Chapter1.0.4 あくまでも人でなし。
廊下を歩き、試合会場に向かっていると向かいにクオンがいた。待ち構えていたのか、偶然かは分からないがクオンは俺の顔を見るなりこっちへ近づいてきた。
「あの、暁さん。」
「ん、どうした?」
「エレナの件はどうなりましたか?」
「フーリの介入でどうにかおさまったよ、でもたぶんエレナは棄権になるだろうって七星さんが。」
「・・・そうですか。」
意外なことに文句の一つも言わずに受け入れた。
「その、エレナは怒っているでしょうか?」
「それはよく分からないけど見た感じではあの攻撃にたぶんエレナの意志は介在してなかったと思う。後で謝りに行けばそれでいいんじゃないか?」
「分かりました、そうします。」
これで話は終わりだ。そう思って俺は先に進もうとしたが、クオンはジッとこっちを見たまま何か言いたそうにしている。
「何か言いたいことがあるのか?」
向こうから話してくれる方がいいのだが時間もないのでこっちから尋ねる。
「あっ、はい。・・・ダメですね、私は。どうも人とコミュニケーションを取るのが苦手なようです。さっきもカイセさんとエレナを怒らせてしまいました。」
「たぶんその2人はちょっと特殊だから考えないようにした方がいいと思うけど・・・。」
なんならカイセは怒っていないように俺には見えていたのだが、クオンにはどの辺りが怒っているように見えたのだろうか。
「そうですか?いえ、私の言いたかったことはそのことでは無いんです。」
それでは何を伝えたいのだろうか。こちらから促すのも彼女のためにはならないので彼女自身から話し始めるのを待つことにする。
「えっと、次の試合、頑張ってくださいね。私見てますから。あと、先ほどは動けないでいた私を助けてくれてありがとうございました。では、これで。」
そう言って彼女は隊長室の方へ戻っていく。助けたと言っても俺は雑な指示を一つとばしただけだ。しかし、美少女から応援とお礼の言葉を同時にいただいたのは初めての経験なのでありがたく胸にしまって俺も目的地へ向かうことにした。
(何が「頑張ってくださいね」だ、私は。)
私は自分の吐いた言葉を思い出して赤面してしまう。
(偉そうな奴だと思われてはいないでしょうか?)
そんな心配が脳裏を駆け巡っているが、彼、というかここにいる人全員がそんなことは気にしていないようにも思われる。それにしても、
(あれが人でなしの力、ですか・・・。)
カイセさんは一切戦ってくれなかったので分からなかったが、エレナのを見て確信した。
(あの雷、あのまま動かなかったら死んでいたかもしれません。)
冗談抜きでそれほどの威力だった。暁さんの指示が無ければ今自分が五体満足でいられるかの保証はなかった。しかし、もしあれが人でなしであるが故の力であるならば、それならば私は、
(私はやはり、人でなしじゃない!)
私にあんな特別な力はない。まして私は一般に人でなしに見られるという破綻した人間でもない。ちょっと感情が追いつかないことがあるけどそれは・・・。
そこまで考え込んでいる間に隊長室へと到着した。私は気を引き締め直す。今は自分のことより今日からパートナーとなった彼の実力を見極めることに専念すべきだ。
隊長室に入るとそこにはエレナも風利さんも三乙女さんもいない。床には焼け焦げたあとが一直線に残っている。それでもいつもと何も変わらずいつも通りに隊長席に腰掛けているのは氷上隊長代理だ。
「ちょうどいいタイミングだね、クオン。もうそろそろ彼の試合が始まるよ。」
私はコクリと頷いて窓から試合会場を見下ろした。
クオンと別れた俺は試合会場へと向かっていた。今さしかかった階段を降りればもうすぐそこだ。
「『頑張ってください』か・・・。」
俺はクオンの言葉を反芻する。
「頑張り方を覚えてりゃいいんだけどな。」
自嘲気味にそう呟きながら階段を降り終え、試合会場へ入っていく。そこにはもうすでに俺の今からの対戦相手である北部戦線最強の女こと神納木マシロが立っていた。
「来たか。」
彼女はポツリと呟いてこっちに近づいてくる。カイセの忠告もあるので何が起こってもいいように身構える。
「私の名前は神納木マシロだ。これからよろしく頼む。」
そう短く言った彼女はスッと手を差し出してくる。カイセの言っていたことも気にはなったが、目の前の彼女はとても危険人物には見えない。清廉で潔白で実直で美しい女性、俺にはそう見えた。何よりさっきの豆腐メンタルバチバチお嬢様の教訓もあるので俺も握手に応じる。
「暁ナユタです。こちらこそよろしくお願いします。」
俺が素直に握手に応じたのがそんなに意外だったのか彼女が少し戸惑っている。
「?・・・どうかしましたか?」
そう尋ねると、
「いや、少しお前のことを誤解していた。」
いったいどんな風に俺は誤解されていたのだろうか。
「あの風利と仲良くしているぐらいだからお前もあれぐらいふざけた男なのかと思っていた。」
どうやら俺はあのふざけたような男のせいで風評被害にあっていたようだ。しかし俺にはどうしても彼女に訂正しておいてもらわなければならないことがあった。
「言っておきますが俺とアイツは別に仲良くなんてありません。」
全く、誰も彼も見る目がない。どうして皆俺とフーリが仲がいいだなんていう勘違いをするのだろうか。
「そうなのか?さっきは風利が仲良しだの親友だのいっていたのだが・・・。」
アイツめ・・・、俺のいないところで嘘を吹聴して回っていやがったのか。
「本当に違いますから。」
「それではお前と風利はどういう関係なんだ?」
「まあ、強いて言うなら一日来の腐れ縁です。」
「縁というのは1日で腐れるものなのだな・・・。」
確かにこの言い方だと1日で仲良くなりきってしまった感が出てしまっている。しかし確実に仲良くないのではあるが、アイツとの関係を言い表す言葉が思いつかない。こういうときは話を変えるに限る。
「えーっと、神納木さん?」
「下で呼んでくれ。名字で呼ばれるのはあまり好みではない。」
ここには自分の名字が嫌いな人が多いのだろうか、今日でこんなことを言われるのは3回目だ。
「そうですか、ではマシロさん。」
「なんだ?」
「マシロさんが北部戦線最強だという風に聞いたのですが、それって本当なんですか?」
「・・・・・本当だ、と言いたいところだが実際はよく分からない。」
「と、言いますと?」
「隊長代理の戦う姿を私は見たことがない。それにまだ会ったことのない隊長と副隊長もいる。それから・・・・」
そこまで言ってからマシロさんの雰囲気が急に変わる。この雰囲気はさっき俺の某パートナーのまとったものと似ているが迫力が段違いだ。
「三乙女カイセ、あの男だけは・・・・!」
憎念と怒りと諸々の感情が渦巻いたような表情と声音で彼女はその男の名前を呼んだ。
「カイセがどうかしたんですか?」
「・・・・なんでもない。そろそろ試合が始まる。準備をしておいた方がいい。」
「分かりました。」
話は終わりだと彼女は切り上げてもといた位置へと戻っていく。
「ああ、そうだ。」
突然振り返って彼女か一言、
「暁、全力でかかってこい。決して手を抜いてくれるなよ。」
そう言いつけてまたもといた場所へと進んでいった。
(さて、どうしたものか。)
俺は真剣に悩んでいた。その昔1人の憧れの人の元にいた時は、また1人のロクでも無い師匠といた時は全力なんて毎日のように出していたのだが、西部戦線にいた間はほとんど本気なんて出していない。つまり今の俺はどこまで戦えるのかが分からないのだ。それに変に全力で挑んで怪我でもさせてしまっては洒落にならない。
「もう2人とも準備はできたかい?」
どこからともなく声が聞こえてくる。どうやら七星さんが話しかけてきたようだ。
「ああ。問題ない。」
そう短く答えるマシロさん。俺がどうしようかと思案しているうちに全ての準備を終えてしまっていたようだ。
「俺も大丈夫です。」
待たせるのも悪いので大丈夫だということにした。
「分かったよ、それじゃあ・・・」
七星さんの声音が厳かなものに変わる。
「試合・・・」
カチャッ・・・
目の前の彼女が右腰の刀に手をかける。
「開始!!」
瞬間・・・・・
「!?」
俺の首が飛んだ。
「おいっ・・・・、」
しかし声が聞こえる。対戦相手の彼女の声だ。
「私は言ったぞ・・・・、」
彼女はいつのまにか俺の目の前にいた。
「『全力でかかってこい』と・・・・。」
そこで初めて気づいた。彼女の刀は俺の首には届いていない。紙一重の距離で止まっている。
(これは・・・、)
これは恐らく、彼女の、神納木マシロという女の威圧感からくる恐怖、それが俺に見せた・・・
(幻覚!!)
そこで俺の意識はようやく首の上へと戻った。
「ハァ、ハァ、ァッ、フー・・・・っく!!」
「ほう、立っていられるとは、なかなかやるものだな。」
彼女が呟いた。その真っ黒な瞳を持った眼を細め、こちらを見据えている。
「これは警告だ。」
彼女が刀を鞘に戻しながら言い放つ。
「もしお前がこれでも全力を出さないなら・・・」
再び左手を右腰の刀に当て、
「次は、死ぬぞ。」
ぞくっ、と背中に怖気が走る。彼女はどうやら本気で言っているようだ。きっと少しでも手を抜こうものなら俺の首が飛ぶ、物理的に。
「それともお前もあの男と同じか?三乙女カイセと同じなのか?」
「?」
どうしてここでカイセの名前が出てくるのかが分からない。しかし彼女の纏う空気は一変した。彼女は声を荒げた、眼を見開いて、怨嗟を押さえ込むように。
(いったい何をしたんだ、カイセは?)
「まあいい。どちらにせよ次だ、次は本当に斬るぞ?死にたくなければ防いで見せることだな。」
彼女はそう言って、腰を少し落とす。右腰に提げた刀に左手を添えたまま再び・・・地を蹴る。
一瞬、その無限のように感じられた刹那に彼女は俺の目の前に到達する。そしてそこから繰り出される神速の居合、それが俺の首をめがけて一直線に飛んでくる。
ここまでが見えた。同じ手に二度やられるわけにはいかない。俺は覚悟を決める。
「【燃えろ…ベリアル】!!」
そう叫ぶと同時に俺の身体が熱を持つ。全身が沸騰するようだ。身体の熱を一気に放出、それは炎となり俺の手の平から解き放たれる。寒かったせいで着けていた手袋が灰になってしまったが仕方がない。
俺はその炎を纏った拳を彼女の腹に叩き込む。彼女の居合は俺の首に到達する直前で止まり、彼女は二歩、三歩と後ずさる。
俺は炎を纏った拳を構え、彼女と相対する。今からが暁ナユタという1人の悪魔憑きの本領発揮だ。
◆
「あの炎は・・・・・!」
私の隣で試合を見ていた氷上隊長代理が珍しく驚いたような顔をしていた。
かく言う私も暁さんの初めて見せた力に少し驚いていた。少しで済んだのはさっきのエレナのを見てしまったため心の準備ができていたからだろう。エレナほどの派手さがなかったのも大きい。
「すごい火力ですね。」
彼の着けていた耐熱性の手袋が一瞬で灰燼と化すのが見えた。私は隣の隊長代理にそう告げると、
「ん?ああ、それは、確かにそうだね。」
「?」
何やら判然としない返事が返ってきた。私の頭に疑問符が一瞬浮かんだがそれよりも試合の方が気になった。
「あれが悪魔憑きの力、というわけですか?」
私はもっとも確認したかったことを問いかける。
「まぁ、そうなるだろうね。誰も彼もが彼やエレナのような分かりやすい力、というわけではないけどね。それとクオン、人でなし、というのは蔑称だよ。うちじゃあ誰も気にしていないけど、ここは古代人類から今に伝わる正しい呼び方で優しく、丁寧に、真心と敬意を込めて、契約者と呼ぼうじゃないか。」
「なるほど。分かりました。」
契約者—その呼び名の通り悪魔と契約し、代償を払う代わりに超人的な力を手に入れた人間のことだ。この契約者の力によって古代人類は神々の侵攻の折、ギリギリのところで踏みとどまった。
しかし、契約者の多くは精神、肉体またはその両方に異常をきたし、短命の内に生涯を終えたという。
それでも人間は神に対抗するために契約者に頼っていたが、しばらくして人間独自の力で神々と戦う力が発見された。
対抗手段を見つけた人間の感情は人でありながら悪魔の力を借りる異常な存在を迫害するようになった。その時生まれた蔑称が『人でなし』。人でありながら人でないもの。
そしてこの北部戦線はそんな『人でなし』の吹き溜まりとして問題の多い契約者の隊員を寄せ集めるために創設されたそうだ。
私が知っている契約者についての情報はこんなところだ。
「しかし君は変わっているね。君は自分のことを普通の人間だと言う割には、僕たちに対して何の偏見も持っていないようじゃないか。」
氷上隊長代理がそう言って笑っていた。
「私は自分の目で見たことを信じることにしているので。」
それだけ答えて再び試合を観戦する。2人とも止まったままで動きがない。何かを話しているようだがここからでは聞こえない。
「神納木さんは今のところ抜刀術で戦っているように見えるのですが、他にはどんな戦いをするんですか?」
純粋な疑問を隊長代理にぶつける。
「君にそれを教えてしまうと不公平になってしまうかな。君は今から彼女と戦うことになるかもしれないからね。」
「確かに、そうですね。」
危うく私はあるまじき不正をはたらいてしまうところだった。
「お互いに本気で戦っているのでどっちが勝つかはまだわかりませんしね。」
「ん?」
私がそういうと隊長代理が何かに引っかかったのか、一瞬考え込む。
「あー、そういうことか。クオン、君は勘違いをしているよ。」
「勘違い、ですか?」
なんだろう、自分では思い当たる節は無いが。
「まあ、マシロを初めて見たならそう勘違いするのも仕方がないか。彼女は少し規格外だからね。」
要領を得ない回答が続いている。まさか・・・、
「マシロは本気なんて出してはいないよ。そもそも今彼女は力すら使っていない。あれは日々の鍛錬で身につけただけのただの居合斬りだ。」
「なっ!?」
あんな私の目で追うことのできないような居合がただの人間の力だけでできるものなのか。私は2回とも見切ることができなかった。側から見ていてもあの速度なら、目の前で見たらもっと速いだろう。
「もっともナユタは2回目にはちゃんと反応できていたようだけどね。」
「・・・っ!」
私には全く見えないものが暁さんには見えている。これが私と彼の実力の違い・・・。
「それにどうやらナユタも今ので気づいたようだよ。マシロが本気じゃないってことにね。」
「!?」
相手の実力を見る眼力でも私は彼に勝てていないようだ。
「まあ、見ていようか。勝った方が君と決勝で戦うんだからね。」
さっき正式にエレナの棄権が通達されたので私は決勝まで進出することになってしまっている。
「でも・・・、私は・・・・・。」
頭の中に思い浮かびかかった嫌な思考を、私は必死に抑え込み、そして私は再び試合会場を見つめるのだった。
◆
「・・・ふふっ、はははははは!」
「何を笑ってるんですか。」
「火か・・・いや、炎か?はは、どちらでもいい。それがお前の全力か、おもしろいな!」
彼女はついさっきまでの不穏な雰囲気などまるでなかったかのように快活に笑っていた。自衛のためとはいえ割と本気で拳を当てたのだが、何事もなかったように笑っている。ちょっとショックである。
「まともに攻撃をもらったことも長らくなかったからな。防御も間に合わなかったぞ。」
結構褒めてはくれるのだが、全くダメージも無さそうな感じで言われてもあんまり嬉しくない。それに、
「マシロさん、本気出してないですよね?人には本気出せと言っておいて自分は出さないのはどうかと思うんですけど。」
嬉しくない理由その2、確実に彼女が本気を出していないことが分かっているからである。そもそも試合開始時から彼女は使っていない。
「・・・・お前はつくづくあの男と同じことを言うな。」
あの男とはおそらくカイセのことであろう。
「しかしお前とあの男は違う。お前は私と戦ってくれているからな。」
知らないうちにまだ二言三言ほどしか話したこともない人と比べられるのは変な気分になる。
「暁。」
「はい。」
改まって名前を呼ばれたので少し緊張が走る。何か重大な発表でもあるのだろうか。
「君の悪魔・・・ベリアルと言ったか。その悪魔と契約したのはいつだ?」
「8年前くらいだったと思います。」
俺は正直に曖昧に答える。
「そうか。」
彼女は短くそう答えた後にまた付け加えた。
「・・・・私は自分の契約した悪魔を知らないんだ。」
「えっ!?」
衝撃の事実である。自身の契約した悪魔の名前を呼ぶことは力を使うための一種のトリガーのようなものなのだ。それを知らないなどということがあるのだろうか。
「それにいつ契約したのかも定かではない。」
「そんな状態で戦う時はどうしているんですか?」
「分からないが、戦っているうちに突発的に使えたりする時がある。その時以外は素の力で戦うしかない。」
なるほど。だから彼女の剣技はあれほどまでに研ぎ澄まされたものになっているのか。有事の時に使えるかどうかも分からない力に頼るなんてことは恐ろしくてできたものではないのだろう。
「でもそんな状態なのにどうしてこんな危ない職場で働いてるんですか?」
大人しく素性を隠していれば普通の生活もできたはずだ。
「・・・・復讐のためだ。」
雰囲気が変わる。今までの怒りや威圧の気ではなく純粋な殺意が混沌とまとわりついたような気が彼女を覆う。
「それはやっぱりどこかの神ですか?」
「違う。」
きっぱりと彼女は言い張った。
「私の怨敵は神ではない、一柱の悪魔だ。」
「悪魔が?」
これはとても珍しいことだ。ほとんどの悪魔というものは人間の前にわざわざ現れたりしない、らしい。俺はよく知らないが。そもそも悪魔は神々との戦いでほとんど魔界にいるはずだ。
「そうだ。・・・・お前はメフィストヘェレスという悪魔を見たことがあるか?」
「いえ、見たことも聞いたこともないです。」
メフィストフェレス?そんな悪魔がいただろうか?
「そうか・・・・、ならいいんだ。」
少し思案してからそう答えた彼女は元の雰囲気に戻っていた。
「とにかく私は悪魔の力を借りることを本気とするなら本気は出せないと思ってもらって構わない。そのかわり私は自分の力で全力で戦おう。」
そう言い切った彼女は凛々しく、とても気高く見えた。あのお嬢様にも見習って欲しいほどだ。
「それに私は『全力を出せ』とは言ったが『本気を出せ』とは一言も言っていないぞ。」
少しおどけたように肩をすくめる彼女、さっきまで殺されそうだったのが嘘みたいだ。
「言われてみればそうですね。」
「さて、おしゃべりもここまでにして試合に戻ろうか。お前のパートナーがずっとこっちを見ていることだしな。」
そう言われてふと顔を上げるとクオンがこっちをじっと見ていた。
「それでは・・・行くぞ?」
また雰囲気が変わる。さっきの和やかな雰囲気から戦う人間のそれへと変わった。
「っ・・・・・はい!」
俺も構え直す。再び勝負が始まった。
◆
結論から言えばこの勝負は俺の負けだ。そんなわけで俺は今ビショビショになった隊服から普段着に着替え、医務室でクオンの治療を受けていた。
「・・・暁さんの身体って温かいですね。」
治療するにあたって俺の腕を掴んでいたクオンの言葉である。
「大丈夫大丈夫、さっきみたいに燃え上がったりはしないから。」
「別にそんなことを気にしているのではありません。」
なぜか彼女は少し怒っている様子だったが理由も特に分からないのでそのままにしておく。
「温かいは少し遠慮して言っただけです。・・・本当は熱いです。それこそ燃え上がりそうなくらい。あなたはずっとこんな状態を隠して戦っていたんですか?」
「まぁ、慣れればそんなに影響はないよ。」
「・・・そうですか。」
会話をしながらも黙々と応急処置を続けるクオン、やっぱり彼女は優秀なんだろう。
「終わりました。」
「おっ、ありがとう。」
俺がそう言ってぺこりと頭を下げるとクオンは慌てた様子で、
「いえ、そんな大したことはしていません。パートナーとして当然のことをしたまでです。」
ぶんぶんと手を振りながらそう言った。
「俺は負けちゃったけど、クオンは今から試合だろ?」
「はい、そうです。」
「それなら早く行った方がいい。俺もすぐ隊長室に戻るからさ。」
「分かりました、それでは行ってきます。」
「いってらっしゃい、応援してるからな。」
「!・・・はい。」
そう返事をして彼女は医務室から出て行った。
「・・・俺も行くか。」
しばらくぼーっとしてから決断した。
よいしょと椅子から立ち上がり扉を開ける。
すると目の前の壁にもたれかかったカイセがいた。デジャブを禁じ得ない。
「・・・おい。」
「何?」
一応聞いておくが、と前置きして、
「メフィストフェレスに会ったことはあるか?」
聞いたことはあるかではなく、会ったことはあるかとはえらく限定した質問だ。それにメフィストフェレスって言えば・・・
「聞いてんのか?」
「あっ、いや、会ったことはないかな。」
聞いたことはあるけど、と心の中で付け加えておいた。
「まぁ、そうだろうな。」
「?」
「いや、何でもない。悪かったな、引き止めて。」
そう言ってカイセは隊長室とは真逆の方へスタスタと歩いて行ってしまった。
「やっぱりアイツか・・・・・。」
去り際に聞こえてきたカイセの言葉の意味をその時の俺は理解できなかった。
「いやー、いい勝負だったねー。」
俺が隊長室に入るなりいい笑顔をした七星さんがパチパチと拍手をして、出迎えてきた。
「これなら北部戦線も安泰だよ。そこで君に質問と相談あるんだけど。」
「何でしょう。」
「君・・・4位でもいいかい?」
「・・・別にいいですけど、何でですか?」
すると七星さんが声のトーンを落とした。
「エレナのご機嫌とりだよ。」
「あぁ〜・・・。」
「ということでね、誰がどう見ても君が3位なんだけど、ここはこらえてくれ。さて、もう一つなんだけど・・・」
「まだあるんですか?」
「言っただろ?質問と相談って。今のは相談、これからするのが質問。」
確かに言っていたが言葉そのままの意味とは思わなかった。
「君の戦うときの構え、えらく見慣れないけれど、いったいどこで覚えたんだい?誰かに教わったのかな?」
「いや、これは見よう見まねでやってたら身についただけです。見本にしたのは昔助けてくれたリベルタの隊員の人ですかね、名前は覚えてないですけど。」
「昔というと?」
「8年前です。」
「・・・・・そうか、やっぱり君が・・・。」
「どうかしましたか?」
何か思案しながら呟く七星さん、気になることでもあっただろうか。
「・・・別に何でもないよ。聞きたかったのはそれだけだ、ありがとう。」
何かを誤魔化しているような感じがするのがとても気になる。
「さあ、そろそろ決勝戦の開始時間だ、試合観戦と洒落込もうじゃないか。」
気にはなったがそう言われてしまったので言われるままに試合会場を眺める。
そこにはパートナーである大槌を持ったクオンとさっきの対戦相手である刀を腰に提げたマシロさんが向かい合っていた。