第三十六話 少女の名前
居間へ戻ったサイリールに、エルが紅茶を淹れなおしながら訊ねた。
「マスター、あの子のお洋服などはどうなされますか?」
「ああ、そうか。つくらないとだね。おんなのこのふくか」
「はい。あの子はとてもかわいらしいので、フリルがたくさんついたお洋服もとてもお似合いになると思います」
エルが機嫌よさげに話す。
「そういえば、あの子のお名前はなんと言うのでしょう?」
「ああ、ごはんたべたらすぐねちゃってまだきいてないな」
「左様でございましたか。ではあの子が起きられましたら聞いてみましょう」
闇の力で覗くという事もできたが、アソートにやむを得ない場合以外は出来るだけ使わないようにしようと言われ、それからはむやみやたらに使わないようにしている。
と言っても、武器の扱いや戦闘方法などの情報は欲しいので、今は記憶すべてを覗くのではなく、欲しい情報だけ抜き出せないかと試行錯誤している所ではある。
確かに闇を使えば相手の記憶すべてを見れる、しかしそうすると人間のする、お互いを分かり合っていくという過程が出来なくなる。
それは、やはりつまらない事だ。
お互い分からないからこそ分かり合っていきたいと、会話を重ねるのだ。
だからサイリールはやむを得ない場合以外は、そう簡単に闇で覗く事はしなくなった。
そうしてサイリールは紅茶を飲み干し、エルに朝日が昇る前に起きてくると伝え、自らの部屋へと戻っていった。
エルはそのままファニーの様子を見つつ、刺繍をはじめた。
刺繍はかつてエルの記憶の元となったエリルが好んでやっていた趣味だった。
それをそのままエルは自分の趣味としたのだ。
サイリールにお願いして布や糸などを作ってもらったので暇を見つけては楽しんでいた。
翌朝早くに、少女が目を覚ました。
その日ばかりはアソートは眠らずにずっと傍にいて時折うなされる少女の頭をなでていた。
「ああ……う……」
「おはよう。起きた?痛い所とかはないかい?」
「ぁ……ごめんなさい。ごめんなさい。ぶたないで」
少女は突然聞こえた声に驚き、頭を抱え震えながらかすれた声を必死に出して謝っていた。
アソートは痛々しく思いつつも笑顔で少女を安心させる為に声をかけた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ここには君をぶったりする人はいないから。安心して、大丈夫だから」
そう声をかけながらアソートは少女の髪をそっとなでる。
しばらく大丈夫と声をかけながらなでていると少女が落ち着いてきた。
頭を抱えていた手をわずかにずらし、アソートを涙目で見ながらかすれる声で聞いてきた。
「ほんと?いたいことしない?いいこにするよ」
「ほんとだよ。痛い事は絶対しないよ」
アソートの言葉に安心したのか頭を抱えていた手をおろし、目をゴシゴシとこすり、ニパっと笑顔を浮かべる。
そんな少女を見てアソートも笑顔を浮かべる。
「ねぇ、君の名前は?ボクはアソートって言うんだ」
「あそーと!あのね、いちばんはね、いちばんっていうんだよ」
「いちばん……?それが名前なのかい?」
「うん!あのね、いちばんできそこないだからいちばんだって」
少女の言葉を聞いてアソートの顔が歪んだ。
「どうしたの?いたいの?」
心配気に覗き込んでくる少女をアソートはそっと抱き寄せ、頭を優しくなでる。
「大丈夫、大丈夫だよ。なんでもないよ」
いきなり抱きしめられたので最初は少し体を硬くしていたが、撫でられたのが嬉しかったのかもじもじとしつつも少女もアソートの服の端をそっと握った。
しばらく少女の頭をなでて気持ちが落ち着いた頃に、居間で家族が待ってるから一緒に行こうと少女に手を差し出した。
よくわかっていないようで、アソートの差し出した手を見て首を傾げていた。
そんな様子に、少しの悲しみを覚えつつ差し出した手を引っ込め、ゆっくりと歩けない少女をアソートは抱え上げた。
少女に自分の首に手を回させて落ちないようにしがみつかせる。
こんな風に抱き上げられた事がなかった少女は恐怖で身を硬くした。
それを感じたアソートは落としたりしないから大丈夫だよ、と抱きしめるようにしながら居間へと向かった。
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