第二十六話 日常
その日、サイリールは悩んでいた。
彼女の、亡くなったメイドの記憶を見てしまったせいか、それとも……ファニーを手放したくないせいか。
赤子を連れての旅を出来ると確信出来る力は手に入れられた。
母親からの最後の願いもある。
だけど、それでも、ファニーと一緒にいたい。
だが、ファニーは人間だ。彼は、人間ではない。
ファニーの事を考えるならば、人間の世界へ戻すべきだ。
こんな自分といるより、きっと幸せになれるだろう。
だって、父親がいるのだ。
血の繋がった、父親が。
だけど……でも……あと少し……あと少しだけ一緒に……。
そんな風に毎日毎日悩んでいた。
気づけば、1年が経っていた。
このままではいけない、帰さないと。
だけど、ファニーが笑顔を向けてくれるたびに、もう少し、そう思ってしまう。
後ろ暗くある彼は時々町へ行っては、ベイトリール地方や、サイドス家について調べていた。
分かった事といえば、ベイトリール地方が、ここから馬車で数ヶ月かかる場所である事、サイドス家はその地方を治めている領主一族である事。
現当主の人柄は評判が良い事、だが忙しく年の大半をこの国の首都で過ごし、家にはあまりいないらしい。
そして、1年ほど前に出産の為実家に帰っていた第三夫人が帰宅途中に失踪した事、当時この付近には山賊がいたので、もしかしたらその夫人は山賊に捕まったか、殺されたのでは……などの情報や噂は手に入れていた。
だが、それ以上の情報はもう手に入らなかった。
最近はもうあまり調べる事もせず、ファニーが喜びそうな物や、珍しそうな食べ物や調味料を見つけたら買って帰る事をしているだけであった。
お金に関しては、以前壊滅させた山賊の塒から、金貨だけを貰っていたので困りはしなかった。
これも、アソートの助言である。
金貨はきっと後々必要になる事、その他宝飾品は換金が大変なのときっと町が押収するからとらない方がいい事、そのとおりになったので彼はアソートには感謝していた。
「ただいま」
彼が帰宅すると、小さな足音が近づいてきていた。
アソートに手を繋がれトテトテと歩いてくるのはファニーだった。
「おかえり、サイリール」
「あー!おかー!」
手を彼に伸ばしているファニーを見て笑顔になる。
「ただいま、ファニー。いいこにしてたかい」
そう言ってファニーを抱き上げる。
彼に抱き上げられて嬉しいのか、ファニーは満面の笑顔で声をあげた。
「きゃー!いーこ!」
「ファニーはサイリールが大好きだねぇ。あはは」
あれからアソートには家の一室を彼の部屋としてもらって一緒に住んでもらっていた。
アソートも住まわせてくれて嬉しいと言って感謝していた。
サイリールと一緒に時々アソートも人間の町へと遊びにいったりしていたが、美形揃いで来る為、町の女性からは熱い視線を送られている。
アソートはたまに男からも熱い視線をもらってはいるが。
一度、サイリールから少し離れて一人でいた時、男に路地裏に連れ込まれ危うく貞操を奪われそうになった事もあった。
サイリールがすぐに気づいて助けてくれたが、あれ以来アソートは町へ行ってもサイリールの傍をけして離れなかった。
最初はずっと裾を掴んでいたので、それがまた女性陣にはかわいいと黄色い悲鳴をあげさせる事にはなっていた。
「お帰りなさいませ、マスター。まもなくお昼が出来ますよ」
「うん。ただいま。そうか、ファニーおひるだよ。いっしょにたべようね」
「あー!おひうー!」
そうして全員で食堂へと移動していく。
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