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敏腕秘書と俺

新作です。

拙作では御座いますがお楽しみ頂ければと思います。


導入編の為、一話目は長いですが以降はボリューム少な目でテンポ良く進めて行きたいと思います。

 高層ビルの一室から街を見下ろす一つの影。


「見ろ! 人がゴ○のようだ! ふはははは!」


 そう宣まったのは細源 宗次(さいげん そうじ)、二九歳、独身。

 細源グループを一代にして打ち上げ、巨万の富を得て、世界に名を轟かした富豪。


 元々は貧乏な家に育ち、学生時代は二日に一食と言う環境を乗り越え、眠る時間を削りに削って始めた事業が功を成し、現在に至る。


「社長、ふざけてないで仕事して下さい」


「あ、ごめんなさい」


「大体なんですか?私達がこうして居られるのは人が居てこそですよ? それをゴミだなんて、バカなんですか?」


「ホントすみません、わかってます。お客さんが居るから今の自分が在るって痛感してます…」


「社長はお調子者ですぐ調子に乗る癖に小物ですよね。凄いのは人を鼓舞してやる気を出させ、ポテンシャルを跳ね上げさせる事で作業効率を伸ばす事くらいなんですから指揮が下がる物言いは控えて下さい」


「はい、すみません……」


 そう、俺は別に凄くない。

 凄いのは俺の周りに居てくれる人達だ。

 思い返せば俺は周囲の人間に恵まれていた。


 そんな人達を見続け、劣等感を常に抱きながらも自分に出来る事を探した結果、一つの事実に突き当たった。

 人間の効率が出ないのは肉体的、精神的疲労から来るモチベーションの低下が原因だと言う事。


 当たり前過ぎて気が付かなかった。

 それに気が付いた時、俺は御囃子隊員となった。


 どんな人でもその身に宿る秘めたるポテンシャルを開花させれば一騎当千の(ツワモノ)と化す。


 誰もが原石。


 相手の向き不向きを見て長所を伸ばし、それが活かせる環境を整える。

 常に最上のモチベーションを保ち、効率を上昇させる。

 これが俺の仕事。


 それが成功した時、効率は爆発的に上昇し、開発が得意な人は大ヒット商品を考案しまくった。

 だから言おう。俺が凄いんじゃない、周りが凄いんだ。

 だから俺は今日も現場を巡り、従業員皆に声を掛けて行く。


 社長と言うよりは友達と言った感覚に近い。


 社会にはヒエラルキーがあり、上の人間が気にするなと言ってもどうしても目の前に現れれば緊張する。

 そうした緊張が作業効率を下げ、自分の振る舞い、作業速度等への評価を自己認識で決定し、負のスパイラルに陥る事でストレスが溜まってしまう。


 そうならないように細心の注意を払い、徹底的に良いと思う部分をこれでもかと褒め千切り、疑問に思う部分は社長の意見として述べるのじゃなく、相談と言う形で他の社員も呼び込み、皆で相談しながら改善する。大きい会社は普通出来ない?それでも時間を見つけてするんだよ。


 そうする事でそれに携わった社員へ意見が集中する事を緩和、分散し、ついでに多くのアイディアを取り込める。


 俺はこの手法が好きだ。

 一人でやる事も大事だが、協力でき、尚且つ多くのアイディアを得る事が出来る上、皆と良い関係を築くことが出来る。仕事ってのは楽しく無いと長く続かないしな。

 何より人と話す事が大好きだから苦にはならない。むしろ楽しい時間をありがとうとすら感じているくらいだ。





 定時を迎え、従業員は既に全員帰宅した。


 うちの会社は残業無しを推奨している。

 自ら目標を設定し、それをこなすのは大事だが何事にもイレギュラーは発生してしまう。

 もしそれが成し遂げられなかった場合は多大なストレス要因となってしまうからだ。

 ルールとせず、推奨にしているのはこの為だ。

 

 終わらなかったから帰れないのと、終われなかったけどやって行こうとするのでは大きく違う。

 そうした個人の差を埋め、選択肢を増やし、行動の多様性を増やすのもまた大事な事だと思ったので実践している。


「ふぅー……今日も皆といっぱい話したなぁ」


 ふかふかの椅子に腰掛け、百八十度回転すると壁面ガラス張りになっている社長室から街を一望する。

 夜はすっかり下りており、人の営みが夜闇を明るく照らしていた。


「秘書の英子さんも帰ったみたいだし、俺も帰ろうかな」


 部屋の電気は既に落ちており、薄暗いが節電の為ではない。

 これは趣味で、暗い部屋に居ると落ち着くのは貧乏生活が長く、薄暗い部屋で過ごして居たからだろうか。


「癖ってのはなかなか抜けないもんだな」


 よく油が効いているのか、軋む音すらせずに椅子から立ち上がり、部屋を出る。

 自動で鍵が閉まり、ビーッと機械音が確認を知らせる。


「この音は慣れない。びっくりするから変えて欲しいな。チャルメラとかどうだ?いいかも知れないな」


 今度技術部の人に相談してみようと心にメモを入れ、エレベータの昇降ボタンを光らせた。


 エレベータは一階で止まっており順繰り上がってきてはいるが二十五階まで上がるのには時間が掛かる。

 薄暗い通路は恐怖心を煽り、とても不安な気持ちになる。


「あぁ~怖いなぁ…早く早く…」


 幽霊でも出るのではないかとすら錯覚するような雰囲気の中、誰も居ないはずの通路奥からコツコツと床を鳴らす音が響いた。


「えっ……まさか……幽霊……? 嘘だろ……」


 ヤベーよ!怖すぎ!


 何を隠そう彼、細源宗次は験を担ぐ人間だ。

 墓の前を通るときや霊柩車が通る時は親指を隠すし、夜に爪は切らない。


 こうして成功したのも神様が見ていてくれているとも思っているのだ。

 つまり割りと本気で幽霊や神を信じている。


「あぁ゛~早く早く~来ちゃうよ~」


 幽霊にビビリまくり、エレベータの扉に縋りついて急かすが相手は機械。

 無情にもゆっくりとしか昇降機は動かない。


 ――コツ、コツ


 足音はすぐ後ろまで迫り、恐怖に破裂寸前の心臓が騒がしい。

 もう駄目だ、喰われる!と頭を抱えて蹲った背に掛けられた言葉は怨念の怨嗟ではなかった。


「社長?まだいらしたんですか?」


「ひぃぃぃぃ!」


「は?」


「あ、あれ?英子さん?」


 そこに立って居たのは秘書の英子さんだった。

 てっきり帰ったものだと思っていたが、まだ何かをしていたようだ。


 幽霊じゃなくて安堵したが、幸か不幸か生身の人間で最も恐ろしいお方に遭遇してしまった。


「はい。少し書類を纏めておりましたので」


「あ、あぁ……そう……よかった」


「それで、社長は何を?」


「俺はいつも皆が帰ってから帰るようにしてるからね」


「え?そうだったんですか?真っ先に帰っていると思っていましたが」


「友達みたいな感覚でも社長って肩書きの人間が残ってたら帰りにくいでしょ?だからいつも帰ったように見せかけてたんだよ」


「変なところで変な努力をしないでください」


「すみません…」


「そんなにしょぼくれないでくださいよ。社長のおかげで私達は気持ち良く仕事が出来ているんですから。もっと胸を張って下さい」


「英子さぁ~ん」


「あ、でもそれ以上は近寄らないでください」


 ひっど!やっぱり血も涙も無い人だ。そこは優しく抱擁して頭を撫でてくれる場面じゃないのか!


 クスクスと楽しげに笑う英子さんを見るのは中々珍しい。

 仕事とプライベートをきっちり分けるタイプで、加えて言えば彼女は一流の大学を出たエリートだ。

 それに比べれば俺なんて下の下なのに、文句も言わずにきっちりと仕事をこなす彼女は流石だとしか言えない。


 他の社員の人に比べて英子さんは取っ付き難く、鋭い印象を受けるので苦手としている人が多いがそれは誤解だ。

 彼女はしっかりしているが故に妥協を許せないだけ。

 物は知っているし、話も面白い。美人で俺には辛辣だが気立てもいい。


 俺が事業を始めたのが二十三歳、やっと人の命を背負えるまで会社が成長したのが二十六歳の時。

 英子さんはその時初めて雇った古株だ。だから三年来の付き合いになるが、そういった肩書きもまた彼女を孤立させてしまっているのではないかと心配になる。


「英子さんはさ、仕事楽しい?」


「楽しいですよ」


「そっか、それはよかった」


「急にどうしたんですか?」


「ちょっと気になっただけ」


「そうですか」


 そうだよ、と笑っているとやっとエレベータが到着した。

 ここでも変な癖があり、俺は先に乗り込み、他の人が乗るまで扉を開くエレベータボーイになる。


 今回も例に漏れず、扉がゆっくりと開くと乗り込もうとしたのだが、中には先客がいた。


 その人物はまだ季節ではないのに大きめのジャージを着込み、ポケットに両手を入れ、帽子を被っているので顔は見えない。

 どう見ても不審人物だが見かけで判断するのは良くない。忘れ物をした社員が戻ってきた可能性だってあるのだから。


「あれ?何か忘れ物かな?」


「はぁ」


 気迫の無い生返事を受け、おや?と思ったが、その人物がポケットから抜いた手には小さなナイフが握られていた。


 マズイと直感的に感じた。それは自分の命に関してではない。英子さんを巻き込んでしまうことへの恐怖。


 頭が理解するよりも早く俺は英子さんを突き飛ばした。


「英子さん!」


「きゃっ!」


 背中にドスッと鈍い感触があり、熱を帯びていくのがわかる。


「お前が悪いんだぜ。俺の方がもっと上手くやれるのによぉ」


 相手の言っている意味は理解できないが、多分一方的な逆恨みだろう。

 だがその恨みの深さだけはわかる。刺し込まれたナイフを捻ったのだろう、ゴキッと何かを断ち切られるような感覚があり、激痛が走る。


「ぐぅぅ!」


「きゃあああ!」


 痛みに視界が明滅するが意識を失えば相手が英子さんに何をするかはわかったものではない。ここで踏ん張れない奴は男じゃない。


「あああああ!」


 足元から崩れそうになる感覚を振りきり、振り向き様に一撃を入れると相手は吹っ飛び、エレベータの中に戻っていく。


「くそっ」


 帽子が取れた事で顔が見えたが見たことも無い相手だった。

 自慢ではないが俺は名前は覚えられないが人の顔を覚えるのが得意な方だ。


 それでも見覚えの無い顔なのだから、やはり逆恨みなのだろう。

 だとすればこの恨みの深さも理解できる。少し憎いのではなく、思い込みによって洗脳に近い状態の恨みは放っておいても次から次へと他者のせいにして恨みを増幅させるからだ。


 まったく、とんだ災難だ。


 男がエレベータを下ろし、逃げた事で現実に引き戻された。


 背中からは大量に出血しているのだろう。倒れこんだ体はばしゃりと音を立てた。


「社長!社長!しっかりしてください!ダメ!寝ちゃダメです!」


「あぁ……英子さんの膝枕……」


 倒れ込んだ俺の頭を膝の上に乗せ、容赦なくビンタをかまして意識を保とうとしてくれているのだろうが、二つの意味で痛い。


 それよりも傷口を押さえてくれと思うのだが、恐怖と混乱で冷静さを失っているのだろう。

 俺も混乱して膝枕と呟いてしまったからどっこいだ。


「バカな事は治ってから言って下さい!社長、しっかりして!」


 いや、救急車呼んで?そう言おうとしても喉が震えて声が上手く出ない。

 内臓まで達していたのか、息をすればごぼりと口から血が溢れた。


「ぐぶっ。え、英子さん」


「はい、なんですか社長!私社長の為なら何でもします!だからしっかりしてください!」


 貴女がしっかりしてくれ、と普段見せない彼女の抜けた部分に少し笑いがでそうになるが、今はそんな場合ではない。


 ゴキッと鳴ったあの感じ、恐らく脊椎を損傷しているはずだ。出血も多い。まず間違い無く助からないが、あの男が戻ってこないとも限らない。


「け、警察……」


「警察ですね!もう呼んでます!」


 マジかよ…いつの間に呼んだんだ?流石は敏腕秘書。


「きゅ、救急……」


「もう呼んでます! 私は秘書ですよ? 当然です」


 おいおい、有能すぎるだろ。俺電話掛けてるの見て無いんだけど…そうか、非常用の信号装置を従業員には持ってもらってたか…存在を忘れない辺り流石英子さん。俺はすっかり忘れてたよ。


「英子さん……いい男、捕まえなよ」


「はい、必ずあの犯人を地獄に叩きこみます」


 いや、そう言う意味じゃないから…


 あぁ、もうダメだ。意識が薄れる…


「英子さん、皆の事、頼みましたよ」


「えっ……社長? それ、どういう意味ですか? 社長! 返事をしてください!」


 目を閉じる刹那、英子さんが見せた悲しみの顔と涙の冷たさを俺は忘れないだろう。

珍しい英子さんのえずきを聞きながら、短い人生に幕を閉じた。

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