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一話

 いちま様。それは、私、下村美羽の家にある市松人形の呼び名だ。そのまんまじゃないかと思ったものだけど、下手に名前を付けるのはよくない、というのが人形の最初の持ち主である、母方の曾祖母の言葉らしい。

 曾祖母から祖母へ、祖母から母へと受け渡されたこの人形だけど、実は私は苦手。小さい頃からこの「いちま様」が怖くて怖くて、一頃など見ただけで泣いていたらしい。祖母も母も、未だに笑い話として私に聞かせてくる。

 そんな私の思いがいちま様に通じてしまったのか、向こうも私を嫌っているみたい。人形に感情なんてある訳ないだろうと言うけど、あるんだよ。

 じっと見てると、実に嫌そうな顔をしてくる。いつまでも見てるんじゃないわよ、と言わんばかりだ。だから私は余計にいちま様が苦手になるという悪循環。

 だというのに、我が家には娘は私だけなので、いずれいちま様は私が受け継ぐ事になっているのだ。てっきりいちま様が嫌がって、その話は流れるかと思ったのに、我が家からいちま様の姿がなくなる日はなかった。

 何と、その前に私が家から出る事になったんだよね……。

 いや、別に悪い事ではなくて、大学に合格したからなんだ。家から通うのは遠いので、念願の一人暮らしをする事になったという訳。さすがに片道三時間かけて通学するのは無理だからね。県をまたぐし。

 親は渋っていたけど、受験に受かったのを前面に押し出して説得したよ。家賃やら学費は出してもらうが、生活費はバイトして稼ぐって事で何とか許可をもぎ取ったのだ。

 最初は大学の寮か女子学生会館を、と言われたけど、それだと自由に出来ないから、普通のアパートを探した。いやあ、部屋探しなんて初めてだったから色々わからなくて大変だったわ。

 幸い、つきあってくれた一人暮らしの先輩である、父方従姉妹の和美ちゃんのおかげで何とかなった。彼女が紹介してくれた不動産屋にいい人がいて、あれこれ教えてくれたから助かったよ。

 それで見つけたのが、築十五年の単身者用マンション。アパートじゃないんだって思っていたら、女性の一人暮らしだからセキュリティを気にした方がいいって和美ちゃんにも不動産屋の人に言われたんだよね。

 これだけでも、彼女につきあってもらった甲斐があった。私一人じゃそういう問題があるって、わからなかったもん。

 正直、家賃の予算を超えるんじゃないかと心配したんだけど、駅から徒歩二十分かかるせいか、思っていたよりも安く上がったしね。良かった良かった。

 引っ越し作業は、兄と母方従兄弟のさとる君が手伝ってくれたので業者を入れていない。実家から持ってきた荷物はワンボックスカーに収まる程度だったしなあ。

 他に必要な家具や家電なんかは、和美ちゃんが一緒になって集めてくれた。リサイクルショップをこういう風に使うとは、思ってもみなかったけど。おかげでこちらも安く上がったから、助かったわー。

 荷物整理が一段落ついてから、お礼代わりに三人を連れて近所のファミレスで夕飯を食べた。もちろん、私のおごり。お礼だからね。

 店から一度皆で部屋に戻り、そこから三人は帰る事になっている。玄関で見送る私に、和美ちゃんが振り返って笑った。


「今日から一人だねー。怖くない? 泊まっていってあげようか?」


 二つ上のせいか、彼女は私の事をいつまでも私を子供扱いするところがある。今もそうだ。


「大丈夫だよ。子供じゃないんだし。今日はありがとう」

「どういたしましてー。こっちも何かあったら手伝ってねー」

「うん、もちろん」


 笑いながらそう言うと、和美ちゃんは兄達と一緒に車で帰っていった。さっきまで四人でいた部屋は、私一人になると急に広く静かに感じる。

 でも、これでやっと一人の時間が持てるんだ。寂しいとか感じる前に、嬉しさの方が先に立った。

 手伝ってもらったおかげで、荷物も粗方整理し終わっているから、後はお風呂入って寝るだけだ。


 寝ている最中に、ふとした事で目を覚ます事ってあると思うんだけど、今夜の私はまさにそれだった。

 引っ越し作業で疲れていたからすぐに寝入ったと思ったのに、以外にも夜中らしき時間帯に目が覚めたのだ。側に置いてあるスマホで時間を確認すると、夜中の二時少し前。

 起きるにはまだまだ早い時間だから、もう一回寝ようと寝返りを打つと、耳に何やら音が入ってきた。

 はっきりと聞き取れないくらいの音量の、人の話し声。その程度、無視して寝られると思ったんだけど、これがどうにも気になって眠れない。

 じゃあ、逆に何を話しているのか聞き取ってやろうと耳を澄ませても、話しているという事はわかるのに、その内容がまるで聞き取れない。

 何だろう、もの凄く苛つく。


「むう……」


 何言ってるかわからないから、余計に気になる。なら、いっそしっかり聞き取った方がいいかと思って起き上がった。壁に耳を当ててみたけど、やっぱりぼそぼそ言っているのはわかっても、内容は聞き取れないままだ。

 しばらくそうしていたら、これって盗聴になるんじゃね? と気付いたのでやめた。端から見たら変質者だよね。いや、部屋の中だから見られたら違う意味でやばいけど。


 結局、その日は明け方近くまでぼそぼそという声が聞こえてきて、結果寝不足になった……頭痛い。


 ◆◆◆◆


 例のぼそぼそ声は、不定期に繰り返された。また聞こえる日に限って起きちゃうんだよねえ……いっそ、肉体労働系のバイトでも探すか。

 学校の方はまだ入学して一週間程度なので、慣れたという程ではない。まあ、やっと周囲を見回す余裕が少しは出てきたかな? という程度。

 そんな私が次にするべきは、バイト探してである。生活費は、自分で稼ぐって親に言っちゃったからね。

 二、三ヶ月くらいなら食べるに困らない程度はあるんだけど、そこを越えたらやばい。その前に、何とか見つけないと。

 スマホやら何やらで探してるんだけど、どうも「これ」っていうのが見つからない。


「はあ……」

「なあに? いきなり溜息なんか吐いて」


 今日は和美ちゃんの部屋にお泊まりに来た。彼女のマンションは私の部屋から駅で三つ離れている。駅から近くて綺麗なマンションだ。

 私は行儀悪く、テーブルの上に顎を乗せてぼやいた。


「バイトが見つからなくてさあ……」

「えり好みしてるんじゃないの?」

「いや、きちんと選べって言ったの、和美ちゃんじゃん……」


 ちゃんと選ばないと、後で後悔するよと言ったのは、他ならぬ目の前の彼女なのに。私がじと目で睨むと、そうだったっけ? ととぼけるし。


「最近はブラックバイトなんてものまであるんだから、気を付けろって言ったじゃん!」

「あー、そうだった。みいちゃんだと、簡単にそういうのにひっかかりそうだったからさあ」

「むきー!!」


 余談だけど、美羽という名前から親戚内や幼馴染みなんかからは「みいちゃん」と呼ばれている。小さい頃ならいざ知らず、今はとてもそんな呼び名が似合いそうなかわいさはないんだけどね……

 髪は染めてない黒、真っ直ぐストレートは和美ちゃんに言わせるとうらやましいそう。中学からかけ始めた眼鏡は、乱視が強すぎてコンタクトも視力矯正手術もままならない程。

 髪だって、和美ちゃんのふわふわヘアの方がうらやましいのに。そんな和美ちゃんは、私の目の前でスマホをいじっている。

 いくら仲のいい従姉妹の前だからって、ちょっと失礼じゃないの? そう言おうとした矢先、和美ちゃんが画面から顔を上げた。そこには、にやーっとした笑顔がある。……何か、嫌な予感。


「ど、どうしたの?」

「ねえ、みいちゃん。バイト、探しているんだよね?」

「え? う、うん。さっきそう言ったじゃない」


 どうしてそんな妙な笑みを浮かべて、わかりきった事を確認してくるんだろう。

 訝しむ私に向かって、和美ちゃんはスマホ画面を向けてきた。


「じゃーん! 知り合いの店なんだけど、今人手が足りなくてバイト探してるんだよねー。みいちゃんさえ良ければ、明日にでも面接どうかってさ」

「本当に!?」

「本当本当。ちなみに、私的にとてもおすすめのバイト先だよ」


 って事は、間違ってもブラックバイトじゃないって事だよね? やったー! ありがとう和美ちゃん、愛してる!!

 そう言って抱きつこうとしたら、躱された。ちぇー。

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