初レベルアップと大濁流
落ち着いた頭で思考を巡らせる。
今の敵は明らかに強すぎる。
この塔は下に行くほど強い魔力を帯びたモンスターがいるのが基本。この階層にはスライムの亜種か、強くてゴーレム程度くらいしかいないはずだ。しかしとなりにいる少女を見るに、イレギュラーがいてもありえなくはない。おそらくコイツの強い魔力に当てられて進化してしまったのではないか。それと、一番はこの剣。今は元の錆びた銅だが先ほどまでは眩い真紅を持つ荘厳な剣だった。
「考えはまとまった?」
考えは少女の声で遮られる。
「あぁ、少しは。だけどお前はー」
遮るように少女が言う。
「まずはここらから出ましょ?話はそれからよ。」
「あぁ、そうだな。とりあえず酒場にでも行くか。このモンスターの素材も換金したいし。」
「そうね、急ぎましょ。急がないと始まっちゃうわよ。」
「始まるって何がー
彼女はその問いに答えぬままさっさと歩いて言ってしまった。
...出口はそっちじゃないんだが。
まずは酒場についた。
この怒号にも似た喧騒が唯一俺の心を落ち着かせる。こんな状況でもなければ、だが。
「これは一体...?」
誰に問いかけたわけでもないが、言葉が空を切る。
ここはトイレだ。
いつもなら今頃なけなしの金で飲み物の一杯でも買いおっさんくさく溜息をついてる頃だというのに、なぜか。
「言ったでしょ?始まるって。」
「何が始まるかまではいってなかっただろ!?これはなんなんだよ!?」
「なにって、穴という穴からいろんなものが出てるだけでしょ?」
「あぁ!そうだよ!全身の毛穴という毛穴から始まりケツから大濁流が起きてんだけど!??」
トイレの壁の向こうの冷静な声はこのことを予期していたかのような口調だ。
猛烈な腹痛が襲う。冷や汗をダラダラと流し腹は音を立てて大波を起こす。軽い運動会状態だ。
大声で叫ぶと一段と辛い。
「そりゃ良かったじゃない?アンタ、人より便秘気味だったり太りやすかったりするでしょ?」
「おま、何故それを!?」
「あなたね、魔力がドッロドロなのよ!全然循環してない!これじゃ万年レベル1も当然だわ!」
魔力、それは見えない血液のようなもので人間にも身体中を巡りながら宿っている。人により大小はあれど、それが体の健康や成長に大きく作用しているのは言わずもがなだ。
それが巡らないと言うことはどんな不調があってもおかしくはない。
「私の力を使ったことで一気に魔力が循環したみたいね。これだけの勢いだったら身体中が活性化して代謝が良くなるから老廃物がどんどん流れて行くでしょうね。
そろそろ体が痒くなってくるんじゃない?」
ーーかゆい、かゆい!!!全身が汗でびっしょりなのも相まって身体中が痒くて死にそうだ!
「あんまりかかないほうが身のためなんじゃない?」
あまりにも他人事すぎる!こちとら全身の穴という穴からいろんなものが吹き出しさらには全身くまなくかゆいという阿鼻叫喚状態だというのに!
「それと、魔力の循環が良くなったんだから、当然さっきの経験値もまともに入るはずよ?」
地獄絵図の中自分のステータスを見てみると、レベルが20ほど上がっていた。
先程の敵の経験値が正常に入ったようだ。
しかしそんなことを気にする余裕もなければ思考力もなく、初のレベルアップは下痢と汗と痒みで掻き消された。