Chapter1.0.1 ようこそ、北部戦線へ
西部戦線から北部戦線までの列車の旅もいよいよ最後の長いトンネルにさしかかった。長すぎる都合23時間に及ぶ列車の旅である。今いるこのトンネルを抜ければそこはもう北部戦線の管轄だ。
対神防衛機関リベルタ北部戦線――それは、リベルタの中でも南部戦線と並ぶ最激戦地のひとつに数えられ、毎年多くの戦死者や、重傷者がでてしまう。そのため慢性的に人手不足で新規の防衛隊員を常に募集しているようだ。しかし、一向に志願者は出てこない。
曰く、北は人でなしの集まりだから。曰く、北には悪魔がいるからだ。まったく神と戦っている人間様の発言とは思えない、とほとほと呆れてしまう。
などともの思いに耽っているとトンネルの向こう側から光が差してきた。いよいよ新天地に到着だ、と長旅で固まってしまった身体を必死に起こすのだった。
◆
トンネルを抜けるとそこは雪国ではなかった。それもそのはず今はまだ初秋である。夏の残暑の厳しい一年の中でも過ごしづらい時期だ。大陸北部を防衛しているリベルタの双子組織ヴァパウスは一年中ずっと雪が降り積もっているそうだが、ここはそこまでではないようだ。
いよいよ列車が止まる。荷物をまとめて北部戦線の大地へ最初の一歩を踏み出した。
「寒っ!!」
つい、声に出てしまった。誰だ。残暑の厳しい時期だとかどうとかほざいていたのは。俺か。前言撤回である。やはり北部戦線なだけあって、とても寒かった。慌てて支給されていた北部戦線の隊服を着る。薄手の生地で身体の動きを一切阻害しないにも関わらずとても温かい。寒さに弱い俺にとって、ここでの生活の必需品になるだろう。
(まずは隊長殿にあいさつしにいかないとな・・・)
当面の目標を決め、早速北部戦線本部へと足を踏み入れる。
(さて、隊長室はいったいどこにあるのか。)
寒かった外から建物内に入ったことで余裕が生まれた俺は呑気に歩いて隊長室を探す。
北部戦線本部は、西部戦線と違って床が木材使用になっていて、木特有のいい匂いが気持ちを落ち着けてくれる。壁はあまり頑丈そうではないがこれまた木材使用で、またガラスの窓が多くあり、通っていた小学校を思い出すようなつくりだ。
窓側と反対側を見ると同じような部屋がいくつも並んでいる。窓の外を見れば、中心に大きな広場があり、それを囲むようにこの建物が円形に建てられている。再びいくつも並んでいる部屋をよく見ると、各部屋に番号が与えられていた。どうやらここは、隊員の寮のようだ。
とりあえずそのまま同じ階を歩き続けていると、ところどころ壁に大きな穴が空いているのを見つけた。修繕する金にも困っているのか、と少し心配になる。そうこうしている間に初めに入ってきた場所に戻ってきた。
(隊長室はいったいどこにあるんだ?)
なんだかんだで一周回って来るのに10分以上はかかっている。このまま当てもなく探し続けるのは得策ではない。
(誰かいないのか?)
とりあえず、あたりを見渡していると一人の青年が歩いているのを発見した。爽やかな緑色の髪で俺よりも少し背が高い。そんな青年はひどく眠たそうな、やる気の無さそうな、覇気の無い顔をしてふらふらとこっちに近づいてきた。
俺は意を決しておよそ24時間ぶりに他人に話しかける。
「すいませーん」
「ん?」
とても気だるそうな返事が返ってくる。
「小生に何か御用ですか?・・・って言うか初めて見る顔ですね。新人ですか?」
「小生?・・・俺は今日からここに配属になった暁ナユタです。」
「あぁー、小生に対して敬語とかいらないですよ。」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて敬語は無しで。えーっと、今隊長にあいさつしにいこうと思って隊長室をさがしてるんだけど、場所が分からないから教えてほしい・・・です。」
「?敬語はいらないですよ。」
「いや、そっちが敬語だとタメ口で話しづらいというか・・・。」
「なるほど。じゃあ、小生も敬語無しで。」
「その小生って言うのは?」
あまりにも気になったのでつい聞いてしまった。
「ん?あぁー、これは職業柄身につけた処世術だよ。一人称が特殊なやつはキャラがたって覚えられやすいんだってー。」
どうやら狙ってやっていたようで安心した。素であれだったら恐ろしいにもほどがある。演技だったと分かったところで、しかし俺は言うべきことは言うことにした。
「気持ち悪いから二度とやらないでくれ。」
さすがに初対面の相手にむかって失礼だとは思ったのだが・・・怒ってしまっただろうか?
「・・・・・プッ、ハハハハハハ」
急に笑い出した。さっきまでのことがある上にいまいちこの人の考えが読めないので全く油断ならない。次は何を言い出すかと構えていると、
「アンタ、面白いな。」
「は?」
予想外の一言が飛んできた。
「普通、初対面の人間に対してそんな辛辣な言葉はかないだろ。」
ハハハと笑いながら目の前の青年は続ける。
「あーあ、面白い面白い。こんなに笑ったのは、久しぶりだ。」
呆然としていた俺にむかってひとしきり笑い終わった青年が話しかけてきた。
「アンタのこと気に入ったよ。隊長室探してたんだっけ?案内してやるよ。」
「お、おう。」
なぜか気に入られた俺はそんな間抜けな返事をしてとりあえず案内してくれるという青年の後ろをついて行くことにした。
◆
「そもそもこの建物にいる以上、永遠に隊長室になんてつかねーよ。」
そういって青年は俺が入ってきたドアから出て行き、この円形の建物の向かい側にある別の建物に入っていく。
「そういえばアンタ名前は?」
「暁ナユタだ。さっき言った。」
「そっか、そういえばそうだったな。」
わるいわるいといつまでも笑いながら謝ってくる。俺の中でのこいつの判定は奇妙な青年だったがふざけたような男へと変わっていた。いつのまにかこいつ呼ばわりだ。
「もう忘れねーよ。暁ナユタね。年は?」
「17だ。」
「おっ、いっしょだ。どうりで親しみやすいわけだ。」
「俺は親しまれたいとはこれっぽっちも思ってないんだけどな。」
「ハハハ、やっぱりアンタ面白いよ。」
ダメだ。どんなにきつめに言ってもこのペースで会話が続いてしまう。俺はもうここではこいつに気に入られたまま生活していくしかないようだ。
「あれ?」
「ん?どうした?」
「そういえば俺はお前の名前を知らない。」
「それがどうした?」
「いやいや、教えろよ!」
「オレの名前ねー。・・・でもさぁ。名前ってそんなに重要か?」
何やら突然、神妙な面持ちで哲学的なことを語りはじめた。もうやだ、こいつの相手するの。疲れる。
「お前のことを呼ぶときに困るんだよ!」
うんざりしながら俺はけっこうな大声を出して答えた。
「・・・じゃあ、オレの名前、何だと思う?」
(知らねーよ、分かるわけねーだろ。)
心の中ではそう思いながらも、口に出してはまた笑われて終わりだ。出会ってかれこれ15分、こいつの思考を完全に掴んだ俺は普通に答えようと口を開こうとすると・・・
「フーリく~~~~~~ん!」
何やら誰かの名前を呼ぶ女性の声が後ろから聞こえてくる。
「げっ!」
名前が呼ばれると同時に隣を歩いていたふざけたような男が足を止めた。
「どうした?」
俺が尋ねると、
「ちょーっと、急用を思い出したから案内はここまでということで・・・。あとはまっすぐ進めば隊長室には着くから。」
「?分かった。案内ありがとう。」
「どういたしましてー。それじゃあ、またー。」
全速力で声のした方へ駆けていく男にとりあえず案内の礼だけしたところそんな返事が返ってきた。今日あの男と出会ってから初めて見る焦った顔だった。そして今の一連の流れで分かったことは二つある。一つは、隊長室がもう目の前に見えているということ。そしてもう一つがあのふざけたような男の名前が『フーリ』であるということだ。
◆
さて、いよいよ隊長殿との初対面だ。俺は着ていた隊服をキチンと着直しおかしなところが無いか確認する。
(よし!)
確認は終わった。あとは適当にあいさつを済ませてしまえばそれで終わりだ。俺は意を決して扉を叩く。コンコンと小気味の良い木の音が聞こえてすぐあと、若い男性の声が聞こえてきた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
俺は柄にも無く少し緊張しながらゆっくりと扉を開け、中に入る。
すると、目の前にはいかにも隊長然として腰掛けている。俺より少し年上に見える淡い水色の髪をした男性がこちらを見ていた。
俺が扉を閉め、机越しに対面まで向かうとその男性が口を開いた。
「ようこそ、北部戦線へ、暁ナユタ君。君を歓迎するよ。」
優しいが威厳を感じさせる。そんな口調だった。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
俺がそう答えると、
「僕は氷上七星。ここでは隊長代理を務めている。・・・さて、君にまず一つ質問をしてもいいかな?」
「何でしょうか。」
何を聞かれるのだろうか、とぼんやり考えながらそう返事をする。
「何たいしたことではないんだ。君は12時間遅刻をしてきた。その理由、ないし言い訳を聞きたいんだ。」
「・・・ん?」
身に覚えがない。どこに12時間も遅刻をするような輩が存在するのだろうか。しかし、そう尋ねてきた隊長代理の目は本気だった。おそるおそる俺は隊服のポケットに突っ込んでいた辞令の内容を確認する。
どうやら午前と午後を見間違えていたようだった。
「なるほど。つまり遅刻をしていた自覚もないうっかりミスだったと?」
そう机越しに隊長代理が問いかけてくる。笑顔のままなのがとても恐ろしい。
「はい。」
俺は少し上ずった声でそう答えた。
「ふー。」
隊長代理が息を吐く。どんなお叱りを受けるのかと俺は身構えた。
「良かった〜。」
「え?」
こちらの気が抜けるほど気の抜けた声でそんなことを言い始めた。
「いや〜。実は初日に遅刻して来たのは君が初めてではないんだ。」
「そうなんですか?」
なんてルーズな職場だろうか。
「君で5人目だ。ちなみに僕が隊長代理になってからこうして迎えたのは君で10人目だよ。」
平気で半数に達していた。
唖然としている俺をよそに隊長代理が続ける。
「しかも他の遅刻者は君みたいに謝ろうともしなかったよ。」
「そんな人がいるんですか?」
驚きである。それじゃあ俺も謝らなくてよかったではないか。
「みんな自分がいつ来ようが自分の勝手だ、とか言い出す曲者まみれで困っているんだよ。」
曲者と聞くとさっきのふざけたような男、つまりフーリのことが思い出される。
「もしかしてそのうちの一人ってフーリですか?」
俺はある種の確信を持ちながらそんな質問をした。
「よく分かったね。」
案の定である。
「しかしどうして君がフーリのことを?まだ誰も紹介していないよね?」
「さっきここまで案内してもらいました。」
正直にそう答えると、
「へー。あのフーリがね・・・。君は相当彼に気に入られているようだね。」
「いい迷惑です。」
「ハハハ。君にそういう裏表のない発言が原因だろう。彼は建前とかそういうのを嫌うからね。」
いいことを聞いた。今度からフーリと話すときは建前をふんだんに使って話そう。
「そのフーリはどこに行ったんだい?」
「たぶん女の人に呼ばれてどっか行きました。」
これは憶測だがたぶん合っているだろう。あの時のやつは汗びっしょりだった。
「女の人・・・あー、エレナか。君はエレナとももう会ったのかい?」
「俺の思っている人とそのエレナさんが同一人物だとしたら、会ったことはないです。声がしたとたんにフーリが慌てて走って行きました。」
「相変わらずだな、あの2人は。」
何かに納得したようだ。
「さて、世間話はここまでにして少し真面目な話をしよう。」
言葉の通り少し真面目な雰囲気に切り替わった。
「君は今日からこの北部戦線でいっしょに戦っていく訳だけど、周知の通りここは万年人手不足だ。」
「そういえば俺、直接はまだフーリにしか会ったことがないんですけど他の隊員はどこにいるんですか?」
「知っているとは思うけど、非戦闘要員は今人事異動の真っ最中だからね。ここにはいないよ。」
「じゃあ、戦闘要員はいったいどこに?」
「明日、君ともう1人の新入隊員とにまとめて全員紹介する予定だったんだけどね。もう1人の子はきちんと時間通りに来たし、他の隊員もどこかにいるんじゃないか?」
「でも俺、ここに来てから結構歩き回ったんですけど1人にしか会ってませんよ。」
「言っただろう?ここは人員不足だからね。君ともう1人の子を合わせても戦闘要員は8、いや9人しかいないんだ。」
「9人!?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。9人は少なすぎる。西部戦線には10人規模の小隊が20隊以上あった。
「しかもそのうち今自由に動けるのは僕と隊長、あと副隊長を除いた6人だけだ。」
「じゃあ、俺とそのもう1人が来るまで4人しかいなかったんですか?」
「いや、この前4人新入隊員が入ったんだけどね。1人は大怪我、1人は耐えられなくなって辞めて、残りの2人は・・・死んでしまったよ。そして結局元の4人に逆戻り。そんなときに、ちょうど君たちがやって来た、というわけさ。」
「そうだったんですか・・・。」
確かに俺たちリベルタは人外で規格外の化け物たちと戦わなければならない。だから死人も出てしまう時はある。そのために補充要員を育てたりするのだが、ここは育てる余裕もないのだろう。4人の人間が戦闘と新入隊員の世話を同時にこなすなど無理な話なのだ。
「そもそもあの4人にはここでの任務は無理があったのかもしれないね。全員普通の人間だったんだから。」
「ということは、他のここの隊員は全員・・・。」
「ああ。皆人でなしさ、君もそうなんだろう?」
「・・・どうして分かったんです?」
「一つは君が他の部隊から辞令でここまで異動になったこと。これでほぼ100%君はそうだ。そしてもう一つは・・・」
一つ目の理由は自分でも分かっていた。ここはそういう人間が集められる場所だ。しかし、もう一つの理由がさっぱり思い当たらない。なんだと言うのだろうか。
「もう一つの理由はね、君がこの部屋で汗ひとつかいていないという事実だよ。」
盲点だった。眼前の隊長代理も全く汗をかいていなかったせいで全く注意していなかった。そうか、この部屋は普通の人間にとっては暑いのか。
「隊長代理も・・・」
「僕のことは適当に名前で呼んでもらって構わないよ。」
「それでは七星さん。七星さんも汗ひとつかいていないように見えますが?」
「僕は寒がりだからこれくらいが適温なんだよ。」
「そうですか・・・。」
「君は西部戦線にいたせいでその事を隠すクセがあるけれど、ここではその必要はないよ。むしろ隠していたらすぐに君も死んでしまうからね。」
「分かりました。ということはもう1人の新入隊員もそうなんですか?」
「そうだ・・・と言いたいんだけどね。どうやら彼女は自分のことを人でなしとは認めようとしないんだ。」
「ダメじゃないですか。」
「しかし彼女はきちんと実力で人を評価するタイプの人間だと言うことは分かったよ。僕たちのような人間に皆が抱いている偏見は持ち合わせていないようだった。」
「それならまぁ、いいんですかね?」
「良かった、彼女と君はここでは2人でチームを組んで動いてもらおうと思っていたんだけど、問題なさそうだね。」
「は!?」
なにやらとんでもないことを言い始めた。確かにチームを組んで行動は基本中の基本だが2人1組でなどやっていける気がしない。
「彼女っていうことはその人は・・・」
「もちろん女性だよ。」
「男女でチームはさすがにどうかと・・・」
俺はどうにかしてチームにならないようにしようと試みるが・・・
「問題ないよ。君たち以外の今あるチームも両方男女1人ずつでできているしね。」
八方塞がりだ。
「その彼女は今どこに?」
「そうだね・・・今日はもう遅いから、明日に全員まとめて会おうか。」
もうとんでもない笑顔で話してくる七星さん。一見穏やかそうだが異論は認めないという圧がひしひしと伝わってくる。
「・・・そうですか。」
諦めてそう返事をした。
「よし、じゃあとりあえず今日のところはもう特に予定も無いし、このくらいで終わりかな。」
「俺はこれからどうすれば?」
「そうだね。もう君は寮棟には行ったのかな?」
寮棟とは恐らくあの円形の建物だろう。
「はい。」
「じゃあ案内はいらないね。その103号室が君の部屋だ。好きに使ってくれて構わないよ。」
「分かりました。では俺はこれで・・・」
「あっ、そうそう。明日のことだけどね。」
「はい。」
「明日は午前8時にここに集合だ。午前だよ、分かったね。」
とても午前を念押しされた。
「分かりました、午前ですね。」
「ああ。それとちゃんと動ける格好で来るようにね、間違ってもパジャマなんかで来ないように!」
「そんなことしたやつまでいるんですか?」
「・・・ああ。そんなやつがいるんだよ、ここには。」
最後にそう言った七星さんはどこかもの寂しそうに見えた。