初めの村にて①
「いててててて……。あー横になりてえ」
日が暮れる前にたどり着いた祈りの塔で案内された部屋は、有難い事に大部屋では無く個室だった。
というよりも当直室だ。
出産、病気、あらゆる事に対処する為に祈りの塔の扉は決して閉まる事は無い。
如何なる場合にも備えて交代で事に当たる為に当直室は完備してあるのだ。
「ま、文句言わずに働きますか」
長時間荷馬車に揺られた旅慣れぬひ弱な身体は悲鳴をあげていたが、新しく与えられた仕事に取り掛かるべく空は立ち上がった。
この当直室を借りる為に出された条件は薬の調合だ。
左遷で学校に特別講師として移動になったとはいえ神官の権利を(一応)失ったわけではない。
祈りの塔を訪れた時の神官の対応がいい見本だ。
胡乱げな目で派遣状を確認した気持ちは自分とて大いに分かる。
元は城勤めの神官なのだ、こんな状態怪しいに決まっている。
しかし神官の地位を示す象徴も剥奪されていなければ無下には出来ないし、もっと言えばただでさえ手が足らない時は(元上司っぽい地位の奴でも)使えって事だ。
やっとの思いでベッドから立ち上がると少ない荷物の中から医療用の服を取り出した。
神官服を脱ぎ幾分か動き易い服に袖を通す。
医療実践は直ぐに城勤になった為少ないが薬剤の調合は慣れていた。
村に駐在する神官達は簡素な薬剤であれば調合しているが、特殊な材料を使う薬は城の薬剤領が一括で管理している。
また高価な薬だけでは無く首都近くになればなるほど人口に応じて患者も増えるので、安易な薬も薬剤領が調合していた。
そこで働いていた事もある空には出された条件はありがたかった。
「手際がいいですね」
依頼された薬は6種各数十個。
作るだけでもかなり時間のかかるとバサバサと必要な薬草を保管容器から擂鉢へと移していた空に声をかけて来たのは工程を目の当たりにした神官に仕える弟子の一人だった。
本来なら上級神官にこんな言葉をかければ嫌味と相場が決まっている。
のらりくらりと笑って誤魔化せば見限られるのも早く、鼻持ちならない相手には十分だが今回ばかりは相手がわるい。
食いつき気味に瞳を輝かせて言われれば「慣れですよ」という適当な返事も暖簾に腕押しだ。
「そんなにジッと見られると緊張するね」
「するんですか?!」
「するよ。君はしないのかい?」
「佐多です!私も師匠に見られて調合する時は手が震えます!」
「佐多君か。震えて分量を間違わないようにね」
「勿論です!」
佐多だと自己紹介した年の頃15歳くらいの少年が手に持っている籠の中身は今から調合する塗り薬を入れる貝殻だった。
誰に師事しているのかと聞けば、どうやら初めに対応してくれたこの祈りの塔の長らしい。
「おや?」
頼まれた調合に使う薬草を測るときっちり分量で無くなる一部の薬剤箱に声を上げると佐多が帳面を開いた。
「あ、その薬草は明後日入荷する事になっています」
この依頼された薬剤は比較的日常的に使われる傷薬だ。
長持ちするとはいえ30個と多く依頼された事に、空は気になることを佐多に聞いた。
「この傷薬はよく出るのかい?」
「いいえ。折角調合に優れたエキスパートが来たのだから日持ちする薬はありったけ作ってもらおうとお師匠が言ってました」
(あんにゃろうーー)
悪気無く答える佐多に空は心の中でお師匠だという神官を罵った。