必殺仕事人
異世界の朝は早い。
スケルトンの気持ちを理解するために蓋をして隠してあった脱出用の穴の中から手をボコッと突き出し這い上がる。
気分はス○ラーだ。
『何遊んでるんですか?』
「いえ、遊んでいたわけではなくて相手の気持ちを知るために必要な事と言いますか」
コアさんの冷たいような気がする視線を無視し、やっと出た地上の空気をスケさんと肩を組みながら無事一晩を越せた事を喜ぶ。
表情筋が無いので顔色を読む事は出来ないが彼の骨の艶を見れば一目瞭然だ。
「格別だなぁ。共に汗を流して共に眠る! 団結力が高まった気がするよ」
なっ! と挨拶を交わし、早速仕事に移る為にスケさんは穴の中に戻っていく。
残念だがスケさんはダンジョンから出る事が出来ないのだ。
不便を強いてすまない。早く拡張しなければ。
「俺の移動範囲は二キロ圏内で間違いないかな?」
『はい』
「二キロを越えると?」
『越える事は不可能です。全方位を壁で囲まれているとお考えください』
「なるほどね…」
行動制限厳しいですね、コアさん。ひょっとして束縛するタイプですか?
『バカなこと言ってないで働いて下さい』
「ごめんなさい」
口には出していなかったはずだが心を読まれてしまった。
それよりも働かないと機嫌を悪くしてしまう可能性があるので行動に移そう。
昨日二人で掘った穴の深さはかなりのものになる。
俺が考えた作戦は付け焼刃も付け焼刃。子供でも考え付くような作戦だ。
スケさんには中で待機してもらい、獲物を中に落としたら槍衾のように剣で突き刺して貰う事で仕留める。
現状可能なのはこれくらいしか思いつかない。
言っただろう? 俺は凄くないんだって。
周りの人達が有能だったんだよ。思考能力、運動能力、その他諸々俺は一般人の枠を出る事はないんだ。
しかもステータスを考えてくれよ。ランクEの上に雑魚呼ばわりですよ、はは。事実なので何も言えません。
でもやらなければならない、常に思考し、歩みを止める事は無い。信じて付いて来てくれる人? の為にもな!
『……』
「行って来る!」
コアさんが襲われては困るのでスケさんと同じく地中に入っていてもらい、俺はダンジョンを後にした。
▽
朝露に濡れる森の中は静かで、森林と呼ばれるほど鬱蒼とした場所に初めて立ち入るのは初めての経験だ。
右も左も、歩き方さえ知らない。そんな場所でも明るく元気で居られるのは、前世の皆のおかげだろう。
「元気にしてるかなぁ」
空元気と言うわけではない。
だが大切な人達であったのは事実だ。もう二度と会えないと思うとやはり寂しくはある。
「いや、これからを考えよう! オー! セイッセイッ!」
これは運営術の一つだ。暗い気分や、顔をしていると人間と言うのは集団心理が働き、空気が沈む。
すると何かあったのか気になってしまうが深い所まで入って聞く事は出来ない。
そうした気になる悶々とした時間が続いてしまう事で精神的な疲労が重なるのだ。
だから俺は常に明るく振舞う。
いくら疲れていようと、悲しい事があろうと、背負うものの為に出来るのはこれくらいしかないのだから。
「グルゥゥウ!」
「出たぁああああ!」
騒いだのがいけなかった。
当然だ。森には脅威が溢れている。
人間のように野生を失わずに生きている生物は敏感なのだ、弱者の臭いって奴になぁ!
しかし、目的は達成したがベストは安全を確保した上での挑発。ある程度距離を取った状態からの遭遇。
現れた狼は森の配色に溶け込むような緑色をしており、呆けていれば見失ってしまい野生の勝負に負ける事は必死。
にも関わらず既に対峙していると言っても過言ではない距離。手元に武器は無く、周囲にもふっかふかの腐葉土しかない。
牽制手段もなし。
「やっべぇ……」
「アオオオオオオン!」
「ヒィィ!」
咆哮にビビり、百八十度視界を反転させると逃げ出した。
気を抜けば尻をガブリとやられかねない。
熊は視線を合わせてゆっくり後ずさりしながら逃げるのが言いと聞いた事がある。野生の動物に死んだ振りはどうぞ食べて下さいと言うのと同義なのだとか。
それはそうだ。食べるために襲ってきた可能性があるのにその相手が死んだらそりゃ食べるよ。
落下の衝撃で破けたワイシャツやズボンの隙間を縫って枝が刺さり、肌を削る。
薄っすらと血を流し、美味しい獲物がここに居ますよと宣伝して走る俺はいいカモだろう。
「ひぃひぃ! 死ぬぅ。死んじゃうよぉ!」
これを見た英子さんならこう言うだろう。
『あれ?社長、まだ喋れるなんて元気ですね?それに、笑えるうちはまだ働けますよ』
英子さん……この鬼!
だがそんな妄想に浸る時間すら与えないと狼はいつの間にか狼達になり、口の端から涎を垂らしている。
「ひいいい! どこだっけえええ!」
森は同じような景色が続くので方向感覚を惑わしてしまう。直線に逃げ回っていたつもりがどうやら迷っていたようで場所がわからない。
間違いなく歩いた時間より長く走っている。
「誰かああ! 助けてえええ!」
情けない悲鳴を上げた愚かな俺に救いの神が舞い降りる。
『念話範囲にマスターの存在を感知しました。……迷っているのですか?』
「はいいいい!」
「……はぁ。誘導します」
「すいまっせえええん!」
てっきりコアさんが不思議パワーで音を発生させているのかと思っていたがどうやらノイジーなコアさんの声は違うパワーで脳内に直接意思を送信しているようだ。
いや、今そんな事を考えている暇はない。何をしているんだ俺は!
右だ左だと指示を出してくれるコアさんの指示に従い走り回る。
「もう、ダメ……死んじゃう……」
間違いなく二キロ以上は走っている。社内をうろついていたおかげでそれなりに健脚だが、アスリートではないので基礎体力は低い。
疲れ果てた俺の脚は回転数が落ち、狼達も疲労に足元がふらついており、ご馳走への涎ではなく疲労によって口が閉まらずそこから涎が滴り落ちているようだ。
だがそこは意地の世界。ここまで引っ張りまわしたお礼参りをせねば男じゃない。
何とか追いついた狼の一匹が俺のズボンのケツを食いちぎった。
「うおおおおおお!」
もう少しで尻の肉まで持っていかれるスレスレの所でキュッと尻を絞り、事無きを得るが今のが決めてとなった。
驚いたショックで足の筋肉は硬直し、もう動く事は出来ない。
つんのめり、地面へと倒れ込んで行き……
『指定位置までカウント開始します……2……1』
ズボッと言う音と共に俺は地面に吸い込まれた。
自分で仕掛けた落とし穴に嵌るなんてあるわけないだろ~?と思っていたが、嵌る愚か者は居る。
そう、俺だ。
ウォータースライダーなんて目じゃない急転直下九十度絶壁の落とし穴。頑張った甲斐があり、ビルの二階くらいの高さはある。
「死んじゃうよおおおおお!」
『ダンジョン領域下でダンジョンマスターの貴方が落下程度で死ぬ事はありません』
「あ、そう?なら大丈夫だね。騒いじゃってごめんね」
『ご理解が早くて助かります』
これは信頼の証だ。俺が死ねばコアさんが、コアさんがやられれば俺が。
この切り離せない関係の中で緊急事態でありがなら大丈夫だ、なんて楽観的な人柄ではないだろう。
俺はその逆で信頼しているからこそ楽観視する。勿論、根拠が無ければそれは思考の放棄になってしまうが。
そうなればコアさんが俺を誘導すると言いながらあっちこっち連れまわしたのも理由があるのだろう。
『当然です。元気な状態で連れてくればスケルトンが苦戦しますし、何より穴を回避する可能性があります。故に疲労させ、マスターに接近させた状態で穴に誘導し、回避出来ない状況にしたまでです』
「思考呼んでるよね? って言うかそこまで考えてたの?! 有能すぎるよ! さっすが! 俺にはコアさんが居ないとダメだね。これからも宜しくね!」
『私にお任せください』
次話は十九日本日二十一時更新です。