Chapter1.0.3 負けても彼女は勝ち進む
第7期序列戦結果
1位 神納木 マシロ
2位 クオン=クライスツェフ
3位 エレナ=ヴィッケンシュタイン
4位 暁 ナユタ
5位 風利 フーリ
6位 三乙女 カイセ
これが今回歓迎会と称されて行われた序列戦の結果である。結論から言えばフーリの自己順位予想は的中していたが、そんなことなどどうでも良かった。この序列戦の結果、俺のパートナーことクオン=クライスツェフは堂々の2位となった。しかし、結局この序列に納得のいっていない人間は1位と2位の彼女たちなのだ。
「さて、2人とももう準備はできたかい?」
七星さんが窓の外に向かって声をかける。
「はい。準備完了しています。」
「とっとと始めろ。」
二者二様の答えが返ってきた。クオンは少し緊張しているような、カイセさんは苛立っているような口調だった。
「それじゃあ、もう始めるよ。」
いよいよ1試合目が始まる。フーリの言っていたことも気になるが、それでもあの強そうな男性がいったいどんな戦いをするのかが一番の気になる点だった。
「試合・・・開始!!」
七星さんの始まりの合図によって戦いの火蓋が切って落とされた。
「行きます!」
開始早々クオンが駆けた。あの巨大な大槌を振りかぶったままぐんぐんと加速していく。いや、そもそもあれは駆けているのだろうか。何か地面からの強烈なパックアップを受けて身体が前へ進んでいるようにも見える。
「やあぁぁぁぁぁぁ!!」
あっという間にカイセさんの目前へと迫ったクオンは全力でその大槌を振るった。
「えっ!?」
一発攻勢をかけていたクオンがそこで初めて驚愕した。さすがに俺も驚かずにはいられなかったのだが。
クオンの強烈な一撃は完璧にカイセさんの側頭部に直撃した。彼の側頭部からは真っ赤な血が流れ出している。
しかし、それだけだったのだ。彼は試合開始の時とから何一つ変わらない。ポケットに両手を突っ込み、一歩も動かないまま、ただそのままクオンを睨みつけている。
「・・・ッ!やあぁぁぁぁ!!」
もういちど振りかぶる。そして次は正面から思いっきり振り抜いた。
それに対してカイセさんは次もまた一切避けようとせず・・・。
ゴチンッ!と彼女の振り抜いた大槌が彼の額に直撃する、さすがの威力にカイセさんも後方へ吹っ飛んだ。
「ハァ、ハァ・・・。」
クオンが肩で息をしたまま警戒をとかずに構えている。
「ハァ・・・私の、勝ち。」
どうやらなかなか起き上がらないカイセさんにクオンは勝利を確信したようだ。俺もさすがにクオンの勝ちだと思っていたが、
「クオンちゃん、勝ったと思っているのでしょうね。」
「そうっすね、お嬢。たぶんナユタもそう思ってるだろ?」
「どういうことだ?」
さっきまでやいやい七星さんに文句を言っていたはずのエレナとフーリがいつの間にか隣で試合を見ていた。
「みてりゃ分かる。」
また何も重要なことは言わないフーリだが、俺も気になったので試合場の方を見つめる。
ちょうどクオンが警戒をといて後方の入り口へ向かおうとしていた。
◆
(私の勝ち、だ。)
様子見で振るった一振り目を彼が避けなかったときは見破られたのかと思った。だから二振り目は本当に全力で振るった。しかし、彼はそれも避けなかった。避ける意味が無いと判断されたのか、単純に避けられなかったのか今となっては分からないが、結果として彼は向こうで倒れている。
(少し本気で攻撃しすぎたでしょうか?)
私は起き上がらない彼に対してそんなことを考える。まだ勝敗の判断を下されてはいないがあれをもろに頭にくらってしまったらいくら彼が普通の人間ではないとしてもひとたまりもないだろう。
私は勝手な判断だとは分かっていたがここから出ることにした。
(彼の救助も誰かに頼んだ方がいいでしょうか?)
私はさっきとは別の疑問符を頭に浮かべたままふと顔を上げる。そこには今日からチームとしてパートナーとしてともに行動することとなった男性がいた。まだ試合場を見つめている。
(暁ナユタさん・・・。)
私は彼の名前を知っていた。面識は無かったし、彼は何も知らなさそうだったがそこそこの有名人だった。北部戦線に異動になったということは普通の人間ではないということ。人格面に問題があるのかと思ったが少し話した結果、特に何の問題も見受けられなかった。実力面についてはもう少しで分かる。
(あなたの実力、この目で確かめさせていただきます。)
そこまで彼のいる方を見つめていたがいよいよ出て行こうと後方へ一歩踏み出す。
「おい・・・。」
ビクッ!
身体が震えた。
(ありえない、あの一撃をもろにくらってまだ声が出せるなんて。)
私は出しかけていた二歩目を引き戻し、振り返る。
まだ彼は倒れたままだ。それはそうだ。起き上がってまだ戦えるような、そんな攻撃ではない。
そんな私の心をあざ笑うかのように、
「もう終わりか?」
彼は起き上がった。その額からはダラダラと血が流れている。先に負った側頭部の傷も健在だ。誰がどう見ても満身創痍、それでも彼はそんなことなど何でも無いかのようにまたポケットに手を突っ込んでこっちを睨みつけながら近づいてくる。
私は彼の攻撃に備えて武器を構え直す。
「・・・。」
無言で彼は一歩、また一歩と近づいてくる。まだ仕掛けてこない、まだ何もしてこない。近づくにつれて彼の存在がとてつもなく大きく見えてくる。
「・・・・・。」
まだ無言だ。彼がもう私の目と鼻の先、いつでも攻撃ができる範囲まで入ってきている。しかし、私の中の戦意は徐々に薄れていき、恐怖感がつのっていく。
「・・・・・・・。」
無言で近づいてきていた彼が私の目の前で足を止めた。武器も何も持っていない彼にとって恐らくこの間合いが攻撃範囲だ。
(くるっ・・・・・!)
「どけ。」
「・・・え?」
「いいからどけ!」
彼の纏う雰囲気が変わった。彼はさっきと変わらずにこちらを睨みつけているだけだ、一切の攻撃の動作を取っていない。ただの威嚇、しかしそれは私の繋ぎ止めていた戦意を奪い去るには十分な威嚇だった。それだけでこの人が何か人間ではない者のように、とても恐ろしく感じられた。
私はスッとその場から一歩横に逸れてしまった。
「・・・・・。」
彼は無言のまま私がもといた場所の上を通り、そのまま出口に手をかけて出て行ってしまった。
最後まで彼を見送るかたちとなってしまった私はついに、へたりと膝から崩れ落ちてしまった。未だ彼の迫力に精神がやられてしまっている。全身がいやな汗でぐっしょりだ。
「そこまで!」
もう私以外に誰もいない試合会場内に隊長代理の声が響く。
「ただ今の勝負、カイセの投了によりクオンの勝ちとする。」
響いてきた声から聞こえてきた私の勝利という言葉の意味を、しかし私はしばらくの間理解することができなかった。
◆
「な?見てりゃ分かっただろ?」
にやにやしたフーリが話しかけてくるのがとてもウザいが仕方がない。
「ああ、二重の意味でな。」
本当にこいつの言った通りになった。あの時ではクオンがカイセさんに勝てていなかったということ、そしてカイセさんが負けるということ、その2つがこの男の予言通りとなったのだ。
「でもなんで投了なんかしたんだ?クオンに華を持たせるため、とか?」
「ハハハ、カイセの旦那がそんな粋なことするはずがないだろ。理由は、まぁ、本人に聞いてみろ。」
またこいつは重要なところは何も言わない。次から何か困ったらこいつ以外に聞くことにしよう。
「参考までに俺が初めてこれをやったときはそれはもうボコボコにされたぞ。」
そんなことを笑いながら行ってのける。
「次の試合はフーリとマシロだね。マシロはもう試合会場に行っちゃったから、フーリも早く行ったほうがいいよ。」
「げっ!もう俺の番かー。面倒くさいなぁー。」
七星さんの言葉を聞いたフーリはぶつぶつ文句を言いながら、外へと向かっていく。
「フーリくん。負けてはいけませんわよ。」
「無茶言うなー、お嬢は。まぁやれるだけやってみますよ。」
そう言ってフーリは今度こそ扉から外へと出て行った。
バンッ!
出て行った数秒後に勢いよく扉が開かれた。
「氷上隊長代理!納得がいきません!」
開かれたドアから巨大な大槌を持ったクオンがズカズカと入ってくる。
「何がそんなに気に入らないんだい?」
「この試合結果についてです!」
「カイセが投了したから君の勝ち、これはルールにのっとった判断だと思うけど?」
「どうしてその申請を許可したのですか!今の試合はどう考えても私の負けでした!」
「本人が試合中に自分の負けを宣言したんだ。止める理由はないだろう?」
「でも・・・、試合途中で私は戦意を失っていました。見ていたのならその段階であの人の勝ちになるはずです!」
自分の意見をことごとく返されていたクオンだが、しかしまだ食い下がる。
「君は実際の戦場で自分が戦意喪失した時に、誰かが絶対に助けてくれるとでも思っているのかい?」
七星さんの声音が変わった。どこまでも冷たい、人を攻撃するようなそんな声音に。
「うっ・・・、それは・・・。」
「・・・はぁ。そもそも君は自分が負けたと思ったのならすぐに自分から投了するべきだった、違うかい?」
七星さんは元の調子にもどってそう言った。
「・・・確かに、そうです。」
冷静になったのか、クオンが七星さんの言葉をしぶしぶ受け入れ始めたのだろうか。
「分かってくれたかい?」
「でも・・・、それでも・・・っ!」
しかしクオンは言う。
「それでも私はっ・・・、強いとか、弱いとか、正しいとか、間違っているとか、正義だとか、悪だとか、誰が、どんな立場の人間が、どんな判断をしたとしても、それでも、評価されるべき人間が評価されず、されるべきでない人間が評価されるようなそんなのは嫌なんです!」
クオン=クライスツェフ、彼女に何があったのか、何があってここに来たのか。出会って半日とたっていない俺には何も分からない。けれども、それでも彼女にも、もちろんここにいる全員にも、何か心に影を落とすような、そんな出来事があったのだろう。それが彼女をここまで頑なにさせ、激高させた理由であり、彼女が、ここにいる全員が人でなしである由縁なのだ。
「君の気持ちも考えもよく分かったよ。しかし今回君が申し立ててきた不服は君の落ち度が十二分に絡んできている。つまりたとえ今回の結果が君の望んだものでなかったとしても君は甘んじて受け入れなければならない。納得はしなくてもいいさ。君が君自身の意思を曲げてしまう必要なんて無いんだからね。だけど、今回に関しては理解はしておいてくれないかな?」
「・・・はい。分かりました。」
不満そうではあったもののクオンはこれを最後に異議申し立てをやめた。
バタンッ!
またぞろ強引に扉を開ける音が聞こえてきた。こんな調子では明日にでも隊長室の扉が壊れてしまいそうなものなのだが・・・。そこから入ってきたのは件の男、三乙女カイセその人だった。
「・・・ッ!」
先の戦いのこともあり、クオンはなにやら少し怯えたような、それでいて何か言ってやりたそうなそんな面持ちであり、
「おや?カイセが自分の試合が終わったのにここに戻ってくるなんて珍しいこともあるものだね。」
七星さんは何か意外なものを見るような、しかし楽しそうな顔をしていた。
「何にやにやしてやがる。」
前方から入ってきた彼はそう短く言い放つ。
「ごめんごめん、でも本当にどうしたんだい?君がここに来るなんて。」
「ちょっとそいつに用があってな。」
そう言って彼が指さしたのはクオンではなくて俺だった。
「え?俺ですか?」
クオンはともかくどうして俺に用があるというのだろうか。
「そうだ。えーっと・・・。」
「暁ナユタです。」
とりあえず話にくそうにしているクオンの分の紹介もしておいた。全員の前で自己紹介はしたはずだがそういえばこの人はずっと寝ていたので何も聞いていなかったのだろう。
「あー、俺は三乙女カイセ、年は18だ。」
「えーっと、それでは三乙女さん・・・」
「敬語はいらん、名字も好かんから下で呼べ。」
「カイセ・・・くん?」
とは言え先輩であることに変わりは無いのでさすがに呼び捨てにするのは気が引けたので探りながら君付けで呼んでみた。
「おいっ。・・・・・その呼び方だけは止めろ。」
とんでもない威圧感だ。横で黙りこくっていたクオンの肩が震える。今の一連の流れの中でどうやら彼の地雷を踏んでしまったようだ。
「・・・じゃあ、カイセ・・・?」
「ああ、それでいい。」
くん付けはダメだが呼び捨てはいいらしい。
「それじゃあ改めてカイセ、その用っていうのはいったい?」
「別にたいしたことじゃない、お前の次の対戦相手についてだ。」
次の対戦相手というとフーリかあの女性の勝った方とあたるはずだ。
「神納木マシロ、あいつには気をつけろ。俺から言えんのはそれだけだ。」
気をつけろとはどういうことだろう。言われたことの意味を思案していると・・・、
「聞き捨てなりませんわね、カイセ。それはフーリくんが負ける、ということですわね?」
「ああ、そうだ。」
なんだか話すのが嫌そうにカイセが答える。
「むっ、フーリくんが負けるなんて有り得ませんわ。」
「当の本人が負ける気満々なんだよ。」
そういってカイセは隊長室から出て行こうと踵を返した。扉に手をかけたあたりでようやく隣のクオンが口を開いた。
「あのっ。」
「何だ?」
「そのっ・・・先ほどの試合のはいったい・・・」
「言いたいことがあんならはっきり言え。」
そう言われたクオンの肩がまたビクッと震える。
「さ、先ほどの試合、どうしてあなたは私に一度も攻撃をしてこなっかったのですか?」
てっきりクオンはカイセが投了した理由を聞くものだと思っていたが、確かに言われてみればそうだ。カイセは武器も持たないにも関わらず試合中もずっとポケットに手を突っ込んだままで一切の攻撃の動作を見せなかった。
「女を殴るのは趣味じゃない、それだけだ。」
カイセはそれだけを言い残して部屋から出て行った。何か確固たる意志を持ったそんな口調だった。
◆
「ムキー、あいかわらずなんなんですの、あの人は。」
プリプリ怒りながらエレナが俺とクオンに近づいてきた。
「・・・そんな、理由で・・・。」
呆然としていたクオンがポツリと呟く。
「そんな理由だけで、私は手を抜かれたあげくに、あんな屈辱・・・。」
だんだんと口調がはっきりしてきたと同時に彼女の目が怒りで燃え上がっていく。
「ク、クオンちゃん?」
「エレナ!」
「はひぃ!?」
「なんなのですか、あの人は!」
ヒートアップしてきたクオンはさっきのエレナと全く同じことを言っている。
「ずっと同じ戦線で勤めているんです!エレナなら何か知っているでしょう!」
どんどん語気が強くなっていく。
「わ、私、実はフーリくんとしか任務についたことがなくてですね、その・・・、他の方々のことはあまり知らないといいますか・・・。」
「どうして何も知らないんです!コミュニケーションは団体行動の基本でしょう!」
こみ上げる怒りがおさまらないのかエレナへの当たりまで強くなっていっている。しかしこの豆腐メンタルお嬢様にそんなにまくし立ててしまって大丈夫だろうか。
「・・・らないんだもん・・・って・・・タシ・・。」
「何ですか?」
「知らないものはしらないんだもん!何よ、あなただって何も知らないくせに、どうしてアタシが怒られるのよ!」
てっきり大泣きし始めると思ったが起こしたのはヒステリーだった。
「何よっ、アタシだって頑張ってるのに!何も悪いことしてないのにっ!どうして・・・、どうしてアタシが怒られるのよ〜。・・・うわーん、怖いよ〜、フーリく〜ん。」
その後やっぱり大声で泣き出した。これは非常にまずい。今ここに彼女のメンタルケア係であるフーリがいないのだ。俺じゃあこんなに泣き出してしまった彼女をなんともできない。最後の希望にすがるように七星さんの方を見ても我関せずと試合会場の方を覗き込んでいた。
「は、ほら、エレナ、泣き止んでくれ。」
どうして俺がこんな赤ん坊をあやすようなことをしないといけないのだろうか。ことの原因の張本人であるクオンの日方をチラッと見る。するとクオンはとても申し訳なさそうに、それでいてバツが悪そうにこちらを見ていた。どうやら込み上がっていた怒りも目前でわんわん泣いているエレナのおかげで完全に萎えきってしまったようだ。
あいかわらず七星さんは試合会場の方を身を乗り出してまで見ている。どうやらもう試合が始まっているようだ。
「うわーん!」
エレナはエレナでクオンももう怒っていないのに一向に泣き止む気配がない。
「もうクオンも怒ってないし、フーリもすぐに帰ってくるからだいじょう・・・」
バチッ!
(バチッ?)
なんの音だろう。再びクオンの方を見ると俺の頭上を見たまま青ざめて呆然としている。
(上?)
俺はふと自身の頭上を見やる。
「は?」
バチッバチッバチッ!
俺の頭上で、いや正確にはエレナの頭上でむき出しの稲妻が帯電していた。その帯電の規模は徐々に大きくなっていく。
(まさか・・・)
もしこれがエレナの力であるならば、そして何らかの原因により暴走しているのであれば・・・
「クオン今すぐそこから離れろ!!」
その原因を潰しに行くのが道理というものだ。
「は、はい!」
とっさにクオンが元いた場所から飛び退く。
バチバチバチバチッッッッバチンッ!!
視界があまりの眩しさで一瞬機能しなくなる。そして視界を取り戻したその時には、
プスップスップスッ・・・
エレナを始点に一直線にクオンがもといた場所まで床が消し飛んでいた、断面は真っ黒に焦げている。
「はあ、はあ、・・・っく!?」
目前でそれを回避したクオンの息は荒い。何とか攻撃を免れたがその後動けず呆然としている。
・・・バチッ!
(嘘だろっ・・・!)
さっきの攻撃でもう終わったと思っていたのにエレナの頭上で再び帯電が始まる。さっきよりもその速度は速い。
「クオンっ!早くこの部屋から出ろ!次が来るぞ!」
「はいっ!」
律儀に返事をしながらも速攻で部屋から出て行く。これで攻撃対象はいなくなったはずだ。
バチバチバチッッッ!
しかし帯電は終わらない、ばかりかその規模はどんどん大きくなっている。
「クソッ・・・!どうなってんだ、これは。エレナ、しっかりしろ!もう誰も怒っちゃいない。」
俺はなんとかこの帯電を止めようとエレナへの呼びかけを再開する。しかし、
「・・・ううっ・・・どこ?フーリくん、どこ?」
エレナは虚ろな目でずっとそう呟いていた。とてもじゃないが攻撃の意志のある人間とは思えない。
(どういうことだ?この帯電と攻撃は、エレナの意志とは関係ないのか?)
「ナユタ!」
突然の呼びかけ、一体誰だ。そういえばこの部屋にはもう1人いたのだ。
「七星さん、どうすれば?」
今まで何もせずに試合会場を眺めていた七星さんもさすがに見過ごせなくなってきたのだろう。どうにか打開策を聞き出そうと尋ねる。
「あと、そうだなぁー、うん、24秒。それだけ耐えてくれないかい?それでかたがつく。」
「っ分かりました!」
かたがつくとはどういうことかは分からないが言われた秒数はきっちり稼ごう。つまり24秒間死ななければ俺の勝ちだ。
バチッバチッバチッ!
まだ1秒も経っていないがもうさっきクオンに攻撃したときよりも大きな規模になっている。
(これは、まずいぞ・・・。)
「・・・ーリくん、フーリくん、フー・・・」
「あと20秒。」
エレナはあいかわらず虚ろにフーリを呼び続け、七星さんはのんきに秒数を数えている。
「七星さんも手伝ってくださいよ!」
「まだ僕が手伝うほど切迫した状況じゃないよ。それに君、本気を出したら実力行使で止めれるだろう?」
また見透かしたようなことを言う七星さん。その上これが切迫した状況じゃないとか言っている。
「あと15秒。」
数えるのもやめない。
バチッバチンッバチンッバチンッ!!
止まりすぎた電気が放電し始めた。音もさっきより大きくなっている。
(どうする?使うか?でも、こんなところじゃあ・・・)
俺が思案している間にもどんどん帯電と放電が進む。
バチンッ!
「痛っ!」
一筋の静電気が俺を襲う。隊服の端を射抜いた静電気が俺の身体を駆け抜けた。
プスップスッ・・・
隊服の端が少し溶けて焦げている。こんなのをまともに食らえば普通の人間じゃあひとたまりもない。
「あと10秒。」
こっちが切羽詰まっているのに楽しそうにカウントを続ける七星さんがとても腹立たしいが今はそんなことに思考は避けない。静電気でエレナの髪も逆立ち初めている。
バチバチバチバチッッッッバチンッ!
いよいよあの攻撃の前兆と思われる発光が始まった。しかしその光もさっきとは比べ物にならない。
(ぐっ・・・、まぶしい。)
「あと7秒。」
(クソッ、もう使うしかないのか・・・)
「・・・うわーーーーーん!!」
エレナが一際大きな声で泣いた。それと同時に、
バチバチバチバチバチッッッッッバチンッッッ!!!
(くる・・・・・っ!)
「あと5秒。」
(やるしかない・・・・!)
「あと4秒・・・おや?」
「行くぞっ!ベリア・・・・・」
「あと3秒、か。僕としたことが3秒も誤差が生まれてしまったよ。」
(なんだ?この人はいったいなにを言って・・・)
「お嬢っ!!!」
バタンッ!
扉を思いっきり押し開けて肩で息をしながら、それでもエレナの方を見据えながら、今まで見たことのないほど真剣な表情で、そこにはフーリが立っていた。
◆
シーーーーン・・・・・
さっきまでの喧騒が嘘であったかのように隊長室内が静まり帰った。しかし次の瞬間、
「うわーーーーーん、フーリく〜〜〜〜〜〜ん!!」
「グエッ!?」
今の今まで俺の目の前にいたいたはずのエレナが一瞬でフーリに飛びついた。
「大丈夫っすか、お嬢?いったん外に出ましょうか。」
「・・・うん。」
そういってフーリはエレナを支え、エレナはフーリに支えられて、隊長室の外へと出て行ったのだった。
「いや~、大変だったね。」
「さっきのカウントはフーリが来るまでの時間ってことだったんですか?」
俺は一気に襲いかかってきた疲労感に流されてドカッと腰を下ろす。
「そうだよ。ちなみに僕がずっと外を見ていたのは試合中のフーリを呼ぶためだったんだけどね。君はきっと僕が我関せずと外を眺めていただけだと思っていたのではないかい?」
「別にそんなこと思ってませんよ。」
嘘である。これもどうせ見透かされるのだろうが口だけは否定しておくことにした。
幸い隊長室全体が真っ黒焦げになることは未然に防げたので七星さんの判断は正しかったようだ。
「そうかい。しかしせっかくの催しも混沌としてきちゃったな。今ので申し訳ないけどフーリは投了ということになっちゃったし、たぶんエレナは棄権になるのかな。クオンは強運だね、戦わずして2位以上が確定したよ。」
「それ、クオンに言ったらまた怒りそうですけどね。」
「まあ、これも彼女が原因で起こった事態だから仕方がないっていうことにするしかないかな?きっと彼女も理解してくれるだろう。」
「確かに1回その理論で認めちゃってますしね。」
「それよりも君の次の試合はマシロとになったのは確定してるからね。君はさっきも本気を出すのをためらっていたけどマシロ相手にそれは通用しないと思っておいた方がいいと思うよ。彼女は手を抜かれることには敏感だからね。」
どうやら次の相手である彼女はよく分からない敏感さを持っているようだ。そういえばさっきカイセが何か言っていたっけか。
「七星さん。」
「ん、どうしたんだい?」
「さっきカイセが神納木マシロには気をつけろ、って言ってたんですけどこれの意味って分かりますか?」
「うん、そのことなんだけどね。答えを先に言うと、『分からない』だ。」
「分からない?」
「そうなんだ。カイセ以外の全員はね、マシロのことをとても信頼してるんだよ。真面目だし腕も立つ、不動の序列1位だからね、ここでは今事実上の最強は彼女だ。少し気難しいところもあるけれど皆彼女を慕ってるしとても頼りにしてるよ。でもカイセだけはずっと彼女を警戒してるよ、というかマシロとカイセはお互いを警戒し合っている上に抜群に仲が悪いんだけどね。」
「そうですか。」
あのカイセの言葉の真意はいったい何なのか、謎はますます深まるばかりだが、それよりも最強かぁ。どうしてここに来て最初の戦闘が人間相手な上にそんなに強い人なのだろうか。
「まあ、とりあえず君とマシロの試合を前倒しでおこなうことになるだろうから、もう先に行って準備をしておいてくれないかい?」
「分かりました。」
俺はそう言って今までずっと誰かを見送ってきた隊長室の扉から七星さんに見送られながら出て行った。