第二話 小さな命
あれから何度か、彼の闇の世界へと足を踏み入れる動物はいた。
大体がその辺に生息する動物達だった。
それでもたまには人間も入ってきていた。
そんな時は彼はその人間に少しだけ触れ、知識をもらっていた。
声をかけたこともあった。
だけど大抵の人間は怯え、泣き叫ぶか武器を振り回した。
見た目がダメなんだろうか、と記憶にある知識から、人間が美しいと思う男の顔や見た目にしてみたが、闇の中では意味がなかった。
そのうち見た目の問題ではない事に気づき、やはり異形の存在だからかな、と思い彼は人間に声をかけるのをやめた。
ある日、小さな赤子を抱えた母親が闇に飛び込んできた。
突然周りが闇に包まれ、最初は怯えていた母親だったが、少しするとほっと息を吐き、その場に崩れ落ちた。
ふわりと母親に触れた彼は彼女の状況を把握した。
どうやら馬車で移動中に山賊に襲撃され、必死に逃げていたようだ。
しかし、最初の山賊の攻撃で母親は致命的な傷をおっていたようで段々と呼吸が浅くなっていっている。
まだ幼い赤子はスヤスヤと眠っていた。
彼はふと気まぐれに声をかけた。
「やぁ、だいじょうぶかい?ケガをしているようだが、そのきずはぼくにはなおせそうにないな」
急に声をかけられ、呼吸が浅くなっていた母親はひゅっと息を吸い込み子供を抱え込んでせわしなく視線を彷徨わせた。
「だいじょうぶだよ。ぼくはさんぞくじゃないから」
母親は一度子供をぎゅっと抱きしめると、何かを決心したのか、彼に声をかけた。
「どなたかは存じませんが……コホッ どうか……この子をベイトリール地方の……サイドス家まで……どうか……おねが…………」
母親はそこまで喋ったところでバタリと倒れ息を引き取った。
赤子を大事そうに抱えたまま。
彼は母親の願いを聞き困惑した。彼は闇から出たことがないのだ。
小さな赤子を母親の知識を貰い、覚束ない手つきで抱き上げた。
赤子は少しむずがったが、彼の手の中で大人しく眠っていた。
初めて、彼は直接生きた人間に触れた。
赤子は暖かくふわふわしていた。思考は明瞭なものではなく、感情が強かった。
だけど、彼に怯えなかった。彼はすごく不思議だった。
そして……嬉しいという感情がわきあがった。
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