少女との出会い
こんにちは、よろしくお願いします
深海塔の入り口に向かう。深海塔は幾層にも分かれており、高い層に向かうにはギルドからの許可証が必要である。もちろん俺は最初の10層程度までしか許可されていない。
とりあえず、今いける一番奥、10層まで来てみたがこんな浅いところに例の人型魔力道具があるとも到底思えない。
「とりあえず、さっき倒せるようになったスライムでもー」
道具のことは諦めてスライム狩りに専念しようとしたその時、耳をつんざくような咆哮がダンジョン中を走る。
心臓が一瞬にして悲鳴をあげ、全身から脂汗が流れ出す。
咆哮がする方に顔を向けると、
ーーーコイツはヤバイ、確実にヤバイ
自分の数倍はあろうかと言う体格に白い剛毛。その手に持つ無骨な棍棒。そしてなにより頭に生えた強大なツノ。
本能が逃げろ、逃げろと囁きかけてくる。
あいつは本来もっと高い層にいるはずのボス級であるモンスターだ、なぜこんなところに。
とにかく今は逃走が最優先だ。動かない足を叩き、動かす。脳が逃走一色で染まり、全力で走る。
数メートル走ったが、幸いこちらには気づいていないようだし、このままにげきれ、
ーーゴスッ!
鈍い衝撃。視界が揺れる、脳が砕ける。どうやら棍棒で殴られたようだ。
さすがボス級、遠くの足音をすぐさま感知し、一瞬にして棍棒の間合いに俺が入るように移動した。その距離数十メートル。体は叩きつけられ、地面が粉々になる。こんなのとまともに戦えるはずがない。
あぁ、運がなかったな、昔誰かが言ってたが走馬灯だろうか、なぜか一言が浮かぶ。探索者は諦めが肝心とかなんとか
まさにその通りだ、今更あがいてもどうしようもないのかもしれない。
朦朧とする意識とともに崩れた地面に空いた穴へと体もろとも崩れ落ちる。
ここで死ぬのか、そんな言葉が脳裏に浮かんだ時、すでに意識は事切れていた。
ーー頭が痛い。全身に力が入らない。体が落ちていく。そんな状況で、僅かな意識が復活する。末期だろうか、幻聴が聞こえ出した。
「哀れだね。」
若く、高い女性の声だ。数えて齢10前後くらいの幼さを感じさせる。
哀れ、側から見るとやはりそうだろうか。
こちらとしては精一杯やってるつもりだが。
「こんなに努力してるのに、レベルの一つも上がらないし、」
そうなのだ。自分でも努力はしてるつもりだ。
しかしなんの因果かレベルは上がってくれない。
世の中不公平とは思わないが、少しばっかり俺に優しくしてくれてもいいのかな、なんて。
「もしさっきみたいのに勝てたら、人生楽しいだろうね!きっとさらに深い層にも潜れるし、」
もちろん、それはそうだ。と言っても今更仕方ない事だが。こう見えて自分は諦めが良いと定評があるので、もはや辞世の句の準備すらある。
「仕方ない、か。別に諦めちゃってもいいけど、もし、もしもだよ?この窮地から脱出できて、さっきのやつも倒せるとしたら悪魔に魂を売る覚悟はある?」
え!?こんな状況からでも入れる保険があるんですか?!
「ふざけないで。でも、あるよ。とびっきりのが」
あるのか、あってしまうのか。そんなものがあるなら魂でもなんでも売ってしまう所存である。
むしろセールスで押しかけてセットでイチキュッパである。
「へぇ、お得ね。それじゃあ交換条件。のめるならこの状況から復活、ついでにあんなやつは粉微塵にできる力を上げる。」
それは、願っても無いことだが...
まぁつまり、でも、お高いんでしょう?って事だ
「貴方、随分余裕あるのね。まぁいいわ、たしかに高いかもしれないもの。」
こちとら命こそ捨てた身、もうむしり取るものなんてないと思うが...
「条件っていうのは、私をこの深海塔の最終層まで連れてって。できるなら願いを叶えてあげてもいい。」
それは、人選を間違えていないだろうか。こんな最深部はおろか10層までしか潜れず挙げ句の果てにそこで死にそうになってる奴に。しかし、自分は運がいい。本来ならもう死んでいるところを、生き延びているんだから。第一にやるかやらないかなんて選択肢はもう一つしかない。
「もちろんやってやるさ。」
「いいね、じゃあ交渉成立。
ーー貴方を最強の探索者にしてあげる。」
唇に柔らかな感触を覚えた。
声はそこで途切れる。
次の瞬間、全身に力が漲る。
エネルギーが体を循環し始め、筋肉は純度を高めていく。
鳥肌にも似た感触が全身を駆け巡り、初めて感じる魔力が全身を駆け巡る
これが魔力。今ならば世界を蹂躙してもなお余るほどのエネルギーが眠っていそうだ。
落ちていく体を無理やり回転させ、壁に足を叩きつける。
壁を蹴り高く高く跳躍する。
背中に翼でも生えたように体が軽い。兎のように壁を跳ね、落ちてきた穴を這い上がっていく。
「ー体が、軽い!!」
そう叫び、着地したのは先ほどの場所。
眼前には自分を殺そうとした巨大な魔物がいる
魔物の真紅の目と対峙する。先ほどの震えはなく、恐れは多少。
今なら、勝てる。
そう確信し、愛用の剣を抜いた。
モンスターは顔を歪め、威嚇の咆哮を放つ
先ほどとは違い明らかにこちらを敵として見ている。
モンスターは足をふみ鳴らし突進、のちに棍棒を振り回し自分を殺そうとしてくる。
しかし、先ほどまで見えなかったその軌道が手に取るようにわかる。突進するモンスターを空中に飛ぶ事でかわし、死角となる背後に立った。
「す、すごい。軌道が見える、それに相手よりも...速い!」
最高速で駆け抜けながら、驚き半分、歓喜半分で叫ぶ。
モンスターは次第に恐怖を見せ、こちらの方に向き直った。
先ほどより更に重く鋭い咆哮をあげ、棍棒を全力で振り下ろそうとする。
それを剣で受け止めたその時、
愛用の剣が変化していることに気づいた。
自分が使っていた剣はもっと錆のついたとても煌びやかとは言えない銅の剣だったはずだ。それがどうだ、今自分が手にしているのは刀身が熱を放ち真っ赤に燃える、真紅の剣だった。
「やっと気づいた?これが私の力」
剣から直接頭に響く。
「私の力は魔力の開通、増幅。それとーーこの剣。貴方の強いって言うイメージ通りの剣のはずよ?」
先ほどの朦朧とした意識の中で聞こえた声だ。
思わず問いかける。
「お前はまさか、カインが言ってたー」
モンスターの棍棒に力が入る。気をそらしていたため、思わず弾かれてしまった。
「話は後!今はコイツをぶちのめしてやりましょう!」
たしかに他に意識を向ける余裕はない。
赤く輝く剣を握り直し、一度距離を取る。
モンスターの気迫は更に重みを増し、足をすくませた。
それでも、今の自分ならーー!
全身に力を込め、走る。
足が力強く地面を捉え、どんどんと加速していく
モンスターの真正面から跳ねるように飛びかかり、剣を思い切り振り下ろす。
モンスターは咄嗟に棍棒で受け止めるが、
「このまま棍棒ごとーー!!」
剣に力を込め魔力を回す。真っ赤だった刀身がみるみるうちに輝きを増していき、更に焔を纏う
剣は鋭さを増し、どんどんと棍棒を貫いていく。
「もっと!!もっとだ!!」
剣にありったけの魔力を収束させ、その輝きは太陽にも劣らないと思えるほどのものになった。
その焔は棍棒を焼ききり、モンスターをも溶かし尽くす!
ザッ!と音がし、モンスターは悲鳴をあげる暇もなく切り裂かれた。
ーー勝った。
緊張感から解放され、床にへたり落ちる。
自分の手を閉じたり開いたりして生の実感を確かめる。
「ーー生きてる」
とにかく、まずは一安心といったところだろうか。安堵のため息を吐いた。