした。それからダリウに向かう。
「仕方がないから協力してやろう。精々励むことだ」
仕方ないという様子でハハハと苦笑を浮かべるアレクセイに、ダリウは深く頭を下げたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
まだまだ王女様は出てきませんが、長い目でお付き合い頂ければ幸いです。