揚げパン博士と遊ぼう!
揚げパンカーの中はかなり広かった。やはり元はキャンピングカーだったものを改造したのだろう、後部座席たるべき区画は普通の家のような床だ。でも、普通のキャンピングカーと違うところは、やはりいたるところに揚げパンが置いてあるということだろう。
揚げパン博士は部屋の中央に立って、コンロのようなもので揚げパンを焼いている。
「揚げパン博士、運転しなくていいんですか?」
「うん、運転手を雇っているからね。揚げパン作りと運転を交代でしているんだよ」
この部屋には窓があり、外の景色が見える。もう峠のコンビニが見えてきた。通り過ぎるのかと思っていると、揚げパンカーは停車した。コンビニから店員のような人が出てくる。
「あっ、揚げパン博士、今日の揚げパンですね! いつもありがとうございます」
「うん、どうもどうも。ほら岸本君、新人の二人、揚げパンを持ってきて」
揚げパン博士はこのコンビニに揚げパンを納品しているらしい。僕たちはなぜか従業員のような扱いになっている。従業員の岸本さんにならって棚から揚げパンをいくつか取り出し、袋に詰める。
僕たちが揚げパンを大きなカートに乗せると、店員さんはおじぎをして帰っていった。お金のやりとりはなかったようだ。前払いなのかな。
「よし、出発!」
今度は揚げパン博士が運転席に座って、揚げパンカーを発進させる。代わりに岸本さんが揚げパンを揚げ始める。
「ところで君たち、私に何か聞きたいのではなかったかい?」
忙しそうにハンドルを切りながら、揚げパン博士はそう僕たちに聞いてきた。
「そうです。揚げパンに心を持たせることはできるのかってことなんですけど……本当にできるかもしれないんですか?」
揚げパン博士は、とん、とん、とアクセルを二回踏み込んだ。揚げパンカーがぐん、ぐん、と加速する。
「うん、実はそんなに難しいことではないんだ。ときに、君は揚げパンが心を持つのが難しい理由は何だと思う?」
「えっ? ……そりゃあ、揚げパンは食べ物なんだから、中に人工知能みたいな機械を入れたら、僕たちが食べられないじゃないですか」
「正解。実のところ、それが最大の問題なんだ。だから、それを解決できればいいんだよ」
「どうやって解決するんですか?」
「なあに、簡単なことさ。人工知能を食べられるようにすればいいんだよ。揚げパンによく似た味だと、なお良いね」
「確かにそうできればいいですけど……でも、そうしたら僕らの体の中に人工知能が入ってしまうことになりませんか?」
「大丈夫だよ。なぜなら、人工知能は僕らの歯に噛まれて壊れてしまうからね」
揚げパン博士の話はかなり突飛なものに思えた。でも、その口調には不思議な自信があった。もしかすると本当に揚げパンは心を持てるかもしれない、と僕は感じた。
僕らは拓巳と彩より先に、目的地の揚げパン博士の自宅兼揚げパン工場に到着した。二人が驚いたのは言うまでもない。
僕たちはお昼ごはんにおいしい揚げパンを食べたあと、揚げパン工場を見学させてもらい、揚げパン作りと揚げパン売りを手伝った。そして、揚げパン博士は僕たちを家の近くまで送ってくれた。揚げパンカーは、自転車が四台乗るくらい広かった。
そうして僕たちは、今日は楽しかったねと口々に言いながら別れた。本当に楽しかった。でも、そんな日々は急に終わりを告げたのだった。
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