■2 なんか名前貰っちゃった
[エクスカリバー]
それは、伝説のアーサー王が所持していた剣である。
その剣は、聖なる輝きを放ちあらゆるものを両断したという。
そして鞘には魔法がかかっており、持ち主が傷を受けても失血しないのだ。
こんなすごい鞘貰っちゃっていいの? 失血しないとか凄くない? あぁ、でも貰ったじゃなくて拾ったが正解か。落とし物ですよー、交番はどこですかー。……あるわけないけど。
これって、石から抜くことが出来て王になったとか、湖の乙女から与えられたとか諸説あると思ったな。剣の方はどこにあるんだろうか、この洞窟にあるのかな。湖に沈められ一人ぼっちとか可哀想過ぎるでしょ。
そんな事を考えつつ水面から顔を少し出すと、あ、居なくなってる。あのお兄さん達。安心して先ほどの湖の端に上がり腰を下ろした。
いやー間一髪。こんな姿見られるなんて耐えられないわー。良かった良かった。
さてさて、と水面を覗いてみた。以前はショートヘアーの私だったけど、こんなに長くなっちゃって。色も白?いや、これは銀髪か。流石異世界、こんな髪私見た事ないもん。
顔は、ちょっと違うな。なれるまで少し時間がかかりそう。目は……よくは分からないけど赤ではない。何か、私の吸血鬼のイメージだと黒髪赤目なんだよなぁ。慣れ親しんだ黒髪ではない事にちょっと残念。
あーっと口を開けてみた。あ、牙が出てきた。こんなに長いのに、どう口の中に収納されてるのか分からん……ま、いっか。痛くないし。
そんな時、またまた足音がした。あ、やばい。慌てた私は、水面に思いっきり飛び込んだ。
「おいっ!!」
「君っ!!」
あ、見られた、やば、見られちゃったよどこまで? ねぇ、どこまで?? 混乱しているとまたまたどぼんと音がし……飛び込んできたぁぁぁぁ!? 手を掴めと言っているかのように手を伸ばしてくる。え、これ逃げられなくない? ここちょっと暗いけれど見られてる? このまま引き上げられちゃうと見られちゃうよね。とか何だとか考えている隙に掴まれてしまった。あ、やば息が。
ぷはぁ、と水面から頭を出した。はぁ、やっと息が吸えたよ。ちょっと苦しかったんだ。……お前らのせいでな。この様子じゃ、さっき飛び込んできた目の前の超絶美味の★5つのお兄さんは私の恰好に気が付いていない。良かったぁ。
そして、引き上げられそうになっていた所を手を引き剝がして離れた。水面には顔だけ。顎までしか出さんぞ。こんなイケメン男性共に見られるなんてことをしたくないのでな。恥ずか死ぬわ。幸いこの暗闇と髪で身体の方は隠せられている事だろう。うん、信じたい。てか、早く湖から上がれよお兄さん。風邪引くぞ。あ、私が言えないか。
中々出した手を取ろうとしない私に、疑問を浮かべた顔をされる。早く上がろう、と顔で言われても。……すまん、これだけは無理なのだ。
「……湖の、乙女……」
……は? 何それ、乙女って。私はただの転生した25歳のおばさん吸血鬼だが。……待て、これを口外してもいいのだろうか。転生、とか吸血鬼、とか。モンスター的なやつだから、殺される? うわぁこっわ。やめて、ここで死にたくはない。
そんな馬鹿な事を考えていた彼女は気が付かなかった。超絶美味な★5つイケメンお兄さんが、この時頬を赤く染めていた事を。
「湖から、出られないのか……?」
まぁそうなるけれど、たぶん貴方が思っている理由とは全然違う気がします。それ以前に乙女とかではありませんので。ここに入っているのは貴方方から逃げる為だったので。
「ですが、先程出ていたような……」
おい、余計なこと言うな甘さ★2つ野郎。あ、当然イケメンだが。だが顔で騙されるほどチョロい女ではない。
「あっ……」
いきなり赤面をしてきたではありませんか。茹だりそうな感じの。あ、もしかして気が付いちゃいました?その様子じゃ、気が付いちゃいましたよね。あぁ、何という事だ。
「す、まない、ローブを貸すから、使ってくれ……」
いきなり、お兄さんがローブを脱ぎだし私に渡す。びしょ濡れだが。そして、目をそらしながら手を出してきて。掴まれ、と。そう言いたいのでしょうか。てか、★2つイケメンと★1つイケメンも同じようにローブを脱ぎ待ち構えてるではないですか。いや、必要だけどさ。これじゃ逃げられないじゃない。ま、まぁ欲しかった物ではあるけどさ。
仕方なく、びしょ濡れなローブを身に纏い彼の手を掴んだ。引っ張り湖の端に誘導してくれて、最初に彼が上がり引っ張り上げてくれた。そのタイミングでローブに包まれてしまったが。すみません、びしょ濡れで。
お礼を言おうとしたところを思いとどまって頭を下げるだけにした。今の私には牙があるんだった。危ない危ない。
「何てことないさ、大事に至らなくて安心した」
あ、はい。貴方方がいなければそのまま逃げられてめでたしめでたしで終わるはずだったんですけどね。言えないが。
すると、何かを唱え始めて。そしたら、いきなり私の周りに風が出現。え、これはもしかして。と思っている内に、濡れていたはずの髪などが乾いていた。これは、もしかしなくても……魔法!!
わぁ! この異世界にはちゃんと魔法があるのね! スキルがある辺りでもうある事は予測出来ていたけれど。でも間近で見られるなんて!
「あっ、名前を聞いてもいいか?私はアンディ」
そう、★5つイケメンが名乗ってくれた。それに倣い、カシアス、マクスと自己紹介。これは私も名乗らなければいけない流れだぞー。根本彩羽です、なんて言えないじゃん。ただ彩葉ですってだけ名乗る? でも後々面倒臭い事になりそうだなぁ。
「な、ないのか……?」
いやいや、今私喋れない設定だから。私が吸血鬼ですって知られたら殺されそうだし。私が頭を横に振ったら、ないのだと理解したらしい。ちら、と★5お兄さんを見ると何やら閃いたような様子で。何だ何だ、何を閃いたんだ。
「名前がないのは不便だろう、提案なんだが……私が付けても良いだろうか」
……へ? 名付け?
「イヴ」
え、それが私の名前ですか。いかにも異世界って感じの名前ですね。まぁ異世界へようこそされちゃったけど名前もですか。
「イヴ、とは湖という意味なんだが、良いだろうか」
た、単純過ぎたか? と不満顔を見せてくる。へぇ、そんな意味があったんだ。まぁ、異世界と前いた世界の言語の違いってあるもんね。
折角選んでくれたんだから、と了承の意味を込めて笑顔を見せた。そうか、とホッとしたような様子で。そんなに緊張してたのかよ。ただの名づけだろうが。……この異世界では名づけはとても重要なことなのだろうか。そういう事なのか?
君はどうしてここに? どこから来たんだい? そう質問されたけれど、全て黙秘。そして、やっと私が喋れないことに気がついたらしい。すまないと謝ってきた。いやいや、別にいいって。
すると、なら私達とここから出ようと言ってくれた。
ここから出る、か。この世界に来てからまだ数時間しか経ってないから詳しくは知らない。この人達に付いていったら何かしらの情報を知る事が出来るだろう。ここは……それが得策か。そう思い、私は頷いた。
彼らは沢山の事を教えてくれた。私がこの洞窟にいる癖して出口までの道が分からない為に、知らない事が多いのだと勝手に理解し丁寧に教えてくれたのだろう。
因みに私は彼の、あぁ超絶美味★5つお兄さんの上着と靴を拝借している。ちょっと申し訳ないけど、血が超絶美味なだけあって心も温かいだなんて、完璧すぎ。ぶかぶかだけど、さっきまで着ていただけあってあったかぁ……
話を戻して。ここは、ヒュードルア洞窟というらしい。彼らの住むアメトリスと、隣国のメアマリンとの境界線に位置する洞窟なのだとか。
そして、彼らはとあるものを探しに来たらしい。とあるもの、それは……
「エクスカリバーの聖剣を探しに来たんだ」
エクスカリバー……何とも聞き覚えのあるものだ。いや、剣ではない。私が持っているのは鞘だ。うん、そうだ。剣なんてどこにあるか知らないし。だから、知らないか? と聞かれても頭を横に振っておいた。
そうか、と考え込む三人。……言ったほうが良かった? いや、でも変に怪しまれるのも嫌だしなぁ。
この世界では、モンスターと呼ばれるものと魔族と呼ばれるものがいるらしい。彼らが倒していたあれはモンスターだ。
モンスターは、私のいた世界での動物みたいな存在だ。そして魔族は、人間と敵対する者達の事だ。見た目は似ていても、人間とは身体の作りからして違うらしく、恐ろしい存在なのだとか。今は冷戦状態で、いつまた襲ってくるか分からない。だからこそのエクスカリバーなのだそうだ。
文献では、エクスカリバーは1000年前に魔族の王、魔王を倒した勇者が使っていた剣だという。あれだ、私の知るアーサー王だ。
だから、その剣を探しに来たらしい。……私が吸血鬼って言わなくてよかった。殺されるとこだった。……じゃあ、一緒に行かない方がいい?? 気がつかれたら殺されるし……でも私がここで生きていくための情報を沢山持っているわけだし……
そんな事をもんもんと考えてたら、彼らがここに来るのは2回目であって、出入口は簡単に見つけることが出来た。うげぇ、まっぶしい……えっ……?
「……どうした?」
入口前でふと立ち止まった私に、彼らは声をかけた。けど、私は答えることが出来なかった。というより、大混乱状態だった。
【警告】
【今のレベルでは太陽の光に皮膚を焼かれてしまいます】
……怖いんだけど。何それ、皮膚を焼かれるって? マジ? うわぁ、やばいじゃんそれ。影から出る寸前で立ち止まって良かったぁ。
じゃあ、この人達とは行けないって事か。残念だな。折角いい人達に出会えたのに。まぁでも殺されるのはごめんだし。
「あの……!!」
私は、システムウィンドウからとあるものを取り出した。そう、私のシステムウィンドウには一つしか入ってない。ならわかるだろう。そう、あの聖剣の鞘だ。
そして、超絶美味★5つお兄さんの腕を引っ張りこれを渡した。
「お礼です。これ、貴方が持っていてください。絶対に手放さないで、肌身離さず持っててください」
念には念を押して、絶対ですよ、と何度も言っておいた。こんなに美味しすぎる血を持っているのだ、狙われるに決まってる。幸いこの鞘は持っていると失血しないってなっているから、これを持っていれば安全だ。
どういう事だと考えている彼らから、私は離れた。手を伸ばそうとしてくれたけれど、私はそれを掴むことを拒んだ。そして、入口までの道の端、崖となっている場所へ立ち……
「バイバイ」
「待ってくれッッイヴッッ!!!!!!」
その場から飛び降りたのだ。
彼の、私を何度も呼ぶ声が洞窟内に響いた。
「アンディ、もう……」
「……」
彼女が飛び降りた崖から、下を覗き込む彼、アンディ。だが下は真っ暗闇で彼女の姿はない。探しに行きたい、彼女の無事を確認したい、そんな気持ちで心がいっぱいだったけれど、それは許されない。
「……屋敷に、早く戻りましょう。アンディ、いや、____閣下」
「ッ……」
湖から現れた彼女、そして、渡してきたこの剣の鞘。
これは、よく知っている。文献でよく見たものだ。
「エクスカリバーの、鞘……」
「陛下には……?」
彼女は言った、肌身離さず持っていて、と。なら、決まってる。
「この件に関しては、他言無用だ。誰にも言うな」
「……はい」
「畏まりました、閣下」
湖の乙女、イヴ。
また迎えに来る、そう、彼は誓ったのだ。
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