旅立ち
☆1☆
「娘の生け贄をやめてほしい? 教団に多額の寄付をされている商人とはいえ、神の意志に逆らうと神罰がくだりますよ。素直に神託に従いなさい」
「魔神官様、代わりの娘を用意してあります。その娘を生け贄として悪魔神様へお捧げ下さい。美しい北の娘です。娘をこちらへ」
商人に従い、奴隷商人の俺は、鎖に繋がれた娘を差し出す。
「ほう、これは…金色の髪に、青い瞳。それに、象牙のような白い肌。確かに北の娘ですね。いいでしょう。今年はこの娘を生け贄とします」
商談成立。
俺は娘を魔神官に引き渡す。
魔神官は南の人々特有の黒い肌、黒い縮れ毛だ。
娘の容姿が珍しいのか、新しい玩具を手に入れた子供のように見つめる。
間もなく儀式が始まる。
俺は商人から娘の代金を受け取り、神殿をあとにした。
赤い血を思わせる空と月。
地平線に陽が傾く頃、先程の娘が広場中央の十字架に張り付けにされる。
娘の服装は儀式用の黒い皮のツナギ。
頭を黒いフードで覆っている。
それに、僅かな装飾品が施されている。
娘の周囲に篝火が焚かれ、その外側にフード付きのマントを羽織った人々が群がる。
過酷な辺境に暮らす人々の間には、現世利益を求める悪魔信仰が広がりやすい。
十字架に巨大な影が近づく。
影の主は…一見、デーモンのように見えるが、よく見ると、デーモンをかたどった巨大なハリボテだ。
何者かが篝火に仕込んだ微量の薬で人々の思考力を奪い、その事実に気付かないようにしている。
悪魔神様、悪魔神様、と虚ろな声で呟く。
ハリボテの内部から娘をさらう何者かの手が伸びた瞬間、雷光、雷鳴が炸裂、衝撃がハリボテを吹き飛ばす。
破片と共に魔神官が地面に叩き付けられ、その姿を見た人々が我に帰り、悪魔神は偽物だ、と怒鳴り散らす。
しかし、怒声は瞬時に恐怖へと変わる。
粉塵の中から本物のデーモンが出現したのだ。
頭から生えた双角、蝙蝠の羽、鞭のような尻尾、黒光りする異形の身体。
誰もが本物のデーモンを目にして凍りつく。
デーモンが咆哮をあげる。
十字架の鎖を断ち切り、娘を抱きかかえ、一陣の風のごとく夜空を引き裂き、遥か彼方へと消え去る。
☆2☆
「ちょっと、ゴツゴツしたデーモンの手で抱えられてると、身体が痛いんですけど」
生け贄を装った娘が抗議の声をあげる。
生け贄というのは嘘だ。
「そうか、すまない」
デーモン=俺、は羽を残して変身を解く。
人間に戻ったが、正確にはハーフデビル、デミヒューマンだ。
彼女同様、俺の奴隷商人という肩書きも真っ赤な偽だ。
俺たち二人は詐欺で生計を立てている。
ただし、悪党しか騙さない。
「なっ! だからって、マッパでお姫様抱っこって! ありえないっしょっ! おろせって言ってんの!」
「わかった」
変身時に衣服は着用しない。
当然、変身を解けば裸になる。
失念していた。
俺は荷物の置いてある荒野に舞い降り、素早く衣服を身に付ける。
千年前に大魔災で滅びた日ノ本という国の制服、長ランを元にした丈夫で機能的な俺の一張羅だ。
長い黒髪を襟元で束ねると、彼女が待ちくたびれたように、
「報酬は?」
と尋ねる。
「生け贄の身代、五百万ギルを商人から受け取った」
俺は彼女に全額渡す。
彼女が不思議そうに、
「あんた本当に自分のぶんはいらないの?」
「おまえに任せる」
「あたしは詐欺師だから、あんたのぶんを奪っても知らないからね」
「おまえを信じている」
「なっ! っとに、あんたって、ほんとにお人好しすぎるわ…それは兎も角、商人にとっては、自分の娘が助かったわけだし、生け贄の犠牲者もいなくなるから、五百万ギルでも安いもんよね」
「お前なら、一億ギル以上の値打ちがあると俺は思う」
「なっ! そ、それじゃ取りすぎでしょ! ボッタクリじゃない…」
顔を赤らめ、金をバッグにしまう。
ついでに自分の着替えを取り出す。
「お揃いだな」
「は? 何が?」
「服の色が」
「確かに…同じ黒ね…せっかく頂戴した服だし…今日は、この服でいようかしら…って、お揃いとか! ペアルックとか! そんなんじゃないからね!」
時折どうでもいい事で彼女がムキになるのは何故だろう?
俺にはよく分からない。
若い女というのは皆こうなのだろうか?
☆3☆
俺はデミヒューマンの中でも特に嫌われれる、デーモンと人間のハーフ、ハーフデビルだ。
そのせいで、幼い頃から世間の目を逃れるように、東の国の山中に隠れ住んでいた。
そんな俺を連れ出したのが彼女だ。
「あたしと一緒に…世界を騙す気はない?」
彼女の第一声だ。
そして、
「嘘も突き通せば、いつか真実になる。あんたも悪魔って事を隠し通せば…人として死ねるかもよ」
滅茶苦茶な話だ。
が、俺は彼女の嘘に付き合うと決めた。
この偽りに満ち溢れた世界を相手に、彼女は本当に嘘を突き通せるのか?
俺はそれを見極めたいと思った。
以来、彼女との旅は今も続いている。
☆つづく☆