辺境の田舎貴族の幼女な私が何故か隣国の陛下に求婚されました
転生していてもチートとかないです。ただの思い付きでちまちま書いていたお話です。
苦しくて苦しくて痛みで悶えながら私はこの世を去った。本当にもう痛くてふざんけんなよ! ってくらい。こんな痛みあるくらいなら早く安楽死法制定してくれないかな? なんて、斜め上の恨みを持つくらい。だってずっと楽になりたかったんだ。せめて死んだように眠りたい……違うや、眠るように穏やかに死にたいとずっと思ってたのにこの地獄のような痛み。この世に神がいるなら呪ってやると思ったくらい。
でもようやく死ねる。こんな寝たきりで何もできない人生にようやくピリオドをつけられる。
そう思って意識を手放した。
享年16歳。短い人生だったなぁ――。
と、思ったらおぎゃあと赤子の泣き声で意識が戻った。誰だ誰だこの集中治療室に赤子なんて連れ込んだのは! 出産する場所ではないけども!!
驚きすぎて遠のきかけた意識が戻った上に何故だか痛みも消えたわ! え、凄くない? あんな瀕死だったのに痛み消えるとかどんな奇跡? むしろ赤子の能力? やべー、ついでに殺してくれ!
「あらあら、もしかして自分の声にびっくりしたのかしら?」
「ええ? 赤ちゃんにそんなことある?」
「さあ? けれども元気に泣いたかと思ったら可愛いお目目をまん丸にして泣き止みましたよ。奥様、ほら、可愛らしい念願の女の子ですよ」
優しそうな女性の声と共に私の体が持ち上がる。えええ? 待って待って、私病弱で体が細くても40キロはあるよ? そんな簡単に? てか誰? 誰? 誰よこの外人さんは!
視界に入ったのは長いくすんだ金髪を綺麗にお団子にした女性だった。私を見下ろして優しく微笑んでくれているけど、私は相変わらずパニック状態だ。
そうして簡単に抱き上げられ、他の人に渡される。今度視界に入ったのは綺麗な淡い金髪……白金というのだろうか、その髪を汗で額に貼り付けた色っぽい女性だ。琥珀色の瞳を揺らして私を愛おしそうに見つめた彼女はそっと私の頬を撫であげた。
「初めまして愛しの娘。元気に産まれてきてくれてありがとう」
「あー」
な、ん、で、す、と? そう叫びたかった。けれど人間驚きすぎた時ってなかなか言葉を紡げないものだ。
せめてええー? って言いたかったんだけど、私はまるで赤子になったかのように間抜けな母音を呟いた。
ま、赤子に本当になってたんだけどね?
まあ、つまりはあれよ。死んだと思った矢先に転生したらしい。待って待って、転生はいいけど、前の記憶なんて特にいらなかったよ。
逆に楽しめない気がするんですけども?!
◇ … ◆ … ◇
はい、というわけで、つまり、転生しました!
びっくりしたわ、死んですぐに別の命に生まれ変わるなんて誰が思う? いやまあ、死んだ後に意識がないのは普通だからその間の時間も何も感じないのは仕方ないかもだけど。そもそも前世の記憶が残ったままなのがいけないのでは? 産まれてすぐに壮絶痛かった記憶が残ってるってかなりの衝撃だと思うの。普通の赤子ならショック死してるんじゃない? まあ、普通の赤子じゃないけどさ。記憶あるんだから。
何はともあれ生まれ変わってからはまあ、そんな問題もなく私はスクスクと育ちましたよ。性別が前世と同じでまだ良かったかな。いや、女の子っていろいろ大変だからそういう点では男になりたかったけど、女の子にはない悩みが男の子にはあるわけで、結果男という性別に嫌悪する事態にもなり得るから、やっぱり女の子でよかったんだろう。
ルルアンシュと名付けられた私は家族からはルーシュという愛称で呼ばれ、日々幸せに過ごしている。驚くべきことにここは前世とは違う世界のようで、聞いたこともない国や地域の名前に溢れている。それだけでなく、なんと魔法が存在するし、魔物がいるし、獣人とか竜人とかの種族も存在する。どんなファンタジーだと思った。
でも、種族の壁はやはりそこそこ高いらしく、この国にはそういった種族はあまりいないらしいので、今のところ見たことがない。でも、竜人族の国とは今後どうにか仲良くなりたいとパパになった渋おじが言ってた。言ってたというか、ママになった美女に漏らしてたのを聞いてた。
というのも、私が住んでいるこの場所は竜人国との境界から近い辺境の地らしく、しかも私のパパはその辺境で領主をしている辺境伯という地位に就いているらしい。田舎貴族だけど、国境を守る大事な役割を持つ故に、貴族社会の中でそれなりに高い地位らしい。
裕福な暮らしができるのはありがたいけど、貴族とかそういう面倒な立場はいらなかったなーと正直思ってしまう。だけど、私の家族はすんごくあったかい人たちなので、まあいいとする。
そんなことよりも! そんなことよりもよ!!!
私は今とても自由だ! 前世は病弱で生まれたときから病院生活を送っていた私は、外で走り回ったことなんて一回もない。いや、もちろん室内でもない。走れる体ではなかったから。だから、大自然に囲まれたこの場所で生まれてきたことだけは本当に、本当に!! 感動してる。
もう生まれてからずっと興奮状態だった。だって自力で手足が自由に動かせるんだから。猛スピードで筋力つけて、ハイハイして、たっちして、歩いて走って転んでゴロゴロ転がって。いやもう私付きの侍女が毎回顔真っ青にしてたわ。申し訳ないと思いつつも毎回やめられなかった。いや、嘘だ。申し訳ないなんて思ってなかった。嘘はいけねーな、嘘は。
そんなことばかりしてたからすっかり私は家の中でお転婆娘として扱われてる。まあ、お嬢様って気質ではないので別にいいんだけどね。むしろ諦めてくれた方が自由にできるし。
それに、そんな私でもみんなは愛してくれた。自由にしていいって言って、仕方ない子ねと笑って、ほどほどにしてくださいと苦笑されながらも、私を見守ってくれる。二人も兄がいるけど、その二人も泥だらけになる私をニカっと笑って頭撫でてくれる。むしろ辺境伯の息子だから二人ともここの騎士団所属で私以上に毎日泥だらけだしね!
まあ、だから私は今自由にさせてもらってる分、ちゃんと大人になったら恩返ししようと思ってる。これも前世の私ができなかったことだから。
なんて、しんみりするにはまだ早い! だって私はまだ6歳。親の庇護下にいるべき年齢だ。だからまだまだ私はお転婆娘から脱却しないぞ!
「いいかルーシュ。今日は大切なお客様を迎えるんだ。だから城門の外には出ないように!」
薄茶色の短髪に細目だが綺麗な瑠璃色の瞳をしたちょっと厳つ目のイケおじは、私のパパだ。辺境伯として、またこの地の騎士団を取りまとめる存在というだけあり、厳しく強いパパ。そんな彼が緊張した面持ちで正装している。
いくら大切なお客様といえど、この国の国王陛下に対面する時でもこんな顔をしたことはない。とても珍しいことだ。ということはだ、この国の命運を握っている大事な局面ではなかろうか。パパはこの国の陛下よりも国民……特にこの領民のことを大切にしているから。
まあ、でもまだまだ幼い私に何かできるわけないし、とりあえず言いつけ通り城門から外には出ないようにしよ。ということで、今回は広大な庭――というより、むしろ森――の散歩でもしよう。先先代くらいが有事の際にと言ってこの森にたくさん木の実のなる木が植えられているから、たまに私が収穫するようにしてるし。
探検も宝探しも木登りも大好きだ!
ママと兄二人も今回のお茶会? に参加するようなので、つまり私は除け者だ。悲しいかな。けれど来賓に対して正しい。幼子の失態を大切な来賓に晒すわけにはいかないもの。失態を侵す前提なのは致し方なし。
それでも私が拗ねてしまうのではと考えたからこそ、パパは室内に拘束することだけはやめたのだろう。その思いやりだけで私は十分だ。
準備で慌ただしくしているメイド達の邪魔にならないように早速私は庭に出た。もちろん、事前に汚れてもいい服に着替えている。近くの町で購入した子供服らしい。ママは見慣れないものに無駄に食いつく癖があるからこの城には結構庶民の品物が溢れている。長袖のシャツとズボン、そして髪を纏めるのが面倒なので帽子に突っ込んで終了! 本当は侍女を呼んで着替えを手伝ってもらうのが正解だけど、こんな忙しい時に呼ぶのは躊躇われる。(面倒臭いとも言う)
「んーっと、木苺がそろそろ食べごろじゃないかなー」
ガサガサと低木を掻き分けて奥に進む。この城の庭は無駄に広いせいで、雇ってる庭師だけでは管理が難しい。その上に畑まであるから、森とも言えるこの一帯は無法地帯だ。あ、管理という意味での無法地帯で、防犯面に於いては抜かりはないのでご安心あれ!
だから、森のどこに何があるのかを一番把握しているのは実は私だったりする。兄二人も少しは探検してるのではって思ってるけど、男に生まれた時点で早い段階から剣の特訓させられていたらしいから、そうでもないかも。
「あ、あったあった!」
記憶を頼りに向かえば、予想通り一面に木苺が赤く熟して彩っていた。自然に任せているからきちんと収穫するものよりちょっと酸っぱかったり、味が薄かったりもするけど、最初に植えた際に土をきちんと整えてたようで、どの木の実を採ってもそのまま食べられるくらいの味だ。
一つ木苺を手に取って口に含んでみる。うん、もう食べ頃だ。自分で持てるだけ採って料理長にいつものように渡そう。
私が収穫しても全体の1割減るか減らないかしかないので、毎回こうして食べ頃の木の実を料理長に渡して料理に使ってもらったり、場合によっては孤児院に流したりしている。ただただ木の実を放置して食べられる物が熟れて落ちて土の養分になって終わるなんてもったいないし、種があっても木々が隙間なく生い茂っているここに新しく生えるのはなかなか難しいしね。
「よし、これでいいかな。おきゃくさんに見つかるとあれだから、うらがわに回ってから入らないとな」
来た道とは違う方へ向かい、ヨタヨタと歩く。木苺は重くないけど、運ぶのが大変。何かカゴとか布とか持ってくればよかった。ついルンルン気分できちゃったから手ぶらだったわ。こういうところは無駄に幼児思考で自分が残念で仕方ない。
まあ、でも幼児だし。頭よくなくていーし。ご機嫌にスキップしながら歌を歌っていても許される立場だし、これ別に仕事じゃないしねー!
あ、めっちゃ楽しくなってきた。本当にスキップして歌でも歌っちゃおー! らーららー!
なんて調子こいたのがいけなかった。細い道を木苺溢さないようにスキップして進んでいたら、あまりにも楽しくなってきちんと前見てなかったせいで、思い切り私は何かにぶつかった。
「んぶっ!!」
痛い。めっちゃ鼻が痛い! なんで、なんでなんで?! こんな道の途中に木なんて生えてなかったじゃん! そう思って睨むようにして前を見れば、そこにあったのは木ではなく服だった。
ん? 服? 木が服でも着てるんか? 怪訝に眉を寄せてそっと顔を上げてみる。すると、私のパパよりも少しだけ厳つい輪郭をした、黒髪金目の渋面のおにーさん? が、いた。
そう、おにーさんだ。つまり、木ではなくて、人! しかも、知らない人!
更に言うなら、その人が着ている服は光沢があり、刺繍も細かい。一応貴族だからわかる。この服すんげー高い。黒い生地なのに光沢のあるそんな服が、私の前だけ赤い染みをつけている。
そう、染みだ。しかも私の手元部分だけに。ゆっくりと更に視線を落とせば、両手いっぱいに持った木苺が、一部潰れて手を赤く染めている。
あら、やだ。同じ赤に染まりましたわね、オホホホ、なんて言えるわけない。言ったら確実殺されそう。でも私がこの人の服を汚したのは確かで、そして見たこともないけど上質な服を着ていると言うことは、今日のゲストに違いない。
もう一度目の前の人の顔を下から覗く。彼は無表情のままじっと私を見つめていた。そこには喜怒哀楽のどれも感じなくて、だからこそ何を言われるのかわからない。ゾゾっと悪寒を感じながらも私はせめて心の中で叫んだ。
な、な、な、何でこんなところにいるわけ?!!!
しばらく無言で見つめ合う幼児と青年?
ぶっちゃけ怖い。未だに感情を出さない表情にビクビクしながらただただ見つめ合っていれば、あまりの身長差に首が痛くなった。ちょっとくらい、いいかな。なんて思って首の後ろを伸ばすように俯く。その瞬間、体が浮いた。
「ふぁ?!」
前を向いたはずなのに視界は何故か地面に向いている。お腹にある圧迫感に、目の前の男に小脇に抱えられたのだと気づいた。反動で持っていた木苺がボロボロ落ちたけど拾うことは不可能で、せめてそれ以上落とさぬように必死に握りしめた。
「陛下ー! こんなところに! どうしたのです唐突に! って、何ですかその薄汚い子供は!」
う、薄汚いだってぇ?? 酷い酷い! 確かに質の悪い服は着てるけど、汚れてはいないはず! 流石にそんなものあったら侍女達が処分してるもん!
なんて失礼なヤツだ! と、思って顔を見ようとしたけど、体勢が厳しくて足元しか見えない。ぐぬぬ、卑怯な!
「わ、わ!」
「陛下! 何故そんな小僧を! て、え、その汚れはどうしたのです? ああ! その小僧に汚されたのですね! だからお怒りに――」
「うるさいぞドイル。とにかく辺境伯のところに戻る」
「ああ! 陛下が勝手に出歩いたんでしょう!? まったくもう!」
うおおお、これはパパに突き出されるパターンね! いや、汚したのは事実だからそれは保護者も含めて謝るべきだし、仕方ない。仕方ないけど、いくらなんでも一言もなく捕まえなくてもよくない? 言ってくれれば素直に一緒に戻ったんだけど!
てか、お付きの人? がすごいこと言ってなかった? 陛下って。陛下ってあれでしょ、国王とかそういう人につけるあれよね? でもこの国の国王陛下は金髪碧眼だったはずだから違うはず。ってことは、他国の王様? わーぉ、そりゃあパパも私を出すのはやめるわけだわ。何かしでかしたら取り返しつかないもの。でも、その苦労も泡となって消えたけど。
いやいや、でもこれ私だけのせいじゃなくない? だって国賓と呼ばれる人がこんな森みたいなところまで入るなんて思わないじゃない。綺麗な庭だって存在してるんだから案内するならそっちじゃん。
てことは、この人はさっきの会話を聞く限りでも勝手に出歩いたんでしょ? 怒られる筋合いないじゃん!! んんんー! 納得いかないけど結局は怒られるんだよなー。むしろお叱りを聞くだけで済むのかな。パパが不利な条約とか結ばされたらどうしよう。ううう、怖いよぉ。
「陛下! どちらにっ――?! る、ルーシュ! 何故ここに!」
「辺境伯殿! この小僧が陛下の衣装にこんな赤いシミを作ったぞ、どういう教育をしてるんだ!」
どうやらこの陛下を探しにパパも外に出ていたらしい。私の姿を見て引きつった声を上げている。まあ、そーだよねぇ。せっかく会わないようにしてたのにこんな最悪な感じで会ってるし、知らんぷりできなくなっちゃったよねぇ。
「も、申し訳ありません! 陛下とは顔を合わさないようにしていたのですが! 衣装はもちろん、こちらで弁償させていただきます!」
「当たり前だ! それだけで済む話ではないぞ! いくら子供の仕業とはいえ、麗しい陛下の膝を汚したのだから!」
「ドイル、少し黙れ」
何故かお付きの人がカンカンに怒って声を荒げている。どんどん悪い空気になっていることに私は泣きそうな気持ちになって未だに陛下の小脇に抱えられながら身を震わせた。それをまるで宥めるように頭をポンポンと撫でられた。いや、これは叩かれた? どちらにしても宥められてる感じではある。
「は? しかし陛下はお怒りに」
「別に怒ってない。こんなシミ、魔法一つで消せる」
そう言ってパチンと指を鳴らした瞬間、視界にある赤いシミが綺麗さっぱりと消え去った。
ふぉおおお! すごい、すごい! 魔法って本当にあるんだ! めっちゃ感動!
「辺境伯、この子供の保護者は?」
「そ、その子の保護者は私ですが」
「ふむ、孤児か?」
「いえ、そうではなく」
「陛下! いくら魔法でシミが消せるとはいえ、陛下の衣装を汚したのです! 罰の一つも与えねば他の者に示しがつきません!」
「喚くなドイル。この子供が怯えるだろう!」
「えぇ??」
なかなかに話が進まないその状態に、私はどうしていいかわからない。とにかく一度下ろして欲しいんだけどダメなのかな? お腹苦しいんだけど。
陛下自身は服を汚したことをさほど気にしてないみたいだからついつい気を緩めてしまう。謝った方がいいなら謝るんだけど、このままじゃどっちにしてもそれもできないよー? おーい?
「それに、この子供は言われた通り客が入りそうな場所にはいなかった。私があの場にいたからこそ事故が起きたのだ。責める道理はないだろう」
「し、しかし! 何故そこまでこの小僧を庇うのですか? というより、どうして陛下は突然あそこに? 何かに気づいたような様子でしたが………………ま、まさか!」
当事者のはずの私をスルーして勝手に盛り上がる二人の会話に、私は目の前で自分の手の中にある木苺を見つめていた。暇だし食べようかな、なんてぼんやり考えていたのがいけなかったのかもしれない。
「ああ、この子供は、私の番だ」
「「「えええーーーー??!!!!」」」
なんて、ありえない言葉をかけられる羽目になるとは。
きっとその場にいた全員の声が揃っていたと思う。何度もやまびこのように耳鳴りのように音が残っていた。
つがい、ツガイ? 番って、ナニ?
「お、お待ち下さい! る、るるるるルーシュが、陛下の、番というのは?」
「そうです! お間違いではないのですか? こんな子供の、しかも男ですよ!」
「私だって最初は理解できなかった。けれど、見つめれば見つめているうちに全身がこの子供を自分のモノにしろと訴えてくるのだ。そうとしか考えられないだろう? しかし、衝動のまま連れ去ればただの誘拐だ。だから保護者の許可を得て連れ帰ろうと思ったのだが、孤児なら必要はないか?」
「いいいえ! ルーシュは私の子供です!」
「なるほど、養子がいたとは知らなかったな。辺境伯には息子は二人だろう?」
「そうですが、そうではなくて!」
なかなか進まない会話に流石にうんざりしてきた。一応汚してしまった手前大人しくしてようと思ったけど、話が自分の居場所に関してなら口出ししても許されるだろうか。
私はどうにか気持ちを持ち直して息を吸い込んだ。
「あの! おろしてください!」
「!! ああ、すまない。苦しかったか?」
案外あっさりと地面に下ろしてくれる。それならもっと早く言えばよかった。ふうっと息をついて改めて陛下を見上げれば、彼は不安そうに眉を下げて私を見つめていた。
「さ、さきほどはしつれいしました! あの、このかっこうじゃ、へーかのごぜんにふさわしくないと思うので、きがえてきてもいいですか?」
「それは、…………………………」
沈黙長! なに、何を迷う必要があるの? てか、すんごい目が泳いでるのは何で?
何が不安なのかわかんないけど、そんな反応されると私の方が不安になるんだけど。そういえば、私のこと悪くない感じのこと言ってた割にずっと捕まえてたな。ふむ……。
「にげません」
「……本当に?」
「にげても、見つかっちゃうでしょ?」
番がなんなのかはわからないけど、会ったこともないはずの私を、見えないところから感知したんだから逃げたところですぐに捕まる。それがわかってるのに無駄なことなんてする気はない。わざとらしく子供っぽい仕草で問い掛ければ、陛下は渋いイケメン面を歪めて何かを耐えるように唸った。
怖いから変な反応するのやめて。普通の子供ならギャン泣きよ、ギャン泣き。ギャン泣きなんて前世でも使ったことなかったけど。
「わかった。では、辺境伯。この子供も部屋に呼ぶように」
「わかりました。では、先にお部屋にご案内します。ルーシュはその間着替えをしますので」
未だに引きつった声で対応するパパに申し訳ない気持ちになりつつも、でもこれは私にも回避不可能だった事態だと思うので仕方ないと思ってもらうしかない。私専属の侍女の名前を呼んで、私は自室へと戻った。
いつまでも男と思われても困るので、陛下の前に出ても失礼のないように、持っている衣装の中で一番上質なドレスを着付けてもらう。いつも適当にまとめるだけの髪も、侍女の手であっという間に綺麗に結ばれて花の飾りをつけられる。子供だけど薄く化粧もしてもらえれば完成だ。
あまり陛下を待たせるわけにはいかないので、本来ならもう少し気合いを入れて準備するけど、仕方ない。それでも私は他の子供と比べれば落ち着いてるから準備は楽なのだそう。
まあ、精神年齢は上ですしね!
侍女に案内されながら、陛下のいるサロンへと向かった。既にパパ、ママと兄二人は揃っているようで話が盛り上がってるみたいだ。でも、話してるのはこちら側ばかりで、陛下の声は聞こえないけど。
「それでですね、えっと、陛下?」
「ああ」
「お茶はどうです? お口に合いますか?」
「ああ」
「それはよかった! こちらとそちらでは作物の種類も大分異なるようなので、味の好みも変わるかと不安でしたが。ちなみにそちらではどのようなお茶を好んで飲まれてるのですか?」
「ああ」
話してるのがこちらばかりというか、陛下上の空ね。もうちょっと真面目に受け答えできないの? 一応これ外交だよね??
もしかしてナメられているのか。まあ、相手陛下だし、身分考えれば仕方ないかもだけど、それでもわざわざこの地まで足を運んできたってことは、外交相手として向き合ってくれていると示してるんだとばかり思ってたんだけど。大丈夫なのかなあ、なんて子供の私が思わず心配してしまった。
そんな時、侍女が扉を開けようと取手に手を近づけた。けれども、触れるその前にいきなり扉が開いた。その先にいるのは、生返事だけしていた陛下その人で、思いがけない行動に侍女も私も目を見開いて硬直してしまった。
「……」
「……」
お互いに堪らず無言。
あれ、これさっきもやったよね? はいはい、無駄な時間ですね。っと、陛下より先に立ち直った私は、子供らしく無邪気な笑みを浮かべて、小さな身体でカーテシーをした。
「あらためまして、ルルアンシュです。よろしくおねがいします」
たどたどしくも、どうにか発音よく挨拶をする。頭の中はすらすら言えるんだけど、この体の舌はまだ長文を喋る筋力? がなくて、すっごい疲れるんだよね。早口にしようもしても、舌がついていかないし。
だからせめて発音よくはっきりと喋るようにしてる。それだけで家族の皆は偉い偉いって褒めてくれるから本当大好き。
さてはて、未だ硬直状態の陛下なんだけど、私どうすればいいかな? 思わず陛下を見上げたまま首を傾げた。その瞬間、いきなり体を持ち上げられる。さっきとは違って両手で丁寧に抱き上げられた。ドレスがシワになるのを考慮してくれたのかな?
「ドイル、問題がなくなった。今すぐ連れて帰ろう」
「は! わかりました! て、いえ、駄目です陛下! 落ち着いてください!」
「陛下ぁあああ! 話し合い、話し合いをおおお!」
突然の宣言にお付きの人も、パパも取り乱して声を荒げた。そりゃそーだ。さっきいきなり連れ去ったら誘拐だって気にしてた人の言葉とは思えない。
これは一体どうしたことか。今にも外に飛び出しそうな陛下の様子を見ながら、息を吐いた。仕方ない、ここは一つやりますか。
「ふぇ……」
「!!!」
ぎゅっと陛下の服を握りしめて、目に力を入れる。熱くなった途端、視界が揺れて、簡単に涙が零れた。
「ま、泣くな、行かない。連れて行かないから!」
結果、渋イケメンの狼狽姿を特等席で拝めました。
眼福です!
どうにか陛下の暴走を止めることに成功した私は、ようやくお茶の席につくことができた。
それは、いいんだけどさあ。
「いくら番が貴方がたにとってとても重要な存在だと理解したとしても、それでもいきなりルーシュをお渡しするわけにはいきません」
「辺境伯が拒むのも仕方ない。これほど愛らしい存在だ。手放したくなくなるというもの。しかし、私にとっても番は唯一無二。簡単に引き下がれない」
「そ、そもそも、ルーシュでないといけないのですか? 年齢差だってありますのに」
「ですから、唯一無二と。そもそも、誰しも番がいるとは限らないし、いたとしても一生の内に会えるとは限らない。私は、とても幸運だ」
そう言って陛下は私の頬を撫でる。気安い態度に、幼い身でありながらもドキドキとしてしまう。家族以外で関わるのは使用人の人たちだけだ。だから、突然親密になる相手が、凛々しく渋いイケメンとなれば、照れるのも仕方ない。
だけど、それより何より照れるのは、私が座っている場所だ。
「い、いいえ! ですがルーシュはまだ六歳です!」
「だからこそ、辺境伯に伺いを立てているんだ。彼女が成人していたら、その場で連れ去っている」
いやいやいや、待って待って。いつも強気なパパの顔が真っ青だ。なんつー横暴な話をしてるんだ。
にしても、番かあ。動物の夫婦に使われる言葉だよね? ファンタジーとかで獣人に使われてたりしてたから、何となくだけどどういうものかは理解してる。もし、そのファンタジー的なものと同じと考えるなら、確かに陛下はまだ理性的な対応をしてくれてるんだろうなあ。
だけど、それでもこれじゃあちょっと一方的すぎない? それに、そもそもだけど、これ私の話だよね? 何で私はマスコットみたいな扱いされてるの? 解せぬ。
子供でも、中身が私だからこそ妙な空気でも耐えられるし、異様な扱いにも黙ってられるけど、中身が私だからこそ、黙って最後まで大人しくしてる理由はないよね?
「陛下がここまで下手に頼んでいるのだ! もう少し融通を効かせぬか!」
「な、何を言いますか! 自分の娘をそんなほいほい人にあげられません!」
「だが、辺境伯。政略結婚というものが人間の国では多いのではないか? ルーシュをいただけるなら、以前より提案されていた同盟についても前向きに検討することを約束するが」
「そ、それは、しかし! ルーシュは六歳です! 結婚はまだ早いではないですか!」
陛下とパパの言い争いは続く。段々置いてけぼりにされて腹が立ってきた私は、むすりと頬を膨らませた。その顔に気づいた長男のリカルド兄さんが私を宥めようと首を振る。だけどごめん、もう耐えられない。
バン!!!!
二人の声だけが響いていたその部屋に、大きな物音が響く。その出所に驚いた二人が目をまん丸くして私を見つめた。
小さな手を懸命に伸ばして、ありったけの力でテーブルを叩いたのだ。幼い私の手ではなかなか痛い衝撃だったけど、二人の会話が止まったなら成果はあっただろう。
「ルーシュ! 何を!」
「痛くはないか? 柔い手なのだから気を付けねば」
「へーかは、私とけっこんしたいんですか?」
二人の言葉を無視して、私はまず今の話の根本な部分を確認する。
陛下の顔を見ることは座ってる位置的には難しいので、どんな顔をしているのかちゃんとはわからない。だけどチラッと見えた感じでは、私からの質問に驚いているようだった。
「あ、ああ」
「でも、けっこんは大人にならないと、ムリってきいてます」
「それは」
「わたしは、まだ六才です。それに、へーかのこと、好きかどうかも、まだわかりません」
不敬ともいえる発言をきっぱりと述べれば、私の家族は顔を真っ青に、陛下側の人達はギョッと目を剥いた。
けど、私は子供だ。子供と分かりながらも結婚を申し込んでいるのだからこれくらいは大目に見る気概を見せてほしい。
「私のこと、好きではないか?」
「わかりません。だって、私、今日はじめて会いました!」
竜人族が番を見つけた途端溺愛する種族であっても、私達は違う。人は相手の人となりを見て、気が合う合わない、趣味や醸し出す空気など、長時間かけて把握して、好きという気持ちを募らせるものだと、私は思う。いや、恋愛したことないから少女漫画的に、としか言えないけども!!
でも、私自身もう少し時間が欲しい。いくらなんでも六歳で伴侶が見つかったと言われても困る!
「そ、それは……。ルーシュは、私が夫では嫌か?」
「うーん、かおは好きです」
普通のイケメンも好きだけど、パパが強面の渋メンだから優男よりもガタイのいいイケオジの方が好みになってしまったんだよね。
私の言葉に陛下はパッと顔を明るくした。子供みたいで可愛い。
「でも、それ以外はよくわかりません」
「しかし、顔は好きなんだな?」
「へーか、人はかおの好みではふうふになれません!」
うぐ、と陛下は言葉を詰まらせる。パパには強気だけど、打算も何もない、自分に正直な私自身の言葉には弱いみたいだ。きっとこれも私が番だからなんだろうけど、利用できるものはしないと。
「けっこんは大人にならないとできません。だから、私が大人になったとき、へーかのことが好きだったら、いいですよ?」
相手が陛下でも、結婚を申し込んでるのは陛下の方だ。それなら、こっちが下手に出なくてもいいはず。それに、私は六歳。少しくらい融通を利かせるのはむしろそちら側だろう。
短い首を捻って、どうにか陛下の顔を見つめれば彼はうろうろと不安そうに視線を彷徨わせた。
「し、しかし、それだとほとんどルーシュと会えないではないか」
「……でも、私はまだかぞくとはなれたくありません」
「う……」
「あ! それなら、じゅんばんこでおとまりに行くのはどうですか?」
そうだとばかりに提案した私に、陛下だけでなく家族も慌て出す。まるで婚約が決定事項のように話を進めているので戸惑っているみたいだ。
だけど、この状況になったら何もない関係になるなんて難しくない? 陛下のことは今のところ好きも嫌いもないけど、顔は好みだし私のことは尊重してくれそうだし、婚約くらいはしていいと思うんだよね。それなら、六歳で結婚してロリコン陛下なんて言われるよりかはまだ政略結婚でそれっぽくなるし。
「一月へーかのところでくらして、一月こっちにもどってくるとか。そうしたら私もへーかのことよくしれますし、へーかのところもふつうの人についてしることができると思います」
私がそこまで言えば、陛下はハッとしたように目を丸くした。
番がいない普通の人間が、普段どのように過ごしているのか、やはり竜人族の人はほとんど知らないようだ。その事実に気づいたのだろう。
私はまだ六歳で、今すぐ陛下の妃になって竜人国で過ごしたら、思いがけないことで衰弱して死んでしまうかもしれない。そうなれば苦しむのは家族だけじゃない。陛下もだ。
安易に考えていいことではないはず。
「ルーシュは……なんて、なんて賢い娘だろうか!」
感激とばかりに声を上げた陛下は勢いのままギュッと抱きしめてきた。そう、私はずーっと陛下の膝の上にいたのだ。
何故、陛下の膝の上なのか。せめてここはパパの膝の上では? と疑問に思うのは何故か私以外には兄二人だけ。ほんと、わけわからん。
「ルーシュは、本当にそれでいいのか?」
私の提案にショックを受けて言葉を失っているパパを横目で見ながら、気を利かせたリカルド兄さんが代わりに問いかけてきた。
「うん。だって、へーかは私のこと、好きなんだよね?」
「ああ、こうして一緒にいないと落ち着かないくらいには」
早くない? その感覚。
まあ、でも番っていうのは言葉の通り、二人セットっていうことだから、竜人は会っただけでそういう感覚なんだろう、うん。そう思っておくに限る!
「まあ、ルーシュがそれでいいならいいんじゃないか?」
「そ、そうね。ルーシュさえよければお母さんも反対はしないわ。ね、あなた」
未だに放心状態のパパは、まだ返事ができない。ただ茫然と私を見つめるだけ。そんなパパに、リカルド兄さんは溜め息をついて、思いっきり背中を叩いた。
「ほら、父さん! ルーシュがオレたちのために提案してくれてんだ! 父親のあんたが思考停止してどうすんだよ!」
「ハッ! すまない、あまりにも予想外の展開に現実逃避していたようだ」
「しっかりしろ! それでも当主だろうが!」
お、おおぅ。なかなかに辛辣な言葉を投げるな。パパは基本的に出来る男でこの土地の騎士団も一人で統率している実力者なはずなんだけど、いかんせん家族にはあっまあまだからなあ。反対したくても反対しにくいんだろう。
ほら、なんか泣きそうな顔して見てる。そんな顔されても、これ以上の妥協なくない? だって多分この人たち諦めないよ?
「辺境伯、お子さんが大切なのはわかる。私たちにとっての番は、貴方が子を思う気持ちと同等以上の思い入れがある。決して手荒なことはしないし、むしろ徹底的に愛を注ぐ種族だ。できれば婚約を許してほしい」
お、おおお! 陛下やればできるじゃん! そうそう、下手というのはそういう態度だよ! 安心安心。
「……ルーシュの嫌がることはしない、と」
「誓って」
「…………」
黙り込んでしまったパパに、全員が視線を送る。私だけはちょっと暇になってきたから陛下の顔をじーっと見つめていた。その視線に気付いた陛下は、私に微笑む。
ふおおお、美だわ。笑うと少し幼くなる感じがちょっと可愛い。これぞギャップ萌え。ちょっと興奮しそうになって、誤魔化すように陛下の胸元に頭を押し付けた。これぞ幼児の照れ隠し。
「ぐっ、か、かわ……っ!」
「陛下、気をしっかり持ってください!」
「無理だドイル。あまりにも可愛すぎるっ!」
身悶える大人と、無邪気な幼児。
ちょっと変態な図になったのは言うまでもない。違う危機感を覚えた私たちだったが、結局それ以上の妥協案はなかったので、パパは渋々と、ほんとーーーに渋々と私と陛下の婚約を承諾したのだった。
◇ … ◆ … ◇
あれから二ヶ月。ようやく両国の準備が整い、私はたった六歳で婚約者をゲットした。こんなにも時間がかかったのは相手が他国の陛下というのが一番の理由だ。パパの許可はもらったけど、陛下と婚約するにはきちんと私の国の陛下にも許可をもらわないといけない。それこそ外交問題だしね。勝手にできない。その辺、竜人国は少し緩いらしく、なかなか進まない婚約話に陛下は何度も私を攫おうと企てていた。その度に私がぶりっこして止める始末だ。
そして今日、私は初めて陛下の国にやってきた!
「どうだった? 空の旅は」
「すごかった! 高いし早いしたのしかった! へーかかっこいー!」
何と、私は今日、竜化した陛下の背中に乗せてもらい、一気に国境を越えた。もちろん、勝手にやったらすぐさま戦争案件なので、パパと国境の人たちには許可をもらってある。
馬車だと二週間以上かかる道のりは、陛下に乗ればなんと、たった二日でたどり着く。休まずに飛べば丸一日で済むらしい。ただ、私の体力を考慮して二日に分けたのだ。
「そうか、それはよかった。ルーシュ、部屋に案内しよう」
ずっと陛下の背中に乗っていただけだから体力有り余っているのに、私の体を持ち上げて陛下自ら城内の案内を買って出てくれた。
「わたしのへやですか?」
「そうだ。最初は私の部屋でよいと言ったのだが……」
いや、ダメでしょ。
「それを聞いたお前の侍女が目を釣り上げて叱責してきてな。交渉に交渉を重ねて、私の隣の部屋になった」
流石! 流石だよエルダ!
あー、危なかった。いくら幼児でもこれから先何年経っても同じ部屋扱いされても困るし。今からきっちり分けないとね!
にしても竜人国の陛下に物申せる侍女すごくない? エルダさまさまじゃん!
あれ、でも陛下の隣の部屋って、結局は王妃様の部屋じゃないの? 同室もおかしいけど、今から王妃様の部屋なのもおかしくない?
「今は仕方ないが、結婚したらルーシュも私の部屋になるからな。覚えておくように」
「? へーかのとなりのままじゃないの?」
結婚して王妃になったら王妃の部屋から出ないといけないのか。なんかよくわかんなくて聞いたら陛下はものすごくショックを受けた顔をして足を止めた。そして器用に私を抱えたまま項垂れる。
「ルーシュは、私と一緒にいたくないのか」
「え? だって、わたしのへや、おうひさまのへやじゃないの?」
「ああ、なるほど。陛下、あちらの国では寝室以外は夫婦でも別室が多いのですよ。だから今から案内される部屋が王妃の私室なのだと勘違いされているのです」
私の言葉の意図を読んで側近のゲイルさんが説明してくれる。そうそう、そういうこと!
ってちょっと待って、私の国ではって言った?
「で、では、私が嫌なわけではないと?」
「いやじゃないですよ」
立ち直った陛下が縋るように私を見つめるので、素直に答える。嫌だったらまず婚約もしてないって。ただ今から同室はどうかと思うけど。
「そうか、よかった。ルーシュ、この国では基本的に番ができればやむを得ないこと以外ではずっと一緒だ。それだけ離れがたい存在になるからな。だから、城に限らず庶民であっても番同士は基本的に同じ部屋で過ごす」
「ず、ずっと?」
「ああ、ずっとだ。安心していいぞ。今は部屋は別だが寝る以外は基本一緒だからな」
いやいやいや、それは安心できない。流石に番だからって四六時中ずっと一緒にいたら息が詰まるし私何もできないんだけど?!
だって陛下仕事あるでしょ! 幼児に共にいさせる気? やめよ??
しかし、ここで黙っていては勝手に話が決まってしまう。私は意を決して上機嫌に私の部屋(予定)に向かう陛下に口を開いた。
「ずーっといっしょは、いやです!」
「――!!!!」
「へーか、おしごとします! わたしは、あそびます!」
「な、何て身勝手な! いくら陛下の番だからと言って!」
「くっ、わ、私も遊ぶ」
「へーかはおしごとです!」
「ルーシュは私が嫌いなのか?!」
おかしいな、来て早々何で言い争ってるんだろう。しかも幼児と大人がさ。本当にこれ、番だからこその態度なんだろうか。この国この人が王様で本当に大丈夫なの?
そんな不安を抱えつつ、私の婚約者としての生活がスタートしたのだった。
それから、半年後。
「ルーシュ、ほら、これも美味しいぞ」
私は順調に陛下との婚約生活を満喫していた。最初の私の希望通り、一ヶ月ごとに住む場所を変えるという、なんともハードスケジュールになっているが、移動は楽チンなのでまあ、悪くはない。
ただ、未だにこの溺愛モードには慣れないけど。
今、私は陛下の膝の上に座ってご飯を食べている。けれど手は動いていない。必死に動かしているのは際限なく詰め込まれるご飯を咀嚼する口のみだ。
「陛下、自分で食べれます」
「嫌だ」
「ええー……」
本当この人はすーぐこれだ。恥ずかしいからやめて欲しいのにやめてくれない。まだ二人きりだったらいいけど、ドイルさんもエルダもいるし、給仕の人だっているんだよ?
とは言っても、何故かみんな生温かい視線を送るだけで引いてる人はいないけど。
あ、違う。引いてる人いるや。エルダがハイライトもない目で見てる。うう、やめて、見ないで。私が恥ずかしいぃぃい。
「そうだ、ルーシュにお願いがあるんだが」
「お願い? それを聞いたらやめてくれますか?」
「嫌だ!」
「ええー」
やめさせるチャンスだと思ったのに!
とはいえ、陛下が私に対してお願いするのは実は珍しい。何でもかんでも与えようとしたり、私の願いを聞こうとするばかりだから、私にしてほしいことなんてないかと思ってた。
「何ですか?」
「私のことは陛下ではなく、名で呼んでほしい」
キラキラと目を輝かせて見つめてくる陛下に私は硬直する。名前? 名前って言った?
やべー、知らねーや。
だだだだだって、ほら、みーんな陛下としか呼ばないし、私自己紹介されてないし! 知る機会なかったんだけど!
今まで陛下って呼んでたから気にしたことなかった! どうしよう、どうしよう、どうしよう!
「だ、駄目か?」
「う、ううん。だけど、その、えーっと」
知ってたら是非呼んであげたい気持ちは強いけど、そもそも名前を知らないのだ。どう答えればいいのか悩む。だらだらと背中に冷たい汗を流した。
やばいやばいやばい。どうしようとチラリと視線をある人に向ける。
じーーーーーー。
私の視線に気づいたドイルさんは少し悩む素振りを見せて口を開いた。
「陛下、突然おっしゃられても姫君もお困りですよ」
「だが、もう半年だ。番に名前でなく役職で呼ばれる切なさなど、お前にはわからんだろう!」
「そうですねぇ、では、陛下も陛下だけの呼び名を姫君におつけしてはいかがですか?」
とりあえずこの場では名前呼び回避してくれる流れに持っていってくれてるんだと思ったドイルさんは、実はそうじゃなかったらしい。まあ、そーだよね! 今更陛下の名前知らないなんて思ってる人いないよね!!
どうしよう、この流れ絶対陛下が私のあだ名付け終わったらさあどうぞってなるパターンだよね?
「そうだなぁ、ルルアンシュだから……ルル?」
安直ですね。
「ルアー」
それは魚の擬餌。
「ルルーシュ」
う、うーん、アリだけど、ちょっと、あるアニメの主役(男)を思い出すのでやめてほしい。
「……ふむ、アンシュはどうだ? 響きが可愛らしい。いや、しかしもう呼んでいる者はいるのか?」
「いないです。陛下にそう呼ばれるなら嬉しいです!」
ルアーになるよりマシだよね!! うん!
そう思って力強く頷いて笑えば、陛下も嬉しそうに笑って私の名前を連呼する。
「アンシュ、アンシュ」
はいはい、恥ずかしいからもうやめようね。
「いい響きだ。アンシュの名前から考えたあだ名は、どれも甘い響きで、何だってよくなるな」
いや、私はよくないですから! 本当この人が国王でこの国どう成り立ってるの?! 不思議の国の竜人国だよ!!
とはいえ、番が絡まないと見た目通り厳しく、隙の無い政策に打ち込むって言うんだから本当もう、別人の話じゃ無いの? ってなったよね。
「さあ、私は言ったんだ。今度はアンシュの番だ」
「あ、あぅ」
あー、結局問題回避できなかった。誰に視線を送っても私が抱えている問題を理解してくれなくて、結局誰も何も言わず。一番頼りになるエルダなんて目どころか顔も死んでて、流石にそれ侍女としてどうなの? な有様だし。
仕方ない。ここは一番効果のある誤魔化し方を使おう。これは本当は使いたくなかったんだけど。
「…………だ、」
「だ?」
「だんなさま」
あーーーーーーーはずかしいーーーー!! 名前さえ、名前さえ知ってればこんな恥ずかしい言葉言わなくて済んだのにーー!!!
だけどこの場を凌ぐためには仕方ない! これも必要な犠牲だ! だから、羞恥を隠し通してなるべく甘い声で陛下の耳元に囁いてやった。
「ふぐぅ!!」
「陛下! お気をしっかり! 陛下ぁ!!!」
案の定、陛下は悶え苦しんでその場に突っ伏し、私は陛下の名前を呼ぶという難問を一時保留にすることに成功したのだった。
しっかし、番だからってこんなに幼児に甘くなってていいのか。陛下自ら食べさせてきたり、構ってきたり、名前を呼んできたり、服とかおもちゃを買い与えてきたり。
ダメな女製造機みたいなことばかりしてくる陛下に、構われてる私の方がげんなりする。
大丈夫かな、これ。いつか「陛下はロリコン」疑惑とか生まれたりしないかな? 私、責任取れないけど。
あぁ、ダメダメ。ここで陛下の評判が下がったら、結果私にも影響でてしまう。よし、どうにかロリコン疑惑が生まれる前に、陛下を真っ当な婚約者に更生させるぞ!
私がそう固く決意したのも虚しく、私の国では既に陛下の溺愛ぶりが噂で流れており、貴族間では大の大人が幼女に色目を使っている、なんて不敬極まりないことが囁かれていた。
そんなことも知らない私は、その後も無意味な努力を続け、結果的に陛下を構ってしまうことになり、殊更に溺愛を酷くさせて、首を傾げることになるのだった。
さてさて、私が大人になる頃には、一体どうなってしまうのか――……考えたくない。
一応この先の話も少し考えていたりしたんですが、この流れで面白いと思ってくれる人がいるかよくわからなかったので、キリがいいところで止めました。
気が向いたら続編として短編をまた書くかもしれません。