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愛人抄

   ☆1☆


 冴えざえと夜空を彩る淡い〈緑色〉の月。

〈エメラルド・ムーン〉。

 千年前、魔族は旧文明を滅ぼすとともに、大空に浮かぶ月をも破壊した。

 五つの破片となった月の欠片は、その後、凋落の一途を辿る人類を嘲笑うかのように天空を彷徨している。

 月を破壊した超・魔力は、月の色彩さえ変え、その欠片は緑色に加え、赤、青、黄、桃、五色の光を帯びている。

 周回軌道の変化と運行の関係上、満ち欠けは欠片によって日時が異なる。

 今夜は、

〈エメラルド・ムーン〉

 が満月だ。

 五色の月影を揺らし水面を滑る小舟。

 その舳先を子爵の別荘に寄せる。

 澄んだ湖を見渡せる風光明媚な所領と別荘。

 ここは、子爵の秘密の隠れ家だ。

 後ろめたい事でもあるのか? 子爵はこの別荘に、お忍びで何度も足しげく、頻繁に通っていた。

 俺はましらのごとくスルスルと壁を伝い屋根まで登りきる。

 俺の身体には魔族の中でも特に忌み嫌われる悪魔族の血が流れている。

 悪魔と人の間に生まれた忌み子。

 不浄なる混血児。

 それがこの俺、

〈ハーフ・デビル〉だ。

〈ハーフ・デビル〉の身体能力をもってすれば四階建ての別荘も難なく攻略出来る。

 俺は屋根の上から縄梯子を放った。

 小舟から屋根へと登るもう一つの人影。

 足元のおぼつかない月明かりの下、遅々と、やっとの思いで屋根に這い上がっのは、年の頃、十六、七歳の少女だ。

「やっぱりオンブしてもらうべきだったかしら? でも、それじゃ…密着しすぎちゃうし…でもでも、よく考えてみたら、絶好のチャンスだったかもしれないっ!」

 時折、彼女は意味不明な言葉を呟く。

 彼女は嘘吐きで詐欺師で盗人。

 そして、最も頼りになる俺の唯一の相棒だ。

 湖から急に強風が吹き、彼女のスカートが派手にめくれあがる。

 慌ててスカートを押さえる。

「みっ! 見たでしょっ!」

 彼女が真っ赤な顔で詰問する。

「見えてしまった。と、言ったほうが正しい」

「見た事に変わりはなーいっ!」

「見たくて見たわけじゃない」

 俺は天窓の魔錠を外す作業に取り掛かる。

 少々、頬が熱いのは気のせいだ。

「そもそも、無駄に露出度が高くないか? そのヒラヒラした服は?」

 旧文明を滅ぼした大魔災により、海の彼方に沈んだ東方の島国〈日ノ本〉。

 その聖地〈アキバラー〉を拠点に、大活躍した総勢48人の世界的、伝説の歌巫女集団、

〈アイアイセブン〉

 その赤い制服が、彼女の服のモデルになっている。

 極端に短いスカートから伸びる白い足は、時々、目のやり場に困ってしまう。

 少なくとも、これから屋敷に忍び込む賊の格好ではない。

「いいのよ可愛いんだから! 女の子は誰だって、誰かに可愛いと思われたいものなの! べっ、別に、あんたに可愛いって思ってもらいたいわけじゃないからね! 誤解しないでよね! ていうか! あんたが地味過ぎるのよ! 〈ツメエリ〉? だっけ? 真っ黒で地味でダサ過ぎるわ!」

〈ツメエリ〉は同じ〈日ノ本〉の制服だ。

 旧文明の時代に俺と同い年の少年たちが着用していたという。

 大魔災以前の情報は世界各地に散らばる〈ドージーン〉という古文書の断片からしか推測出来ない。

 魔族は旧文明を滅ぼす際、書物や情報の記憶装置〈賢者の石〉を真っ先に焼き払ったといわれる。

 勇気ある〈王卓〉の聖者たちは、命がけで旧文明の遺産〈ドージーン〉を地下や川底、海底深くへと隠し、貴重な知識、文化を後世へと伝えた。

 それらは偉大なる、

〈王卓文明〉と呼ばれ、千年後の今日も、若者を中心に強い影響力を与えている。

「実用的ないい服だろう」

 カチャリ。

「魔錠解放」

 魔法による結界を解いた俺は天窓を開けた。

「入るぞ」

 少女がうなずく。

 先程とは表情が一変。

 引き締まった顔つきだ。


   ☆2☆


 室内に侵入すると、まず目に付くのは、墨で書かれた虎の絵の入った金色の屏風。

 蒔絵の施された間仕切り。

 墨絵の掛軸。

 各種、装飾用の刀剣。

 サムライ鎧に兜。

 漆塗りの桐箪笥。

 一段高い畳敷きの床に揺らめく行灯と緋色の座蒲団。

 手鞠。小さな文机。

「いたぞ」

 俺が呟く。

 竹で編んだ涼やかな籐椅子に、俺たちの捜していた人物。

 幼い少女が佇む。身に付けている服装は、東方を象徴する和服の大振袖。

 夜目にも鮮やかな深紅の長着。

 絢爛たる雲海を飛翔する鶴の絵羽模様。

 腰には金、銀を絡めた格子模様の帯。

 艶やかな着物の少女が、膝上で組んでいた幼い手をとき、長い袂(たもと※袖)を引きずって、ぎごちなく立ち上がる。

 サラサラと衣擦れの音がした。

 眉毛を隠す真一文字に切り揃えられた黒髪は、美しい夜空を思わせ、艶やかな光沢を放つ。

 純白のツバキの髪飾りが黒髪と好対象を成す。

 幼さの残るふっくらした白い餅肌。

 赤い血のような朱色の唇。

 ほんのりと紅味の差す頬。

 幼い顔付きに不釣り合いな、遊女じみた印象を受ける。

 ミシミシと畳を鳴らしながら、着物の少女が近付いて来る。

 帯を解き、襟の合わせを開く。

 吸い込まれそうな、黒々と潤む切れ長の瞳には、何一つ写っていない。

 その視線は、中空をさ迷い、虚空を睨む単なるガラス玉だ。

 俺は悪魔化して着物の少女の正体を魔眼で見抜く。

「やはり、な」

「子爵夫人の言った通りってわけ?」

「ああ、こいつは軍事用じゃない、愛玩用の…」

 俺の拳に青紫の紫電が走る。

 空気の焦げる臭いと同時に衝撃波を解放。

 着物の少女が吹き飛び、身体がバラバラに砕け散る。

 残骸と成り果てた着物の少女の身体の一部から、火花が発火しショートする。

「…機械人形だ」


   ☆3☆


 白磁のティーカップに女性の手が伸びる。

 俺と相棒は子爵婦人から差し出された午後の紅茶に口を付ける。

 甘い香りが口中に広がる。

 子爵の城の離れで、俺たちは事の顛末を婦人に語った。

 婦人は安堵したように話しだす。

「これで、夫も夢から醒めるでしょう。今は、まだ落ち込んでいますが、じきに立ち直ります」

「逃走の際、子爵を遠目に見ましたが、物凄い、半狂乱の呈でしたよ。本当に大丈夫でしょうか?」

 相棒が心配する。

 少女趣味の変態親父に情けを掛ける必要は無い。

 と、俺は思うのだが、あの醜態は確かに異常だ。

 哀れを通り超して不気味さを感じる。

 夫人が朗らかに笑う。

「男の子という生き物は、時にお灸を据えないと駄目なんです。私の主人には荒療治が必要なんです。私のためにも、そして、生まれてくる…」

 夫人が大きなお腹をさすった。

「…この子のためにも…」

 女が母に成る時、女性は世界を敵に回してでも、子供を守るために戦う。

 旦那は生涯、母と子のために、奴隷のように働く義務がある。

 子爵とて例外ではない。

 相棒がニッコリと笑顔で夫人に問い掛けた。

「いつ、お生まれになるんですか? その、赤ちゃんは?」

 夫人が誇らしげに、

「12月25日よ」

「旧文明の聖なる日ですね」

 俺は(ドージーン〉から得た豆知識を披露した。

 旧文明の救世主降誕を祝う祭りの日だ。

「そう。きっと人生の全てが変わる日よ」

 夫人が迷いなく答える。


   ☆4☆


 俺と相棒は子爵夫人から報酬を受け取り城を去る。

 依頼されたのは、子爵が密かに愛でている、最新型の愛玩人形の破壊だ。

「母は強し…か」

 俺が呟く。

「そうよ! 女の子は子供を産んだら最強になるのよ! あんたも早く結婚して、奥さんに子供を生んでもらいなさい! で、でも、勘違いしないでね! あ、あたしは、あんたなんかと結婚する気は…サラッサラないんだからね! 恋愛もまだだし、つ、付き合ってもいないのに、け、結婚なんて…早すぎるわ! わかったわね!」

「わかった、わかった」

 何も分からないが、とりあえず返事を返す。

「とにかく、子供が生まれる事はいい事だ」

「はっ! ま、まさか…恋のイベントをスッ飛ばして、こ、行為だけを目当てに…子供が欲しいって…こ、このド畜生がーっ! 乙女心を何だと思ってるの! 許さないわよっ!」

 彼女が耳まで真っ赤にしながら怒鳴った。

 よく分からないが、乙女心というものは、相当、複雑怪奇なものらしい。

 なんにしても、人形遊びはいい加減飽々だ。

 人形を弄って遊ぶのは、赤子だけの特権。

 そう思いつつ、俺は相棒の必殺の鉄拳をかわした。


   ☆つづく☆


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