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四話

 あの後、混乱しながらも着替えて外に出てきた。あのままあの部屋に居続けるのは、我慢出来なかったんだよね……

 それにしても、これからどうしよう。


「はあ……」

「みいちゃん、やっぱりあの部屋、おかしいよ。早いとこ引っ越した方がいいって」

「うん……」


 二人で入った近所のカフェで、小さいテーブルを挟んで和美ちゃんが言ってきた。店内は平日の午前中だからか、お客さんが少ない。

 本当なら学校に行ってる時間帯なんだけど、さすがに今日はもう行く気になれない。サボりなんて、小学校のずる休み以来だなあ。

 あの部屋に戻るのは怖くて確かに出来ない。でも、今すぐ引っ越しってのもなあ。先立つものがなくて。

 和美ちゃんは部屋が見つかるまで自分のところにいればいいって言ってくれるけど、従姉妹とはいえそこまで甘えるのもどうよ。

 それくらいなら、通学時間が半端なくかかるけど、実家から通うべきなんじゃなかろうか。でも、片道三時間弱かかるんだよね……

 部屋で録音音声を聞いた直後よりは、心も落ち着いてきたな。とはいえ、有効な手立てが見つかった訳でもないので、結局状況は変わらない。


「はあ……何であんなのが聞こえるんだろう?」

「やっぱり事故物件ってやつ? 前に住んでいた人の話とか、不動産屋さんで聞いていないよね?」

「うん。っていうか、不動産屋さん行く時は、和美ちゃんが一緒だったじゃん」

「そうなんだけどさ……」


 それでまた、二人して無言になってしまった。ふと、テーブルの上に置いてある、和美ちゃんのスマホに目がいく。

 そういえば、あの音声データ、まだスマホの中なんじゃ……


「どうかした?」

「和美ちゃん……今言う事じゃないかもしれないけど、スマホの中にあの音声――」

「ちょうどいいから、スマホ買い換える!」

「マジで!?」


 思い切りいいな! よく聞いてみたら、そろそろ買い換えを考えていた時期だったんだって。それならいいのか……

 でも、あの音声そのままで廃棄して大丈夫なのかな? お祓いとか、してもらわなくて平気? 怖くない?

 そんな事を口にしてみたら、和美ちゃんが唸った。私に言われて気付いたみたい。


「お祓いっていうと、神社かな?」

「お寺さんとか? 和美ちゃんの家って、付き合いのあるお寺さん、あったっけ?」

「お母さんに聞かないとわからないな……いっそこの辺りで大きめの神社探してみるか。……あ、でも今このスマホ、触りたくないよう」


 涙目になっているので、私のスマホで検索する事にした。画面を開こうとしたちょうどその時、着信が入る。


「うわ!! って、あれ? 家からだ」


 話していた内容が内容だから、ただの実家からの電話にもびっくりしてしまったよ。何か恥ずかしい。


「もしもし」

『ああ、美羽? お母さん』

「うん、どうしたの? こんな朝から」


 電話をかけてきたのは、母だった。滅多に電話なんかしない人なのに、どうしたんだろう?


『今大丈夫? 学校だったら後でかけ直すけど』

「平気。ちょっとあって、今近所の店だから」


 私は席から立って、店の入り口付近に移動した。ここは通話スペースがあるから、問題ないんだ。


『あんた、ちょっと家に帰ってこれない?』

「へ? どうしたの? 急に」


 ちょっとびっくりした。あの部屋にいたくなくて、家に帰ろうかな、なんて思っていたから余計に。

 まさか、こっちの状況が知れてるって事じゃないよね? うちの母に、そんな能力はないと思いたい。

 でも、返ってきた答えは予想以上に怖いものだった。


『何かね、おばあちゃんが美羽を家に戻せってきかないのよ。いちま様がお怒りだからって』

「え? いちま様が?」


 何という、恐ろしい答えか。あの部屋も怖いけど、家に帰っていちま様を前にするのも怖い。私的には、実は後者の方が怖さの度合いが大きいような……

 それにしても、何でいちま様が怒ってるんだろう?


「何でいちま様が怒ってるの?」

『お母さんじゃわからないわよ。おばあちゃんも、とにかく美羽を戻せとしか言わないし』


 うーん。でもどのみち、あの部屋にはもういたくない。となれば、一度は家に帰らなくてはならないんじゃないかな。今後の事も含めて。

 さっきまでは解決策が見つからなくておろおろしていたけど、母からの電話で何か道が見えてきた気がした。その先にいちま様がいるっていうのが、大いに気になるところだけど。


◆◆◆◆


 部屋を出る時に財布は持って出たので、そのまま家に帰る事にした。ついでだからと、和美ちゃんが付き合ってくれるらしい。

 電車に乗ってるだけとはいえ、道連れがいるのといないのとでは違うよね。何せ三時間弱かかるから。プチ旅行気分だよ。


「みいちゃん家に行くのも、久しぶりだね」

「そうだね。お正月とかは、伯父さんの家に集まるもんね」


 父方親族は割と近所に固まっているので、新年は祖母のいる伯父の家に集まるのだ。

 子供の頃は、年が近い従姉妹という事で、お互いの家に行き来していたけどね。さすがに中学高校になると、回数自体減ったなあ。

 一人暮らしの部屋の最寄り駅から、電車を乗り継いで地元駅に到着したのはお昼を大分回った頃だ。最寄り駅を出発したのが、十一時近かったから、当然だった。

 お腹が空いていたので駅前で適当に食べ、歩いて家に向かう。地元駅から家まで、徒歩十分程度だ。


「この辺りの景色も、変わったなあ」


 和美ちゃんが周囲を見回しながらぽつりと言った。ずっと住んでると変化に気付きにくいけど、久しぶりに来るとまた違うんだろうね。

 そういえば、子供の頃遊んでいた公園の辺りも、木がなくなってすっきりしちゃったし、近くの小さな雑木林もなくなって家が建ってる。そりゃ変わるか。

 眠くなりそうないい天気の中、だらだら歩いて家に到着した。数ヶ月ぶりだけど、何だか懐かしい。


「ただいまー……って、うわあああああ!!!」


 玄関を開けたら、上がりかまちにいちま様が! 何という、嫌なお出迎え。

 私の悲鳴を聞きつけたのか、奥から母が出てきた。


「何大声出して。あら、和美ちゃんも一緒だったの? いらっしゃい」

「あ、おばさん、お久しぶりです。お邪魔しまーす」


 ……どうして二人は目の前のいちま様をスルー出来るんだろう。いっそ、そのスルー能力がうらやましい。

 目の前に立っているいちま様は、大変ご立腹でいらっしゃる。人形だから変わる訳ないんだけど、仁王立ちしているように見えるんだよ……


「ほら、美羽も玄関に突っ立ってないで、早く上がりなさい」

「う、うん……」

「あ、いちま様も連れてきてね」


 やっぱり見えてはいるんだ。でも、いちま様が上がりかまちにでんと立っていても、不思議に思わないんだな……

 私は怖々、怒れるいちま様を抱き上げた。うう、肌越しにも怒りを感じる。言葉にするなら「よくものこのこと帰ってこれたわねえ?」って感じ?

 ここ、私の生まれ育った家なんだけどなあ。まあ、いちま様の方が長く住んでいるんだけどさ。

 私の家は、母の実家を建て替えたものだ。母方祖母との同居が決まった時に、建て替えたんだって。

 そして、いちま様は母方祖母が大事にしている人形だ。祖母が亡くなったら母が、母が亡くなったら私が受け継ぐ事になっている。

 母はいちま様が怖くないそうだけど、私は駄目。そんな私に受け継がれるよりは、いっそ兄のお嫁さんにでも継いでもらった方がいいんじゃないだろうか。兄、まだ独身だけど。彼女もいないみたいだけど。


 居間に行くと、おばあちゃんもいた。


「ただいま」

「お帰り。いちま様はこっちに」

「はい」


 私は抱いていたいちま様をおばあちゃんに渡す。途端にいちま様の怒りが解けて、穏やかな表情になるんだから凄い。

 全員が座ったところで、おばあちゃんが口を開いた。


「美羽、お前、何かおかしな事に巻き込まれているね?」


 どきっとした。ちらりと横目で和美ちゃんを確認すると、小さく首を横に振っている。彼女が話したんじゃないのか。

 そりゃ、あんなのどうやって説明するのよって感じだよね。まあ、今回は録音した音声データがあるから楽かもしれないけど、それだって作り物と言われればおしまいだし。

 私がどう言い出すべきか迷っていると、おばあちゃんは溜息を吐いた。


「全ていちま様がご存知ですよ」

「え? いちま様が? 何で?」

「何でって……いちま様は我が家の娘を護る守り神なんだから、当然でしょう?」


 いや、そんなさも当たり前のように言われても。隣の和美ちゃんなんか、首傾げてるよ。

 彼女は父方の従姉妹だから、いちま様の事は知らないんだよね。和美ちゃんが遊びに来る時は、いちま様はおばあちゃんの部屋から出さなかったし。

 ちなみに、普段は皆と一緒に居間にいます。誰もいない部屋に放置していると、怒り出すんだよね、いちま様って。

 そんな機嫌の直ったいちま様を抱いたおばあちゃんが、こっちを怖い顔で睨んできた。


「美羽、正直におっしゃい」

「う……その、実は……」


 おばあちゃんの迫力に負けて、私は一人暮らしの部屋であった事を最初から全部話す。もちろん、声の内容が聞き取れなかった事もちゃんと伝えた。

 和美ちゃんがスマホの音声を再生すると、部屋で聞いたのと同じ内容が流れ出る。さすがにお母さんもおばあちゃんも、眉をひそめている。


「美羽、これ、作り物なの?」

「ち、違うよ! 本当に今朝……じゃなくて、夕べ録音したものだよ! ねえ? 和美ちゃん」

「おばさん、私も保証します。誓って、作り物なんかじゃないです」

「大体、こんな気持ちの悪いもの、作ったりしないって」


 どんだけ趣味悪いと思われてるのよ。私達の様子に、お母さんはこれが本物だって納得してくれたみたい。


「おばあちゃんは、信じてくれるの?」

「当然でしょう。それが本物だという事は、いちま様が教えてくださいましたよ」


 ああ、そうですか……孫の言葉の前にいちま様ですか……。で、でもこれで信じてもらえるんだから、いい……のか?

 首を傾げる私の隣で、和美ちゃんが耳打ちしてきた。


「ねえ、みいちゃん。あのおばあさん、何を言っているのかよくわからないんだけど」


 ああ、そうか。和美ちゃんは父方の従姉妹だから、いちま様の事は知らないんだっけ。つい親戚だから、知ってるものと思って説明してなかったよ。


「おばあちゃんが抱いてる人形あるでしょ? いちま様って言ってね、うちの母方に伝わる人形なの。それが、家の娘を護る存在なんだって」

「へー。で? 今回の話とどう繋がるの?」

「え? だから、いちま様が私の状況を知って、おばあちゃんに教えたんだと思うよ?」

「え?」

「え?」


 何か、和美ちゃんがぽかんとしてる。そんな変な事、言ったかな? 顔を見合わせている私達に、横から母が口を挟んできた。


「美羽、それじゃ和美ちゃんが混乱するわよ。和美ちゃん、信じられないかもしれないけど、いちま様は我が家の長女を護ってくれるお人形なの。それこそあらゆる厄災から、ね。今回の……その変な声? の事からも、きっと護ってくれるわ」


 鷹揚に笑う母に、和美ちゃんは半信半疑だ。考えてみたら、和美ちゃんがいちま様を見るのは、今日が初めてだもんね。信じられなくて当然か。

 だからいちま様、そんな怖い顔でこっちを睨まないでください。

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