第九十一話 進まない対話
複雑な胸のうちを抱えるイーナを前に、まずは打ち解けて信頼を勝ち取らないとイーナから救いを求める手を伸ばす事は無理だろうと、そうサイリールは判断した。
一応最終手段も考えてはいるが、危険なので出来れば避けたい。
だけど、どうにもならない場合はセイに協力を求めないといけないだろう。
だが、まずは会話をしてイーナと打ち解けよう。
「ねぇイーナ、少しお話しをしようか」
「うん!いいよ!」
そうしてイーナと対話を重ね始めた。
対話を重ねて分かったのは、イーナ自身が封印している記憶に少しでも関連していそうな話しを彼がすると、まったくと言っていい程彼女との会話がかみ合わなくなる。
しかしそれをイーナ自身は少しも違和感を覚えていないのだ。
むしろこちらが戸惑うとイーナは首を傾げて不思議がるのだ。
どうもイーナの都合に悪い会話はイーナにはまったく違った内容で聞こえているらしい。
これは困った。
それでもなんとか封印された記憶に関連しないような会話を心がけて対話を続ける。
どのくらい経っただろうか、もう1日経った気もするが、実際外ではまだ10分くらいだろう。
精神世界というのは時間の概念があやふやになってしまうようだ。
しかしかなり心を許してくれたのだが、未だイーナの手は自分の足を抱え込み、動く気配はない。
それに、封印された記憶に関連しそうな内容は一切受け付けない。
外の世界で5時間、この精神世界では1ヶ月、対話を続けてみよう。
それでダメだったらセイに協力してもらうしかない。
「イーナ、少しだけ待っててくれるかい?すぐに戻ってくるから。」
「うん、待ってる。」
ニコニコと笑顔で見送ってくれた。
一旦イーナとの意識の繋がりをはずした。
「ふぅ……、中々に大変かもしれない。」
彼の目の前には虚ろな目でどこを見るでもなくベッドで横になっているイーナがいる。
そんなイーナの頭を優しく撫でてから彼は扉の向こうにいるセイに声をかけにいった。
扉をあけると、部屋の中央でフォウと何かをしているようだった。
「おお、フォウすげーな!じゃあなー、つぎはこれ!これはいくつだ?」
「・・・ぴぃ」
「おお、せいかい!」
「わー、セイにーちゃん、フォウすごいね!」
どうやら数当てをしているようだ。
フォウの前には様々な物が転がっている。
フォウは口に加えた棒で砂板に数字を書いているようだ。
サーシャとファニーの勉強を見ていたからだろうか、簡単な数字や単語を覚えているようだ。
本当に賢いものだ。
砂板というのは、貧しい者が使う筆記用具のようなもので、粘度の高い草の汁を砂と灰に混ぜ、それを板に塗りつけたものである。
灰を混ぜる事で砂が黒くなり文字を書いた時に板の色がよく見えるので、文字などが見やすくなるのだ。
その草自体はどこにでもよく生えているので貧しい者を中心に広まった用具である。
難点といえば、草の汁だけあって1日もすると乾燥してしまうことだろうか。
砂板に細い棒などを使って文字を書き込むのだが、粘度の高い汁と混ぜているおかげで砂が落ちる事もサラサラと動くこともなく文字が刻めるのだ。
もちろん棒自体にも砂がつくので書いた文字を見やすいとは言い難いが。
ただ、基本的には貧しい者はあまり学がないのでどちらかというと子供の遊び用具に使われている事がほとんどである。
とはいえ、セイ達に関しては多少学んではいるようだ。
学ばないと、町の案内なども難しかったのだろう。
後々聞いた事だが、教会でシスターが教えているのを覗き見して覚えたらしい。
それを弟達にも教えたそうだ。
セイは命がかかっていたから必死だったからとそう言っていた。
だがそうは言ってもやはりセイは元々賢い素養はあったのだろう。
「セイ、少しいいかい?」
「あ、にーちゃん!いいぜ!」
そう言ってセイは立ち上がりこちらに来た。
セイを部屋の中へと入れ、現状を簡単に伝えた。
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