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三話

 日々はあっという間に過ぎていく。光陰矢のごとしとはまったくだ。

 新しい環境にも慣れ、大分周囲との繋がりも出来、私の生活は順風満帆といったところ。

 一つだけ、例の「声」を除けば。


 あのぼそぼそ声は、今も時折聞こえてくる。声のする夜は決まって寝られないので寝不足に陥るが、今のところ実害と呼べるものはそれくらいなんだよね。

 だからもう考えずに放っておく事にした。あれこれ突き詰めても怖いだけだし。

 昔、「怖いと思うから怖いんだ。怖い元の事を考えないようにすれば怖くない」っておばあちゃんに言われた事がある。あの頃の怖い代表はいちま様だったんだけどね……

 なので、言われた後からはなるべくいちま様を視界に入れないようにした。そうしたら怖くなくなったので、あのぼそぼそ声も「こういう雑音なんだ」と思えば怖くない。

 だって、物が落ちてくるとかお化けが見えるとかはないんだもん。寝不足は辛いけど、わかっていれば何とか対処の仕方もある。

 そういえば、あの声ってバイトの日には聞こえないんだよなあ。何か関係があるのかしら。


「なあに、みいちゃんその顔」

「えー? 顔は生まれつきなんだけど」

「そうじゃなくて、酷い顔してるっての。具合悪いの?」


 学校からの帰り道、偶然和美ちゃんと会ったので、バイト先まで一緒に行く事になったのだ。和美ちゃんは、お客さんとして店に行く気みたい。

 彼女が言った「酷い顔」っていうのは、寝不足のせいだな。


「実はちょっと寝不足で」

「夜更かしして何していたのよ」

「いや、したくてした訳じゃなくてさ……」


 私は和美ちゃんに、例のぼそぼそ声の事を話した。最初はふんふんと言いながら聞いていた彼女は、次第に眉間に皺を寄せる。


「って訳。……和美ちゃん? 顔が怖いよ?」

「ほっとけ。じゃなくて、みいちゃん、それ、放っておいたらやばいヤツなんじゃないの?」

「へ? それって?」

「その声が聞こえるってヤツよ」


 和美ちゃんの言葉に、いつぞや学校で仲間から聞いた話を思い出した。確か、事故物件がどうのって……


「か、和美ちゃん、私が住んでる部屋って、事故物件なの?」

「いや、それは私にもわからないけど……。大体、変な声が聞こえたからって、即事故物件って訳でもないでしょう?」

「でもでも、学校であの部屋の家賃、おかしいって言われたよ? 安すぎるって。相場はもっと高いって」

「それ本当? うーん……こういうのって、誰かに相談とか出来ないのかな……」


 二人でどんよりとしている間に、バイト先の店に到着した。二人して暗い表情でいるのに気付いたマスターにどうしたのか聞かれたけど、さすがに住んでる部屋が事故物件かも、とは言えないよね……

 気分を切り替えて、お仕事お仕事。


「いらっしゃいませー」


 空元気も元気のうち。そう思って、いつもより挨拶の声を大きめに出す。来店した常連さんは、あのカウンターにいた若い女性だ。

 そういえば、この人も妙な事言ってなかったっけ? 一度実家に帰ればわかるとかなんとか。

 思わずその時の事を思いだして、常連さんを見つめてしまった。


「? 何か?」

「あ、いえ……あ、ご、ご注文はお決まり……じゃない、ですよね……」


 まだメニューも開いてないよ。カウンターに座ったからお冷やはマスターが出したし、彼女と和美ちゃんしかお客さんがいないので、私は厨房の定位置に腰を下ろした。

 実家かあ……。なんだかんだで一人暮らし初めてそろそろ三ヶ月、一度も帰ってないっけ。でも、普通夏休みとかの長期休暇でしか帰らないよね? ゴールデンウィークはバイトのシフトを多めに入れてもらったし。

 それに、実家には「あの」いちま様がいるのだ。どうしてだかわからないけど、帰ったら凄く怒られる気がする。

 というか、今もう既に怒ってる気がするのは、何故だろう?


◆◆◆◆


 とりあえず、翌日に和美ちゃんが泊まりに来る事になった。例の声が気になるらしい。

 本当は今夜泊まるって言っていたんだけど、バイトの日は声が聞こえないって言ったら、首を傾げながらも自分の部屋に帰っていった。


 開けて翌日、学校から帰ったら既にドアの前に和美ちゃんがいた。セキュリティ、どうやって突破したの?


「入る人がいたから、ついでに入ってきちゃった」

「駄目でしょう、それ」

「いいじゃん、よくある事よ」


 そう言うと、和美ちゃんは勝手知ったる他人の家とばかりにずかずか入っていった。いや、いいんだけどね。

 ところで、その大荷物は何なの?


「まだ客用布団がないかと思って、寝袋持参してきたよ」

「確かにないけど……そういや用意するの忘れてた」

「そんな事だろうと思った」

「それはいいんだけど、よく持ってたね。寝袋なんて。和美ちゃん、アウトドアってやる人だったっけ?」

「ううん? これはうちのお姉ちゃんに借りてきた」

「ああ、郁ちゃんのなんだ」


 和美ちゃんのお姉ちゃんである郁ちゃんは、山登りが趣味の人だ。大学でも登山部に所属していて、そこで出来た彼氏と来年結婚する予定だという。

 郁ちゃんなら、寝袋の一つや二つ、持っていても不思議はないね。


 夕食を食べてテレビを見ながらおしゃべりをし、夜の十一時を回った辺りで寝る事になった。何か、すっかりただのお泊まり会になってるよ。


「スマホをセットして……っと。これでよし! 本当はちゃんとしたマイクとレコーダーが欲しかったんだけど、持ってる人が周りにいなかったんだー」


 どうやら、和美ちゃんは例のぼそぼそ声を録音するつもりらしいのだ。結構小さい声なのに、スマホの録音アプリで録れるのかなあ……

 何でわざわざそんな事をと、思わないでもないんだけどね。でも、録音されていた音が大した事なければ、それはそれで安心出来るじゃないかというのだ和美ちゃんの意見だ。


「とにかく、やばそうならお金かかっても引っ越ししなよ?」

「う、うん」


 問題は、その引っ越し資金を家が出してくれるかどうか、だ。さすがにバイト初めてまだ数ヶ月の身では、資金全額出すのは無理だ。生活費もバイト代から出してるしね。

 まあ、本当にヤバそうならおばあちゃんに相談して、お金出してもらおう。母方のおばあちゃんは、孫の中でも私に一番甘いと言われている。多分だけど、いちま様を受け継ぐのが私だからじゃないかな。

 何故かいちま様って、長女が受け継ぐって事になってるそうだから。やっぱり、怖いとは言えお人形だから男じゃなく女が継ぐのかな?

 とりあえず、準備は終わったから後は寝るだけだ。でも、この部屋に人が泊まるのは初めてだから、例の声が聞こえてくるかどうかわからない。

 いつもなら、寝入る頃から聞こえてくるんだけどなあ。そう思っていたら、やっぱり聞こえてきた。

 隣にいる和美ちゃんに声を掛けようかと思ったけど、和美ちゃんからの反応がないから、既に寝入っているのかもしれない。そういや彼女は目をつぶったら即寝入るくらい寝付きがいい人だった。

 いつも通り聞こえるぼそぼそ声に、今夜も耳をそばだててみるけど、やっぱり何を言っているのかわからない。こういうのって、凄くイライラするよね。

 まあ、今回はスマホの録音アプリに録音されている事を祈ろう。そう思ったら、不思議といつものイライラが収まって、あくびが出てきた。

 このまま寝られそうだから、寝ちゃえ。


 翌朝、セットしたスマホのアラームで目が覚める。おお、例の声がした日にしては、ぐっすり眠れたよ。清々しい朝だなあ。

 和美ちゃんも起こそうかと思ったら、彼女は既に起きていたらしい。寝袋の中から声が聞こえてきた。


「おはよう、みいちゃん……。あのさ、昨日の事なんだけど……」

「ああ、例の声なら聞こえてきたね。でも和美ちゃん、すぐ寝ちゃったから聞いていないでしょう?」

「ううん……聞いた……」


 どうしたんだろう? いつもの和美ちゃんらしくない、歯切れの悪い言い方だ。

 何かを言いかけてやめるのを繰り返す和美ちゃんに、私は無言でその先を促した。

 ようやく意を決した和美ちゃんは、勢い込んで私に確認する。


「昨日の声だけど!」

「うん」

「内容はやっぱり聞き取れなかった……の?」

「うん、いつも通りね」

「そう……」


 それだけ言うと、和美ちゃんはスマホをいじって夕べの録音を再生し始めた。雑音が入っているなと思ったけど、すぐに聞こえてきた音声に私は息をのんだ。


『死んじゃいなよ』

『いつまで生きてるの?』

『死にたいんでしょ?』

『死んじゃえよ』

『死ね』

『死ーね』

『死ーーねーー』


 そこまでで、和美ちゃんは再生を止めた。見合わせた彼女の顔は青かったけど、私も同じだっただろう。

 一拍置いて、私達は同時に悲鳴を上げた。

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