第5話 西洋少女
私と夏穂がななっちたち中学時代の友達と会ってあれこれあった次の日は、いわゆるチュートリアルが行われた。こういう授業があって、こんな感じで進んでいきますよ、と説明を受けるやつだ。
通う高校は祭神高校と非常に変わった名前だが、別にやる勉強まで変なわけではないらしく、むしろごく普通だった。まあもっとも、私や夏穂、それから後で聞くと西原......草津さんの3人が「普通」と感じただけの話で、この3人まとめて「変」だったとしたらその理論は崩れ去る。私は全くもって自分が変だとは思っていないつもりなのだが、何せ夏穂と一緒にいるので感覚が狂っているのかもしれない。
ただ、そんな私たちでも「変」......もとい、「変わってるな」と思う授業があった。それが「地域史」というものだ。詳しくは次回以降の授業でおいおい説明する、とのことだったが、何をしそう、という想像がつかないものだった。
その日から授業は午後もあり、お弁当を持ってきていた。さすがに初日から食堂に行くのはなんとなく気が引ける。私と夏穂、草津さんの3人で集まった。
「......んでもってあじさい?いきなり今日行くの?」
「何が?」何となく、私が聞き返す。
「何がって、部活見学だよ。『サイハレ』見に行くとか、言ってなかった?」
「ああ、うん。行くつもり。夏穂も来る?」
「行こっかな」
「私も行く!大丈夫、怪しいところじゃないっていうのは私のお兄ちゃんで実証済みだから!」草津さんの合いの手が入る。
「まあ、部活なのに先生を超える権限持ってるって、もうその時点で何かすごいもんね」
......もしそれをすごいと感じて惹かれたなら、似た者どうしだねと太鼓判押すけど、それでいいね?
放課後。
午後に社会のガイダンスがあり、ほぼその場で選択教科を選ばされた。現代社会は確定で、地理、日本史、世界史の中から1つ。地図にめっぽう強い夏穂は地理、草津さんはかねてから決めていたらしく世界史、そして私は中学の時から日本史の分野はよく覚えられたので自分を信じて日本史。すると日本史と世界史だけ、分厚い資料集をもらい、しかも世界史の方は学校に置くことが許可され、日本史はなぜかダメだったので私だけ初日からしんどい思いをすることになった。
「まあまあ、その分授業が楽なんでしょ?」
......と夏穂からフォローを受けたので、気持ち的には楽に......
なるか‼︎‼︎
「まあまあ、とりあえず重たかったら交代で持つから!それに社会は週1だし、慣れればきっとどうってことないよ!」
という草津さんのフォローの方が、よほど実用的かつ的確でためになる。「慣れ」とかいう、ちょっと夏穂っぽい単語も聞こえてきた気がするが、それはこの際目をつぶろう。
......というわけで私たち3人はさまざまな部活が張り紙をしている掲示板の前まで来ていた。これもホームルームで連絡されたことの一つで、部活の勧誘の広告は、一括して1階・職員室前の掲示板に貼り出されるとのことだった。
「運動部多いね......」
と、夏穂が開口一番に言ったのもうなずけた。ほう!と声を上げるぐらいには大きなグラウンドが校内にある。
「すごい、ちゃんとしてるね、文化部と運動部で分けられてるなんて」
と草津さんが言った通り、特に境界線があるわけではないのだが、向かって左側は文化部、右側は運動部の広告が思い思いに貼られていた。
「『サイハレ』って、文化部だよね?」
「そうだよ。まあ運動部だったらたぶん、もっとどんなスポーツかはっきりする名前にすると思うし」
夏穂の問いかけに草津さんが答えた。というかよく考えれば探せばどっちかには見つかるはずだ。
「ないけど?」
「あれ?ないね......」
「2人とも本気?......ないわ」
『サイハレ』の広告はなかった。念を入れて掲示板の側面まで見たから、本当にない。男子1人、女子2人(実はみんな女子!)がくねくねしてなめるように掲示板を見る姿は、さぞかしアホみたいだっただろう。
「お兄さんから『サイハレ』については何も聞いてないの?」
「うん......実は。私が祭神目指すって言い始めてから教えてもらったことだし。どこの部活でも出すような広告、出してないなんて......」
......と。
「あじさい?」
夏穂が私を呼んだ。階段の方を指差しているのでそちらを見ると、人が下りてきていた。普通ならそれがどうしたの、で終わるところだが、そういうわけにはいかなかった。
すらりと伸びた脚に、よく映える黒いニーソックス。
日本人の女の子とは思えない、スレンダー体型。
そしてさらに日本人らしさからかけ離れさせる、雪のように白い、きれいな長い髪。
まだまばらに1年生がいる中に突然やってきたその人は、そのまま階下に下りようとした。ものすごい1年生たちの注目の中。
その注目にはさすがに気づいたか、くるっ、とその人は振り向いた。振り向いた彼女がまずはじめに見たのは、ぼけーっと見惚れる男子たちではなかった。いや同じくぼけーっとは見ていたのだが、私、夏穂、草津さんの3人だった。
そのままにこっ、と微笑んでまた階段の方に向き直ってしまったので、私が慌てて呼び止めた。
「あの!」
「はい?」
ごく自然なアクセントだった。
「あの、私たち、『サイハレ』って部活がどこにあるのか、探してるんですけど!ご存知ないですか?」
よく考えればおかしな話だ。上の階から下りてきたからといって上級生と決まったわけでもない。私たちと同じ制服を着ていたので先生ではないだろうが、いくら普段見かけないような人だからと言って、『サイハレ』のことを知っているとはとても......
「えっ⁉︎」
その人は口元を覆い、目をまん丸に見開いていた。
「ちょっ、......ちょっと、待ってて!」
と言うや否や、たたたたたっっ‼︎と階段を駆け下りていった。......5分後、たたたたたっっ‼︎と駆け戻ってきた。
「いま『サイハレ』って言ったよね?」
「え?はい......」
「ようし!じゃあ、ついてきて!」
言われるがまま、私たち3人はその人の後をついていった。
1年生は2階、2年生は3階、3年生は4階に教室があるのだが、その人は5階まで上がっていった。普段は使われていない階なのか、電気もついていなかった。廊下をぐんぐん進み、突き当たりでその人は止まった。
「ここだよ!」
示されたのは、大きな扉。大会議室のようなものだった。
「どうぞ、入って入って!」