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第百五話 解けた心

 そうしてかなりの時間がたった頃、ふいにセイが昨日の出来事について触れた。


「イーナ、きのうもらってあいつらにあげれなかったあまいパンあるだろ?」


 その言葉にサイリールはドキリとした。

 遂にきたと。

 そして彼は驚く事になる。


「……?あ……うん……」


 最初は何の事かと首を捻ったイーナだったが、何かを思い出したのか、重い口調ではあったが返事をしたのだ。

 これまでは決して受け入れなかった封印した記憶に関する内容を。

 とはいえ、すべて思い出した感じはしないが。


「あれな、イーナがなかよくしてたにーちゃんがさ、あらためてくれたんだ」

「ほんとに?」

「ほんとだぜ!でな、たくさんもらえたから、みんなにいっぽんずつあげれたんだぜ!」


 そう言ってセイはニカっと笑ってイーナを見た。

 イーナはわずかに震えながら、そのセイの笑顔に嬉しそうな笑みを返した。


「ちゃんとイーナのぶんもおいてあるぞ。おれ、イーナといっしょにたべようとおもってさ。まだくってねーんだ。へへ」


 少し照れたように笑うセイに、イーナは嬉しくて嬉しくて涙を浮かべた。


「セイにいちゃん、ありがとう。あたしうれしい」

「うん。はやくさ、ここでていっしょにパンたべようぜ?」


 そんな風に笑いながら言うセイにイーナは手を伸ばした。

 しかしセイに触れそうになった瞬間に、何かに引き戻されるようにイーナの手は再び自身の膝を抱えた。


 そんな自分自身の体の動きに驚き困惑するイーナ。

 セイはそれを見て一瞬悲しそうな顔をしたがすぐに笑顔へと切り替えた。


「まぁ、あわてなくていいとおもうぜ。ゆっくりいこう。おれはイーナのそばにいるからさ」

「うん……ごめんねセイにいちゃん……」

「きにすんなって!イーナにはイーナのペースってもんがあるだろ。おれはまつからさ。な!」


 そう言ってセイはイーナにニカっと笑いかけた。

 そんなセイの言葉と笑顔にイーナも薄っすらと頬を染めて頷いた。


 それから再びセイとイーナは他愛のない会話をすすめた。

 時折セイはあの時に関連する話しを交えたが、イーナは拒否する事もなく相槌を打っている。

 ただ、その話しになると、イーナの体がわずかに震えてはいた。


 これは時間がかかるかなとサイリールは考えた。

 しかし、意外とすぐにその時はやってきたのだ。


 それはセイが自分の過去を語った時の事だった。

 今まで家族には話したことがない、セイとラリーと、その母親の話し。


「ラリーはさ、おぼえてないとおもうんだ。まだあいつがちっちぇーころだから。たしか、おれが5さいで、ラリーは2さいかな」


 そんな幼い時の話し。

 当時、セイとラリーはそこまで飢えてはいなかった。

 一応とはいえ、母親はセイとラリーに食事を与えていたからだ。

 ただ、セイの母親は特に産みたくて産んだわけではなく、子供下しの薬を飲んだが下す事が出来ずに産んだだけであった。


 元々セイの母親は貧乏な家に生まれ、母親が年頃になる少し前くらいに親に強要されて体を売る商売をはじめ、そのままその仕事以外に出来る事が何もなかったので続けていたそうだ。

 その過程でセイとラリーが生まれた。


 セイもラリーも父親は知らず、またセイとラリーの父親は同じなのか違うのかすらも分からないそうだ。

 ただ髪の色や目の色の違いからきっと別だろうとは思っているようだ。

 確かに、セイは赤毛で目の色は濃い緑色をしているが、ラリーは淡い栗毛色で目は茶色だ。

 セイ達の母親はラリーと同じ淡い栗毛色の髪の毛で、目はセイと同じ濃い緑色だ。


 それでもセイ達は仲の良い兄弟であった。

 セイは弟をとてもかわいがっていたし、ラリーは兄にとても懐いていた。

 そんな二人に母親は愛情をそこまで示しはしなかったが、食事はそれなりに与えていた。

 ただ、セイが5歳、ラリーが2歳の時、突然母親が家に戻らなくなったのだ。

 今までも2日くらいなら家を空けたりはあったが、1週間も戻らないという事はなかった。


 母親が戻らなくなる前、家を出ていく時に、母親はいつもより多めにセイにお金を渡していた。

 1週間戻らなかった時、セイはそこで初めて、お金を多めに渡された意味を理解したのだ。


「ああ、おれ、すてられたんだなぁって。そのとき、はじめてくやしくてかなしくてないたんだ。でもさ、ラリーはまだ2さいだから、おれがまもってやらないといけないんだよ。だからそこからはひっしだった」


 そう言ったセイはどこか寂しげだった。


「だけど、おれもまだ5さいだったから、ほんとはまもってほしかったんだ。だれかにすがりたかったし、たよりたかった」


 だけど誰もセイ達を守ってはくれなかった。

 だから、セイはそんな弱い心はすべて押し込めて強くあらねばならなかった。


 そんなセイの弱気な部分や、本音、寂しい顔などをイーナは見た事などなかったのだろう。

 イーナはセイよりも傷ついた顔をしていた。

 そして、自然とセイの頭を抱きかかえていた。


「セイにいちゃん、いままでわかってあげれなくてごめんね、ずっとたよってばっかりでごめんね」


 そう言ってイーナはセイを抱きかかえたままぽろぽろと涙を流していた。

 しばらくその状態だったイーナがふと力が抜けたようにそのまま体勢を崩してセイの上に倒れこんだ。


 セイが慌ててイーナを抱きとめた。


 イーナは糸の切れた人形のように、深く、静かに眠っていた。


お読み頂きありがとうございます。


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