■19 魔王の卵
あれから、首都へ帰ってきた。勿論、夜移動で昼間歩かせてはもらえなかった。あぁ、陽の光が恋しい……まるで、あの洞窟にいた時みたいだ。光合成したいよぉ。
最近は、昼夜逆転しており活動時間は夜となっている。今は丁度朝日が昇ろうしている頃だろう。カーテンを閉めていても、それくらいは分かる。さてと、では皆さんおやすみなさい。
ドクン、ドクンと脈打つ心臓。それによって、夢の中にいた私は叩き起こされた。そして、急に襲い掛かってくる、酷く強烈なのどの渇き。左手の、親指の下あたりを、無意識に噛んだ。
これを、私は一体何度繰り返してきただろう。
身体の傷は治癒スキルでいくらでも治せる。けれど、いくら自分の血を中に取りこんでもちっとも収まらないのだ。そして、頭に浮かぶ人物はただ一人__
この部屋の扉が、勢いよく開かれた。そして、つかつかと足音が聞こえてきて、私が潜り込む布団がはがされた。
「イヴ」
しばらく家を空けていたアンディが帰ってきたらしい。ならきっとカシアスも帰ってきている事だろう。
口もとに、手を運び親指で拭われる。急いで治癒スキルを使ったけれど、付いてしまっていた血には気付けなかった。隠していたつもりだったけど、バレてしまったわけだ。
「遠慮はいらない、言ってくれ」
飲め、と言っているかのように着ている服のボタンを二つ外し、私を起き上がらせた。確かに遠慮はしていた。だって、再会してすぐこの人襲っちゃったし。殺しちゃってたらどうしようって後悔もした。てか怖かった。マジで。
「……持ってる?」
「大丈夫だ、ちゃんと持ってる」
私があの日渡した、エクスカリバーの鞘。失血しない魔法がかかっている。まぁ、それなら殺すことは無い。
「遠慮なくいけ」
「……いいの、それ」
「イヴならいい」
……マジか。まぁ、でも本人がいいのなら……いっか。でも、飲みすぎ注意だもんね。鼻血出ちゃうらしいし。あっまそう。
「……いただき、ます」
彼の首元に、牙を立てた。
ぷつん。
彼の血を飲み増えていっている、魔力。これ、もしかしてと思ってはいるけれど、そうであってほしくない。もし100%になれば、完全に魔族になってしまうんじゃないのかって。
でも、これはあくまで予想だ。決まった訳じゃない。だから、大丈夫。
……だよね?
〝はじめまして、吸血鬼のお嬢さん〟
眠っていたはずなのに、いきなりその声が中にまで入ってきたような、そんな感覚に襲われたのだ。そして、すぐに飛び起きると……布団の上に一羽のカラスが止まっていた。一体どこから入ってきたんだ。
〝私はエギエル、貴方と同じ魔族の魔人です〟
まただ、また頭の中に直接流れ込んでくる。もしかして……このカラスが?
〝貴方は吸血鬼、しかも生れたてだ。さぞかし生き辛い事でしょう。ですから、こうしてお迎えに上がったのです〟
迎え……もしかして、このカラス私を魔界に連れていこうとしてる……? え、いやなんだけど。私中身人間だし。生き辛いとかないし。余計なお世話だこの糞ガラス。
「あの、申し出はありがたいのですが、生憎今の暮らしが気に入っている者ですから。なのでお断りさせてください」
〝……貴方は魔族なのですよ? あぁ、お気に入りの人間はいるのでしたら連れてきても構いません〟
「……いえ、お気になさらず」
しつけぇなこのカラス、羽根むしり取るぞ。要らないって言ってんだから放っておいてよ。こっちは起こされて眠いんだからさ。
〝……仕方ありませんね、強引にはしたくなかったのですが〟
その言葉は、ぼそりと呟いてはいたが、はっきりと聞こえてきて。その言葉を理解する前にカラスが動いたのだ。
「え……ん”っっ!?」
カラスが、人間の姿に変化したのだ。そして、片手で口を塞がれベッドに押さえつけられる。これでは助けを呼べない。油断した。
「吸血鬼は上等な血を摂取した時が一番無防備となる。ましてや貴方は生まれたての吸血鬼。捕まえるだけなら何てことない」
殺す気? でも今捕まえるだけと言っていたし……
そして、彼は懐に手を入れ何かを取り出した。掌サイズの球だ。黒と紫の液体が混じりきってないような色をしている。何だそれ。
「千年前我らが王、魔王様が亡くなられた。人間達によって!それからの我々は、肩身の狭い思いをしていた。だが、それでも我々は全盛の時代を取り戻す事。それだけを思い続けていたのだ。それが今、ようやく魔王様の卵が誕生した。そして、完全に生まれる為には大量の魔力に耐えうる肉体が必要」
……いや、まさか。その球……肉体って、ま、さか……
ニヤリ、とニヒルな笑みを見せた魔人は……私の口の中にそれを突っ込んだのだ。
「ん”ん”ん”ん”ん”っっ!!」
そんな気持ち悪いもの口に入れないで!!てかデカすぎ!! 窒息しちゃう!!
そんな私の心の訴えなど気にせず彼はグイグイと押し込み……私は飲み込んでしまったのだ。硬いはずだった球は、まるでゆで卵のようにつるんと喉の中に入っていき、当然苦しくはあったがどんどん体の中へ入っていってしまったのだ。
そして……私の意識は暗く、深い深い闇へと落ちていってしまった。
途中でアンディの大きな声が聞こえてきた気がするけれど、ちゃんとは聞き取れなかった。
「ではまた、お迎えに上がります。__魔王様」
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