001. 始まりは突然に…
“いじめられる”なんてきっかけは些細なことだ。
俺にしてみれば今、考えれば『それってお前らには関係ない』こと。
でも俺には言いたくなかったことだ。
小学校五・六年生となると『有名人の誰が好き』という話よりも『同じクラスの誰が好き』とか「何組の誰君ってかっこいいよね』とかの方に興味を持つ。
あの時俺たちもクラスの数人、放課後の教室で話していた。
「おい海命ー、お前月島のこと好きなんだろー?」
俺は自分で好きだなんて告白もできないけれど誰かの噂になることさえも嫌だった。
「俺は月島なんか好きじゃない!あんなブスどこがいいんだよ…」
教室には俺たちだけのはずだった。ちょうど誰かが教室に荷物を取りに来たようだ。タイミングが悪い。
俺は雅生の肩越しに涙を流したアイツの顔を見てしまった。
「……」
月島早弥は泣きながら俺を睨みつけていた。廊下にいた他の女子たちも戻ってこない月島を追って教室に入ってくると月島が泣いていることに気づいた。
「誰よ?早弥を泣かしたのは?!」
一番最初に声を出したのは久我乙羽だった。後ろからついてきた元宮星凛もいた。
男子だけでいたから話していたことだったのに。
女子たちはいつもグループで一緒に遊んでいる。リーダー的存在で元気のある久我乙羽に、明るく男女関係なく人気がある月島早弥。グループの中では一番大人しいが困った時には頼りになる元宮星凛、少しおバカキャラだがそれが可愛いと男子には人気の葉山愛鈴。この四人がグループの中心人物。これにいつも不特定の女子が加わるが基本は四人で行動している。
そのメンバーの三人が今ここにいる。
明日にはたぶんクラス中に広められるだろう。
けれど男子たちは単なる“クラスの美少女ランキング”をしていただけでそれだけだった。その後の話は俺がよく月島早弥を見ていたと思った一人が言ったことがきっかけだった。
しかし俺が見ていたのは月島の後ろというか影に立っている元宮星凛だったのだ。
だから月島のことは別に好きではない。なのに煽るように聞くので俺もあんな言い方をしてしまった。
誰もが黙ったまま数秒が過ぎた。
「そ、それは海命が泣かしたんだよ」
自分は悪くないとでも言いたいのか、女子グループから総シカトされたくないためのスケープゴートなのか…。
男子のリーダーのような奴で少し威張っている火神天洸が慌てて答えた。
教室にいた全員の視線が俺に向いた。
「……」
「……」
「……」
「黙ってないで何か言ったらどうなの?!」
何も答えない俺に久我は睨みつけて言った。
「……」
「何も言わないなんて認めるってことだよね?」
正義感ある久我が更に詰めてきた。
「……ぁ……」
話は進まずにまた静かになってしまった。
俺はこんな多くの人間のいる前では話し慣れていないのでまた黙ってしまった。
「もういいよ…乙羽ちゃんも星凛ちゃんも帰ろう…」
さっきまで泣いていた月島が帰ろうと促した。
三人は静かに教室を後にした。
このクラスは男子よりも女子が強い。口論になって男子グループが勝ったことはない。クラスの委員長は一応雅生だけれど、彼は女子に弱い。
女子のクラス委員は月島早弥だ。雅生は月島に言われることにはほとんどO.K.してしまう。
雅生の方こそ月島が好きなんじゃないだろうかと思う。
結局馬鹿な話をしていたけれど俺の発言したことで月島が泣いたことは事実であるし、俺は俺で本当に月島のことなんて好きではないからそのことは嘘ではない。
俺は家に帰った後、ベッドの上に寝転がると一人考え込んでしまった。
途中までは椎名稚葉と一緒に帰ってきたが、話すこともなく黙ったまま歩いて結局家に着いてしまった。
東雲雅生と火神天洸とは家が反対方向だから学校の前で別れた。火神は俺のことをスケープゴートにしたくせに何も喋らなかった。友だちと思っていた。少しショックだった。
「海命ー。ご飯だよー」
母親の呼ぶ声が聞こえ思考が停止した。俺、腹減ったな…。
たまらず部屋を飛び出し二階から一階へと降りた。
夕食と風呂を堪能し部屋に戻ると携帯電話を見た。
いつの間にか俺の携帯からグループチャットが消えていた。
見なければ良かったと後悔だけが残った。
この日、この時から、俺はクラスメイトたちから虐められることとなった。