鶏?それとも牛?いいえ、豚です
思わず飛び出た独り言にオーク達が気付いた様子はない。
オークは散策と言うよりもどこかへ向かっているようで、迷いの無い足取りで進んでいる。
「後を付けるべきか……」
少しばかり逡巡する。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」
リスクは高いが動けるのが自分しかない以上、ダンジョン周辺については知っておかなければ危険だと判断した。
漢のバイブルよろしく、コマンドー張りに土を体に塗りたくり、両手に木の枝を握り締めると風下を維持しながらぷるんぷるんと揺れる薄汚れた尻を眺め続ける。
「見ててよかったぜ、サンキューコマンドー」
しばらくオークの尻を追っかけ回していると、奴等は森の中の窪地へと足を踏み入れて行った。
その窪地からはブヒブヒと多くの鳴き声が聞こえ、そこがオーク達の住処なのだと嫌でもわかる。
中を覗けば、驚いた事にオーク達は確りとした社会を形成している。想像以上にオーク達の知能が高い事が窺えた。
窪地は整地こそされていないものの不恰好なログハウス数軒建っており、20~30匹は居る。
「これはこれは…取り合えず鑑定しておくか」
そこに居たオークの種類は想像を越えていた。
名前:無し
種族:オークブレイブ
ランク:ランクD
名前:無し
種族:オークソードハンター
ランク:C
名前:無し
種族:オークアーチャー
ランク:C
名前:無し
種族:オークランサー
ランク:C
名前:無し
種族:オークグロッキー
ランク:E
名前:無し
種族:ハイオーク
ランク:B
「弱体化してる謎の奴も居るけど、オークめちゃ強っ!」
先程の3匹は通常のオークだったが、これだけ強いオークが居るのに弱い奴が外を歩く理由は少ししかない。
弱いが故に雑用を言いつけられていたか、あるいは進化するため狩りに出ていたかだろう。
ともあれ事前に脅威を知る事が出来たのは大きな収穫だった。
現状倒すことは不可能だし、下手に刺激すればこちらがやられるのは明白。
何とかしてWPに出来ないものかと考えたが1匹にしても戦力差は歴然。
正面からぶつかろうが、闇討ちしようが反撃されれば即終了だ。
「悔しいが、ここは撤退しかない」
匍匐状態で後ろに下がった時だった。
――ジャリッ
「……ジャリ?」
嫌な予感が頭を過ぎり、油の切れかけたブリキ人形のように固まった首を捻り、振り向く。
そこには厳しい顔をした豚がこちらを睨みつけていた。
「ピギィィィィィ!」
そいつは目が合うと、涎と鼻水を撒き散らしながら甲高い咆哮を上げた。
「ひえええええ!」
伏せていた体を反射的に起こし、脇を抜けると脱兎の如く逃げ出した。
硬直せずに動いた体を褒めてやりたい気分だが、それは後だ。
「はぁ、はぁ……! ひいいいい」
上がりかける息の合間にチラッと振り返れば案の定、弛んだ腹を揺らしてオークが後をつけて来ていた。
だが驚くべきはその数。どこから増えたのか、1匹は3匹に、3匹が6匹にと増えていく。
「う、嘘だろっ!?」
またこのパターンかよ!
この森の生物は増殖でもするのかと疑いたくなる連携の良さだと思うが、狼は群れを作るし豚は学習能力が高い生き物だと聞いた事がある。
それが家を建て、コミュニティを作っているのならば当然これも予測の範囲内だが……
「予測できるからって回避できると思うなよー!」
叫んだ事で更に息が上がり、胸が苦しくなる。
唯一の救いは狼のように俊敏ではなく、追いつかれる心配が無い事……
一つの閃きに、再度後ろを振り向けばオーク達は疲れてへばっている者、未だ元気に俺の尻を追い掛け回している者など当然ながらそれぞれ体力差が明確に出ている。
幸いな事にあの住処で見たハイオーク種は見受けられない。
「はぁ、はぁ……! い、いや! これはチャンスかも知れない」
あの場で襲撃する事は出来なかったが移動速度や体重を考えれば可能性はある。
訓練されているようだったし、強そうだったので頭から除外していたが固くなった思考は反省しなければならない。
「いけるか? 行くしかない! そうと決まればもっと引っ掻き回してやる。……はぁ、はぁ」
希望が見えた途端に体は元気を取り戻した。
体力を温存するために、全速力疾走からジョグに切り替えて呼吸を整える。
少し走っては背後を確認し、間隔を保ちつつ走り難い森の中を走駆する。
『マ……タ……』
森の中を適当に走り回りしばらくした時、愛しのコアさんから途切れた念話が届く。
「き、きこ、聞こえてるよっ! 今、尻狙われてるからっ!」
『……い?』
「オーク達の集落を見つけたんだけどっ! 見つかっちゃってね。はぁはぁ…! し、尻を狙って大量の、オークがっ!」
苦しい状態だ。
酸素が頭に回っておらず、何を言っているか既に自分でもわかっていないが、だからと言ってここで説明を怠れば混乱を招く可能性があるので説明を省くことは出来なかった。
『何をなされているのですか』
呆れたような念話を送るコアさんだが、これが成功すれば結構な額が入ってくるはず。
このビッグウェーブを逃す手は無い。
「作戦Vだよ!」
『知りません』
それはそうだ。作戦VのVとはバキュームの意味であり、先程考えついたのだから知っていたらむしろ怖い。
「細かい指示は現場で直接指揮するからっ」
『畏まりました』
じれったくなったわけじゃない。
現状口で説明するのは得策ではないと判断した結果だった。
念話は既に感度良好。
落とし穴の入り口は巧妙に隠されており、俺では見分けが付かなくて踏み抜く可能性があるため、コアさんに道案内を頼みつつ、穴の手前まで案内してもらう。
コアさんに指示をお願いし、レヴェちゃんは落とし穴の中で既に待機状態にあるはず。
「やっちゃえレヴェちゃん!」
大きな声を立て、オーク達を呼び込みつつ簡潔に指示を出した。
よくも怖い思いをさせてくれたなオーク共。反撃の時間はここからだ!