Chapter.1.0.6 シャザイ+シャイ+シャイ
「…………」
「そんなに緊張することないって、クオン嬢。」
「そうは言ってもですね……」
「あの人は小学生並のちょろさだから。余裕だから。」
「しかし……」
「ほら、もう着くから。」
「……はい。」
いったい何のことかと言いますと、今からクオンはエレナと仲直りをしに行くのだ。フーリが言うには、もう落ち着いたから何の問題も無いとのことである。
「………………」
いくらこいつの言が信用ならないからと言っても、それにしてもクオンの表情は深刻である。何を思い詰めているのだろうか。
「どうしたんだ?」
見るに見かねた俺はひとつ尋ねてみることにした。
「…………分からないんです。」
ポツリと呟きがちに答える彼女。
「何が?」
「仲直りの仕方です。」
「ん?」
「いえ、私はこれまで友達がいなかった訳ではないのですが、まともに喧嘩をしたり仲直りをしたりという経験がないのです。」
「へー、それは珍しい。」
「暁さんは経験はありますか?あったらご教授願いたいのですが。」
「別に普通に謝るだけだからなぁ……。お前は?」
特に教えるようなことも思い浮かばないのでとりあえずフーリに話題を回してみる。
「いんや、小生友達なんて生まれてこの方まだ1人しかいないからよく分からん。」
「何だそれ。」
そういう俺の方へ熱視線が送られる。
「……言っておくが、俺とお前は友達ではないぞ。」
「ひっでーな〜。」
そういってふざけたような男は嬉しそうににやにやしながら話からフェードアウトしていった。
「………どうやら参考になりそうにはなさそうですね。」
ポツリとクオン。
「……申し訳ない、自力で頼む。」
いたたまれなくなった俺はとりあえず謝った。ちょうど泣き虫お嬢様の待つ彼女の自室に着いたときだった。
「…………」
「………………」
かれこれ10分間はこの調子である。
向かいではベッドの上に座り込んだエレナがつんとそっぽを向いている。こちら側ではこれまたベッドの上に正座したクオンがただでさえ小さい身体をさらに縮こませてずっと下を向いている。
俺はと言えばその横で立ったまま様子を見守っており、フーリの方はエレナをなだめるのに精一杯だった。
「ほら、もうお嬢、とっとと機嫌直して仲直りでも何でもしてくださいよ。せっかく連れてきたんだから。」
「ふん、別にアタシは連れて来いなんて頼んでないもん!フーリくんが勝手に連れてきたんでしょ!」
「いやいや、アンタが連れて来いって言ったんでしょーが!」
もうあのお嬢様は隠す気も無くなったのか喋り方も普通になってボロが出まくっている。
「言ってないもん!」
「いーや、言ってましたね!『お友達ができたわー』ってあんなに喜んでたし!」
「………っ!嘘ばっかり、それはフーリくんでしょー!」
「何でオレが『お友達ができたわー』なんて言うんですか!」
……まぁ、少しかいつまんでもこんな感じで永遠に不毛な争いを繰り広げているのだ。
「おい、クオン。どーするんだ?知らん間にあいつら2人がケンカし始めちまったぞ。」
「私にどうしろと言うんです!?」
とりあえずクオンに話を振ってみたが途方にくれているのは彼女も同じだったようだ。
「でもなー、このままじゃらちがあかないしなー。」
「それは…そうですが……。」
「クオンもずっと座ってるだけじゃ良くないだろ?」
「……はい、この件については私が全面的に悪い訳ですし……。」
「よし、じゃあとりあえず俺が仲裁に入るから後は上手いことやってくれ。」
「え、あ、はい。」
とまあ、勢いで言ってみたわけではあるがケンカの仲裁なんてろくにしたこともない。どうしたものか。とりあえず声をかけてみる。
「おい、お2人さん……」
「「ナユタくん(アンタ)は黙ってて(ろ)!」」
失敗である。何だよ、こいつらは。2人とも小学生みたいじゃないか。
とりあえず俺は次の案を考えるためにクオンの方を見やると、クオンは何か覚悟を決めたような顔をしていた。
(俺が邪魔しちゃ良くないか……)
その表情を見て俺は全部をクオンに任せることにした。
とにかく目線とエールを彼女に送ることにする。
目があった。俺は無言で彼女に意思を伝えた。たぶん伝わっただろう、そう言うことにしておこう。
お役御免となったので一歩引いて見守ることにした。
「………あのっ!!」
一呼吸置いての唐突な大声にさすがの2人もクオンの方へ注意を向ける。
「……ちょっといいですか?」
おずおずと尋ねる。
「………………」
「ほら、お嬢。いつまでもふてくされてないで。」
「……………………何?」
観念したのか遂に初めてエレナがクオンの方を見る。
「えっと、あの、その…………」
いざ面と向かうと決心が鈍ったのか自分の手元を見ながらもごもご口ごもってしまっている。ここは一つだけアドバイスをしておこう。
「今日カイセに何て言われた?」
「………………っ!」
どうやら思い出したようだ。もう大丈夫だろう。
「エ、エレナ……さん。さっきは申し訳ございませんでした…………。私の不注意でこのような事態を招いてしまったことは、深く、反省しております…………。」
「………………」
「……………………」
「…………ぷっ、………………ごめん。」
ここに来てあのふざけたような男は笑いやがった。あの野郎、たぶんこれ、クオンはマジで言ってるやつだぞ。笑っちゃまずいだろう。…………さすがにちょっと堅すぎるとは思ったけど、うん。本当にちょっとだけな、うん、ちょっとだけ。
俺は笑うのを必死でこらえながら顔を伏せた。他のやつと目が合ってしまえばたぶん笑いがこらえられなくなりそうだったからだ。
「………ふふっ、あははははは。」
そんな俺の葛藤も虚しく笑い出す女が一名、当事者であるエレナだ。
「ええ、ええ。いいわ、そこまで謝るのならこのエレナ=ヴィッケンシュタイン、許して差し上げなくもないですわ。私のこの寛大な心に感謝なさい、クオンちゃん!」
いや、さすがにちょろすぎる。人間とはこんな一瞬で感情の移り変わる生き物だっただろうか。そういえばずっとフーリが小学生並のちょろさだの何だの言っていたがまさかここまでとは思っていなかった。
まぁ、厳密には人間とも呼べない俺たちに常識だのを当てはめるのもナンセンスだ。
「さすがお嬢、心が広い。」
「ふっふっふ〜、そうでしょ〜。」
ここぞとばかりに持ち上げるフーリと持ち上げられるエレナ。さっきまで軽く言い合っていたのは何だったのやら。
「それでその、エレナ…さん。」
「はい、そこ!」
「ひゃい!!」
何やら素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「お友達同士気軽に呼び捨てで構わないと言ったでしょう?」
「それなんですが……」
「どうしたの?」
「……やめにしましょう。」
「え?」
「やはり後輩である私が先輩であるエレナさんとまるで対等であるかのように話していたのが原因だったと思うのです。だから……」
真面目なクオンがたどり着いた答えはそれだった。友達というのではなく、ただの先輩後輩の関係に戻ってしまえばそれが一番だと思ったのだろう。友達と言っても今日の朝、便宜上そうなってしまっただけの関係だ。普通に考えればそれで済むはずのものである。
しかし、これは普通ではないあのお嬢様には悪手だった。クオンがたらたらとこう言った判断をした理由を説明している間にフーリはダラダラと冷や汗をかき始め、エレナの目元には涙が刻一刻と溜まっており……。
「…ですから、非常に申し訳ないとは思ってはいるのですが、やはりお友達という関係はやめにしたいと私は考えたわけです。」
ようやくクオンの長話が終わったわけだが、話はまだまだ終わりそうにない。
「……やだ。」
ほら、終わらない。
「やだやだやだやだ、絶対やだ〜〜〜!」
「エレナさん?」
「エ・レ・ナ、だってお友達なんだもん。お友達はみんなそうやって呼ぶんだもん!」
「で、ですからその関係を…」
「やだ!お友達じゃなくなるなら許してあげないわよ!」
「ぐっ………、それは……」
何だろう、このやりとりを見ているとエレナは言わずもがな、クオンも大概ポンコツなように見えるのだが、こう真面目が講じてというのか……。
幸いにも俺のすぐそばには扉がある。あまりにも長くなりそうなので2人の仲裁はフーリに任せて俺は出ていくことにした。
「やってくれたな。」
「悪かったって。」
さすがに帰るのも忍びなかったので部屋の外で待って早30分。ようやく出てきたと思えば開口一番にフーリはそう言った。もう見るも無残にげんなりしている。
「すいません、風利さん。ご迷惑をおかけしました。」
一緒に出てきたクオンもさすがに申し訳なかったのかそう謝罪する。
「ん?いや、お嬢のあーいうのはもう慣れてるからな。小生その辺は大丈夫。」
にへらと表情を崩しておふざけモードに突入している。
「で、結局落としどころはどうしたんだ?」
「クオン嬢が全面的に折れて終わりだ。」
「私の友達のままだとまた今回のようになりかねないと散々言ったのですが……。」
「エレナは自分の意見を変えなかったと。」
「はい。」
「まぁ、お嬢にもいろいろあったからなぁ。できれば希望は叶えてやりたいんだよ、オレも。」
「へー。」
真剣な話になりそうだったので適当に流した。
「ところで、何でお前も一緒に出てきたんだよ。」
「自分の部屋に帰るんだよ。」
「お嬢様と同じ部屋じゃ無いのか?」
「さすがに部屋ぐらい変えさせてくれ、身が持たん。」
「確かに。」
「クオン嬢も大変だろうけど付き合ってやってくれ。」
「…分かりました。」
「お前も大変だな。」
とびっきりの憐みの目でフーリを見てやった。
「だからその目はやめてくれ、じゃあな。」
すっかり疲れ切っているのかいつものふざけた調子もどこへやら、そういって自室の方へと歩いていった。
「クオンはこれからどうするんだ?」
とりあえず姿が見えなくなるまでは見送って話を移す。
「実は今からもう1人謝りに行こうかと……」
「誰に?」
「それは……」
彼女が謝りたいと言ったのは神納木マシロその人だった。
「見つかったか?」
「いえ、一体どこにいらっしゃるのでしょう?」
こんな調子で夕暮れ時から探し始めて、気がつけば日も暮れてしまった。廊下のランプにも火が灯っている。
「あとは探して無いのはどこだ?」
「試合場のある方ですかね。」
「そうなると外か……。」
北部戦線の気候は変わりやすい。その上昼と夜との寒暖差が大きいため日が暮れてから外へ行くのは単純に寒い。
「行ってみるか。」
「はい、しかし良いのですか?」
「何が?」
「私の個人的な用件を手伝っていただいて……、暁さんだって今日はいろいろありましたし……。」
「別に俺は大丈夫だよ、最後まで付き合うさ。パートナーだし。」
「…!ありがとうございます。」
照れ臭そうに笑ってお礼をされた。人に感謝されるのはなんだかんだで気持ちがいい。
そんなこんなで2人で階段を降りて外に出ようとしたのだが、どうやらその必要はなかったようだ。下から誰かと話す神納木マシロの声が聞こえてきたからだ。
「見つけたな。」
「はい、では行ってきま……」
そこまで言って……、
「ふざけるな!!」
ビクッ!!
クオンの肩が跳ね上がる。
「………」
俺とクオンは無言で傍に隠れた。
「聞いているのか、三乙女カイセ!!」
傍から覗き見るとその話し相手は三乙女カイセだ。
「あぁ?」
「………もういい!!」
そう怒鳴り散らすと神納木マシロはその黒髪をさっそうとたなびかせてどこかへ行ってしまった。
「ちっ!」
そう舌打ちしながらこっちへ近づいて来る。
「あ?」
そうして階段の手前で2人仲良く盗み聞きをしているのがバレてしまった。
「何してんだ、お前らは?」
「ハハハハ……」
「……おいっ。」
試しに笑ってごまかそうとしたが静かに怒られた。目が怖い。
「すいません、盗み聞きするつもりは無かったのですが…………」
代わりにクオンが正直に答えた。
「…………どこから聞いた。」
「?いえ、最後に神納木さんが大声を出してどこかへ行ってしまうところだけです。」
「…………そうか。ならいい。」
そう言ってカイセは俺たちが下りてきた階段を一瞥もくれずに上っていく。
すると、唐突に……
「あのっ!三乙女さん!」
彼を呼び止めたのはクオンだった。もっともこの場には俺と彼女とカイセの3人しかいないのだが。
「名字で呼ぶなっつってんだろ。…何だ?」
「……どうすれば、あなたのように強くなれますか?」
それは、すがるような声だった。今日の惨敗から何やかんやでもう立ち直っているのかと思っていたがそんなことはなかったようだ。
「……何で俺に聞く。あの女にでも聞けばいいだろ。」
あの女は、おそらく神納木マシロのことだろう。
「どうしてもあなたに聞きたかったのです。」
「だから何で。」
「あなたは、私が弱いと気づかせてくれました」
「……それはお前が勝手にそうとっただけだ。」
彼はそう言って目線をクオンから外し……
「俺より適任なやつがそこにいるだろう。」
そういって俺の方を指差してきた。
「……それに俺にお前をどうこうしてやる義理はない。」
「そうですか…。」
うつむくクオンは明らかにしょんぼりしていた。
「……だが」
「?」
「……俺に言わせれば、お前は別に弱くない。」
それだけ言い残して彼はいつも通りにポケットに手を突っ込んだまま階段を上っていった。