元異世界救世主の俺は平凡な学校生活を送りたい。
とある異世界。
終末とも謂われたその時代、世界を揺るがす大戦が勃発していた。
己の国力をひけらかすべく始められた小さな紛争が引き金となり、有能な魔導師達は兵器と化した。
その内に、その兵器は各々の魔力に惑わされ自我を失い、破壊による快楽に酔いしれてゆく。
目に付くもの全てが破壊と殺戮の対象となり血を啜り死肉を喰らえば暴走した魔力は更に増大していった。
国も街も壊滅状態。同様に人も多くが死んだ。
世界中に饐えた血や腐敗した肉の匂いが充満し、食料も無く餓死にするか残虐に殺されるのを待つか、判断力も無くなった只の生きる屍は絶望の元に瓦礫の下に隠れて暮らし、気が触れて暴徒と化した人間は獣の様に殺し喰らった。
神にも見放されたその世界を救い導いたのは、たった一人の老魔導師だった。
残虐の限りを尽くす者共からその魔力を全て奪い尽くし均衡を取り戻した。
色濃く充満した魔力により暗く覆われたその世界に光が戻ったその時……老魔導師は姿を消した。
その後、救世主の姿を見た者は一人としていない。
荒廃の中辛うじて生存した人の数は多くない。
それでも幾人かの者は、苦しみながらも生きる為に希望を見出していった。
まさに神の如く現れ忽然と姿を消したその老魔導師の名を知る術は既になく、渾名ノワールと呼ばれその世界における神として崇められ、その名は史実として刻まれた。
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時と場は変わり、ここは地球の現代日本
「やっべー! 遅刻する」
朝に弱く、遅刻常習の高校二年生、雨宮マサト。
先に異世界を救った救世主、その者の転生後の姿である。
若い時分より『変わり者』として生まれ育った村でも浮いていた彼は早々に世捨て人として、一人山の奥深くで過ごした老魔導師は、暴走した世界の危機に憂い、人を救う為にというよりは自然界に棲む動植物を救う為に禁忌とされる古代魔術を紐解いた。
そして、全ての魔力を吸収し、世界を救う代わりにその世界から魔法を奪い去ったのだった。
禁忌を冒した代償として、その身は内から朽ち果ててゆき時を待たずして消滅した。
長く孤独に生きた老人にとってその命もさして惜しくも無く、それなりに満足して死んだ彼は、その死後の天界にて出会った神からの労いの言葉もすんなり受け入れた。
禁忌と決めたのは神では無く人であった事も幸いし、生前の功績から願いを叶えると聞くと、咄嗟に「次は平和な世でただの一人の人間として暮らしたい」という願望を口にした。
そしてそれは見事に叶えられ、日本の一般家庭に生まれ育つ事となったのである。
神の誤算なのか意図的なのか、前世の記憶や異能力を持ったまま。
「確かに平和なのは間違いないけど、この学校って制度は厄介だな。なんで毎日決まった時間に行かなくてはいけないんだ」
前世では長らく気ままなスローライフを送っていた彼にとっては、時間の拘束が何よりも苦痛だった。
それに、老人だった頃は夜明けから起き出していたが、若い身体にはそれが出来ない。
それは若さだけが理由では無く、決まって毎日の様に夜更けまでテレビや読書やゲームに時間を取られているからだった。
そう。彼はこの現代日本の娯楽産業の餌食と化し、どっぷり嵌っていたのだった。
「はよ」
「おう。相変わらず眠そうだな、マサト。またゲームやってたのか?」
「いや、昨日はファミレスランキング見てた」
くわあ…と欠伸が漏らしながら机の上にバッグを放り投げ席に着く。
「なんだ、それなら俺の妹も昨日見てたな。でもそれならそんな寝不足にならねーだろ?」
「いや、その後ネットで各ファミレスを調べててな……」
「ああ。そういう事か。お前ムダに凝り性だもんな」
こいつは友人の山田太郎。
保育園からの腐れ縁だ。長くいるからウマも合って良く連んでいる。
始業時間ギリギリで到着したから、雑談もそこそこにすぐに担任教師が入って来た。
「お早う。みんな、朝のニュースを見た人は多いと思うんだけど、さっきまたアラームが鳴ったみたいなの。職員会議で、今日は危険だから避難の後、様子を見て帰宅して貰う事になりました。さ、皆んな準備して」
「えー。またかよ、ダリィ」
「何言ってんの? ラッキーじゃん。ゲーセン行こうぜ?」
「こわ〜い。ねぇ、日本ももうヤバイんじゃない?」
「あれっ私、鍵持ってきたっけ? 」
「無かったらウチに来ればいーよ」
「あ、あったあった。でも、ヒマだからそうしよっかな」
「うんうん。帰りたくさんお菓子買って行こうよ!」
「こらっ! 各自寄り道はせず真っ直ぐ帰りなさい! 先生達は見廻りしますからね!」
「「「「えぇーーーーーー?」」」」
……確かに平和だ。平和過ぎて皆、平和ボケをしている。
先ほど担任教師が言った事は、近隣国の暴走についてだ。
自国の権威をひけらかす為に最近はバンバンミサイルをぶっ放している。
先進各国からの圧力が更に火に油ってやつで、最近ではそりゃもう毎日の様に飛ばしている。
俺の住む地域は、海を隔てているとはいえ比較的近く、こういった事も既に日常に溶け込んだ出来事となっている。
何故ならこの国中の誰もがどうせ当たりっこないと舐めきっているからだ。
どんな災難も災害も本当に起こるまでは他人事っていうのはどこの世界でも共通かもしれないが。
だが、ミサイルで海が汚染されたり、魚が獲れなくなるのが心配だ。
この日本に生まれて良かった事の一つはメシの旨さが半端ないという事だ。
旨い魚もこの世に来て初めて食べた。生でも焼いても煮てもマジで旨い。
海と魚を汚す輩は、俺は断じて許さない。
何時もの様に簡単な避難と点呼が終わると、すぐに解散となった。
山田から家に誘われたが、後で行くと言い、人目を躱して誰もいない旧校舎に入ると瞬時に姿を消しながらテレポートを発動した。
目的地は問題のN国だ。
既に何度も行っているのでミサイル発射地点は全て把握済みだ。
おっと、今日は発射前には間に合わなかったみたいだ。
確かにあの方向は確実に日本だな。
先回りして、軌道を変えて大気圏に突入させた。
悪魔め、宇宙の藻屑となれ。
うむ。これでよかろう。
……まったくこんな物作る暇合ったら面白いゲームでも作れよな。
そういや先週末発売したあのゲーム、早速山田が買ったとか行ってたな。
さて用事も終わったし、さっさと行くか。
ガキの頃から自由に出入りしているが、山田の家は常に鍵が開いている。不用心なことこの上ない。
「よう」
「おい、TVみたか? ミサイルがいきなり方向変えて宇宙に飛んでったらしいぜ⁈」
居間にいた山田はTV画面を指差しながら「マジウケる」と誘い笑いで言ってきた。
「おお、いや見てなかったわ。凄いな」
「N国の奴ら逆にスゲーって喜んでるんじゃね?」
……それはあまりよろしくないな。
「それより荷物家に置きに帰ったんじゃねーの? 何で持ってるんだよ。どこ行ってたんだ?」
「あっ‼︎ ああ、忘れてた。まっそれよりゲームやろうぜ」
「お前、しっかりしてる様に見えて実は天然だよな」
山田は呆れた様に笑いながら立ち上がると、リモコンを取り画面を変えた。
バレる事はないはずだけど、少し焦った。
まったく平和ってのは最高だな。