表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

底辺×高さ

「……京田。測定結果はランク1だ。勉強ばかりじゃなくてこっちもどうにかなれば良いんだがな……」

「ッシャス。すいません」


 超能力と呼ばれる物が人類に授けられて、何十年、何百年と経っている。

 当初こそ眉唾オカルトの域を出ない超能力者だったが、能力を持った人類が現れるにつれて研究も進んだと聞く。

 そして現代ではこうして、学校の科目の一つにまでなっているのだから驚きである。

 当時、眉唾だと言っていた人が見たらどんな反応をするのだろうか。


「京田君、京田君。ランクいくつだった? 私はね、ランク4だよランク4! これはみんなに自慢できちゃうね!」


 この間の能力測定の結果を受け取り、万年変わらない数字を前にした俺の下にやって来る女子――伊神笑美。

 超能力はその力量にしたがって1~5の五段階で評価される。伊神がランク4だとすれば、満面の笑みで自慢してくるのもうなずける。

 しかし伊神はいつもアホみたいに、というか実際にアホなので笑っていない時を見たことがない。

 今もHR中ではあるのだが、特に連絡事項もないせいで担任に見逃されている状況だ。

 それだけ伊神のアホさ加減も周知されているわけだ。


「えぇ!? 京田君ランク1なの!? あれだけ勉強ができるのに……」

「勉強と能力に関係はない。それにあまり大声で人のランクを言うもんじゃない」


 同様の注意が担任からも飛ぶ。堪えた様子のない伊神にため息を吐いて担任は教室を出る。

 担任や伊神の言う通り、俺は勉強ができる。これは比喩でも自惚れでもなく、定期テストは学年一位なので厳然たる事実だ。

 その事実を学年のほとんどの者が知っているように、俺の能力ランクが最低であるのも誰もが知っている。

 それは憐憫だとか嫉妬だとか憧れだとか、種々様々な視線を集めて気持ち良いものではない。

 伊神の勉強の成績は言わずもがな。このことからも学業と超能力が正比例していないことがわかる。

 しかしまったくの無関係というわけではない。少なくとも俺はそうだ。

 勉強したことを忘れる代わりに身体能力が向上する。それが俺の能力だ。

 つまり能力を使えば使うほど、俺はこの伊神のようにアホに近づいていってしまうのだ。

 苛立ちに任せてクシャクシャに丸めた紙を投げつけるが、伊神はそれを事もなげに避ける。

 笑っている間は反射神経が良くなる、との能力は伊達じゃない。

 アホで常に笑っている伊神にはピッタリな能力だろう。


「いつも勉強教えてもらっているし、能力のことは私が教えてあげるよ」

「アホか。能力は才能がほとんどだ。それにお前は能力の伸ばし方も知らないだろう」


 勉強道具を手にした伊神は笑っている。

 こいつと同じクラスになってから、放課後はほとんど毎日こうして勉強を教えている。お陰で俺の勉強時間も稼げて、不意に能力を使った時のリカバリーもできるようになった。

 しかし毎日勉強しているのにどうしてこいつはアホのままなのだろうか。

 こうして放課後の騒がしさの中でも黙々と机に向かっているのを見ると、勉強をサボっているわけではない。

 もしかして伊神の能力にも何かデメリットがあるのだろうか。それともただのアホか。


「……そこ違うぞ。まずはその三角形の面積を求めてから――」

「三角形の面積ってどうやって出すの?」

「…………」


 真正のアホか。






 能力の測定をしてからいくらかの日にちが経った。

 普段、自分の能力ランクは気にしていないとは言え、改めて最低ランクと言われると多少のショックも受ける。

 しかし一週間もすればまた普段の生活に戻れる。

 この日の放課後も伊神に勉強を教えるつもりだったのだが、トイレに行って戻ると伊神の姿はなかった。しかし一人で勉強を進めていても、一向に伊神は現れなかった。

 元々、約束していた勉強会ではない。何がキッカケだったかも忘れたが、一度勉強を教えてからなあなあで続けられて来た習慣である。

 伊神もアホなことを除けば明るくてみんなに愛されるキャラクターをしている。あいつはあいつで忙しいのだろう。

 これ以上待っていても来る気配はなく、それならば家で勉強をしようと参考書を閉じる。

 時刻はいつの間にか六時前だ。日も赤くなるはずだ。


「――――――しくしろ!」

「――やっ!」

「てめぇ――――!」


 そんな茜色に染まる道を、学校の外に向かって進んでいると、不意にそんな声が聞こえた。怒鳴るような声と泣き出しそうな声。不穏な空気はありありと伝わって来る。

 伊神が居るせいで忘れそうになるが、ウチの学校は曲りなりにも進学校である。そういうことをやりそうな生徒は居ないはずだ。

 しかし声のした方に近づくに従ってハッキリと聞き取れ始める。


「あまりデカい声を出すな!」

「助けて!」


 いつもなら厄介ごとに自分から首を突っ込むのは避けたいことだ。

 しかし嫌がっている女の声には聞き覚えがあった。


「伊神……!」


 建物の陰からバレないように覗くと、二人の男子生徒が伊神の腕を無理矢理掴んでいる。必死に抵抗する伊神だが相手は男子。しでガタイも良い。しかも二人居る。

 しかしランク4の伊神の能力を使えば、その反射神経で逃げ出すことは容易なはずだ。


「……いやっ!」


 目に涙を浮かべて抵抗する伊神。

 俺は馬鹿か。伊神の能力は笑っていないと効果が出ない。普段から笑みを浮かべているだけにその発動条件を忘れていた。

 抵抗空しく伊神は押さえつけられる。

 その表情は今まで見たこともない悲痛な表情だった。

 誰か助けを呼ばなくては。しかし伊神は今目の前で被害を受けている。押さえつけられた伊神が何をされるのか、それがわからないほど俺は初心じゃない。そうなったら伊神の心には大きな傷が残るだろう。

 しかし二対一で勝てるはずがない。相手の能力はわからず、俺の能力は使えない。「誰か助けて!」


「こんな時間じゃ誰も助けにゃ来ないぜ」


 言い訳を並べ立てても体は正直だった。


「やめろお前ら!」


 ビクッと肩を震わせて振り返る男達。俺の姿を見つけて安心したような表情を浮かべる伊神。俺の足は震えているのが自分でもわかる。

 そんな俺の姿を見て二人の男は鼻で笑う。


「なんだ二年で一番の成績の秀才君か」

「足が震えてるぜ、能力も一番の秀才君」


 俺を小馬鹿にして大笑いしている。しかしすべてが事実なので言い返しようもない。

 男達は拳を構えるとすぐに殴り掛かって来た。

 すぐに殴って黙らせようという発想がすでに、勉強ばかりしていた俺にはない。


「ぐはぁ!」


 咄嗟に反応することができず、地面に転がる。

 痛い。口の中に血の味が広がる。誰かに殴られるというのはこんな感覚なのか。


「勉強はできても喧嘩はできないみたいだな」

「これで大人しく帰ってくれて、ついでにここで見たことも忘れてくれたらありがたいんだがな」

「そんなこと……するわけがないだろ!」


 例え何発殴られたところで、俺が逃げ出すはずがない。喧嘩はできなくても伊神が逃げる隙くらいは作れるはずだ。


「伊神! 逃げられるようだったらすぐに逃げるんだぞ!」

「そんな!? 京田君を置いて逃げられないよ!」


 なんて頭の悪い奴だ。狙われているのは伊神なのだから、その伊神が逃げ出してくれさえすれば俺が殴られる理由はとりあえずなくなる。

 そんなこともわからないなんて……なんてアホでお人好しなのだろうか。

 自分が今にも襲われそうな場面だったというのに、そんな状況でなぜ人のことを心配していられるのか。本当に伊神は不可解だ。


「熱いなあオイ」

「暑苦しいからどっか行って欲しいよな!」


 イライラしているのか、すぐに飛び掛かって来る男達。

 伊神にあれだけ心配されているのなら、本気を出さないわけにはいかない。伊神が逃げようとしないなら、この場で助け出すしかない。

 覚悟を決めて息を吐く。


「へっ?」


 拳を振り抜くと、男が一人吹っ飛んで壁に叩きつけられる。そのまま地面に落ちると、ピクリとも動かなかった。

 さっきまで隣に居た友人がそんなことになってしまい、残った男は間抜けな声を上げている。

 俺の中から何かがゴッソリ消えていくような感覚。昔一度だけ味わった勉強したことが無駄になっていく虚無感だ。

 しかしそれと同時に何か満たされるような気持ちになる。

 その気持ちを表現する言葉が思いつかない。元素記号の半分も思い出せない。三平方の定理とは何だったか。

 手加減なしに本気で能力を発動したせいで、相当バカになっている。


「お、お前……ランク1じゃないのか!?」

「ランク1だが?」


 それは勉強したことを無駄にしないため。測定の度にバカになっていては勉強が追い付かないからな。

 残った男はジリジリと後退りをしている。自分の未来がすぐ傍で伸びている友人によって示されているからだろう。


「ゆ、許してくれよ……ほんの冗談だったんだから……な?」

「冗談で済むことじゃないだろ」

「受験生にゃ色々苦労があるんだよ……お前にはわからないだろうが」

「言い訳にはならない。今は『サラダ記念日』の作者もわからない俺だが、物事の良し悪しはわかるつもりだ」


 拳を握りしめる。


「ひっ、やめて……」

「問答無用!」


 先ほどと同じことが繰り返される。

 人が吹っ飛び、壁にぶつかって下に落ちる。そのまま二人は動かなくなってしまった。


「京田君!」


 男達が動かないのを見て伊神が跳びついて来る。

 助かったとはいえ、やはり不安なのだろう。


「伊神、もう大丈夫だ」


 こういう時に何か安心させられるような一言をかけられれば良いのだが、中々上手い言葉が思いつかなかった。これは明日から国語の勉強をしないとならない。

 今の俺の言葉では伊神を安心させられなかったようで、俺に抱き着いたまま離れない。

 俺も男の子なのだからそんなことをされるとアソコが硬くなってしまう。

 それが伊神にバレてしまうと気まずくなってしまうので、俺は何とか伊神を離した。


「大丈夫だから安心しろ」

「うん……。ありがとう京田君」


 伊神は笑いながらこっちを見てくる。いつもの伊神に戻ったようだ。


「それで……ちょっと話があるんだが……」

「えっ……それってもしかして……?」


 どこか嬉しそうな表情で前髪を直している。

 しかし俺からの話はそんなに期待するような大した話ではない。


「明日から伊神に勉強を教えることはできなくなったんだ」

「……どういうこと?」


 期待していたような話ではなかったからか、伊神の表情は暗くなる。しかしそれは落ち込んだ、というよりは悲しそうな表情だった。

 理由はもちろん俺の能力なわけで、今の俺は伊神に勉強を教えられるほど頭が良くない。

 しかしそれを正直に話すべきか。これまで誰にも話さなかったのは、すぐに俺の能力を頼られることがないようにだ。

 俺みたいな能力だと雑用に良く使われるが、ランク1ということで頼まれなかったのだ。

 伊神に話すことで俺の能力が広まって、と思ったが、伊神ならきっとみんなに言ったりはしないだろう。


「俺の能力のせいで、今の俺は勉強ができなくなっているんだ」

「なーんだ。そういうことだったのね。だったら大丈夫だよ京田君。一緒に勉強しよう?」


 伊神の言葉は俺にとっても嬉しい言葉だった。

 俺の能力を知っても見る目が変わらない。そんな伊神の態度だけでなく、これからも伊神と一緒に勉強できるということが、何だか嬉しかった。伊神を助ける時も思わず体が動いてしまっていたし、これはどういうことなのだろうか。

 これだけ伊神のことが気になるのも不思議だ。


「もしかしたら今度こそ私が京田君に勉強を教えるようになるかもね」

「そうだな。じゃあまずは、三角形の面積の求め方から教えてくれ」


勉強だ→強だ勉→京田勉

反射神経→射神→伊神


そういえば京田君のフルネーム出てないし伊神のフルネームを出す必要もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ