第20話 権力闘争
しばらく、喧騒が続いた。血気盛んな男たちが精一杯の掛け声とともにお神輿を運び出し、そして往路の目的地である天照駅と、その近くにある光神宮を目指し始めた。その騒がしさが去って人混みもだんだんなくなりはじめてから、私はようやくユッキー先輩に聞き返した。
「生徒会の副会長……ですか?」
「もしかして聞いてないの? かっくんもひろとも、大事なこと言うの忘れてるね」
辺りの騒がしさが収まって落ち着いてきた頃を見計らって、ひろと先輩がこちらに戻ってきたので、私は同じことをひろと先輩にも尋ねた。
「ああ、その話か。掛は言わなかったのか?」
「たぶん、聞いてないと思います」
「あいつ……ちゃんと仕事しろよ」
ひろと先輩はため息をついて説明を加えてくれた。
「『サイハレ』が祭神高校の部活になる時、ある程度反対運動があった。仮にも元は祭神さんを補佐する重要な組織だ、部活になったらそのまま補佐する仕事もうやむやにされて、ただの抜け殻にされてもおかしくない、という話だ。実際、発足当初の『サイハレ』はまさに抜け殻になりかけていた」
当時最盛期を迎えていた学生運動の並みに乗るようにして、当の本人たち、というべき高校生たちをよそにして大人たちによる激しい抗争が行われた。もちろん、部活へと"成り下がってしまった"『サイハレ』の力を取り戻すために。
「やがて高校側、教師側が折れた。『サイハレ』の話をすると苦い顔をする先生がいるが、それは当時激しく争った本人か、その話を人づてに聞いてよく思っていないからだ。とにかくその時の条件が、『サイハレ』の司長を無条件に生徒会副会長に任命することだった。それで少なくとも高校内では、特別扱いされていることになる」
他の高校だと生徒会長選挙をして、負けた方がそのまま副会長に就任、というパターンがそこそこ多いらしいが、祭神高校では負けた立候補者は書記か、各委員会長のポストが与えられる。もしもすでにその役職にも候補者がいればまた選挙が行われ、負ければそもそも生徒会メンバーにさえなれない可能性も出てくる。相当な格下げであることは明らかだ。だが、祭神高校では常識に近いらしい。
「……えっと、それはそれで分かったんですけど。サイハレの部長もやって、生徒会の副会長もやって……って、忙しすぎじゃないですか?」
「あんまり堂々と言っていいことではないんだけども、『サイハレ』はこの祭神さんのシーズン以外は、さして忙しくない。やってみたら分かるだろうけど、むしろ生徒会の仕事の方が主になるだろう。祭神さんの時期だけ、生徒会の仕事を休ませてもらう、という方が近い」
こういう場合生徒会副会長はお飾りだったりするものだが、うちの高校では違うらしい。さらに生徒会の任期は四月からの一年間なので、しばらくは『サイハレ』の部長だけの時期があるようだった。
「桜之丘まで行こう。掛にもそう伝えておいた。箕島さんにもそう訂正しておいてくれ。直接、桜之丘まで来るように」
私たちはひろと先輩の言葉に従って、一日目の目的地、桜之丘へ向かうべく駅へと戻った。
* * *
「お神輿を担ぐ男たちを迎える桜之丘、近衛園、岩宮では特に念入りな準備が必要だ。観光客が来るのとは訳が違う。昔はもっと宮司さんの仕事を手伝ったりとかしていたらしいが、今は忙しくてもこの程度だ。ただ、お神輿が天照に着くまでと、最終日は来てもらうことになる」
「なるほど」
最終日は『サイハレ』の部長の交代式があるという話だから、それは出ないといけないだろう。逆に祭神神社に帰ってくるまでの何日かは休みだということに、私は少し驚いた。
「……というかかっくん先輩、しれっと来ましたね」
「ああ。まさか当日にするとは思わなかったけど、寝坊だ。ごめん」
「おかげで出発式のあいさつも僕がやるはめになったんだからな、内容が決まっていたからよかったものの」
「すまんって、今度何かおごるから」
「なら回らない寿司でも行こうか」
「ちょっと待て。いくらなんでもそれは冗談だよな?」
今まで散々司長代行をやってるんだそれくらいいいだろ、とか、おごってもらうにしても遠慮ってもんがあるだろとか、かっくん先輩とひろと先輩が言い争いを始めてしまったので、私はそっと藤坂さんと草津さんの方を見た。すでにお神輿の通り道の交通整理とか、お神輿を一目見ようと電車から降りてきた人たちの誘導をするように言われていて、そんな時にふらっとかっくん先輩が来たのだ。
夏穂からメッセージが来た。もうすぐ桜之丘に着くとのことだった。改札を出て誘導の流れに乗ったら私たちと合流できるということを伝えて、私は草津さんたちのところへ戻った。
* * *
「お。やってる?」
「やってる? じゃない、全く。人手が足りないわけじゃないから、めちゃくちゃ困ってるってこともないんだけど」
「天照でよく待たされるって話知ってるでしょー」
「にしても遅い。よかった、夏穂が部長になるかも、とか言わなくて」
「そりゃそうよ、そういう仕事私には向いてないし」
夏穂が合流して十分ほどで、いったん休憩となった。炎天下の中での仕事ということで、こまめに休憩時間があるらしかった。
「お神輿が天照に着くまではだいたいこんな仕事が続くよー。私も去年は交通整理のお手伝いばっかりやってた」
ユッキー先輩が暑い暑い、と真っ白な手で額を拭ったり、麦わら帽子でパタパタあおいでみたりしながらそう言った。
「……どうでしたか? この一年間」
私は前触れもなく、ユッキー先輩にそう尋ねた。同じことはきっとかっくん先輩やひろと先輩にも聞けたのだろうけど、実際に聞く勇気はなかった。
「この一年間?」
「私、たぶん部長になるんです。夏穂にはとてもじゃないけど任せられないし、草津さんも部長には向いてないって言うし。でも実のところ、まだ私は『サイハレ』のことも、仕事のこともほとんど知らないな、と思ったので」
「うんうん。聞いたよ、ひろとから。私も、紫陽花ちゃんが部長なら、安心して引き継ぎできると思う」
ユッキー先輩はそれから、仕事が最初から全部分かってる人なんていないよ、とぼやいた。
「だって『サイハレ』がこうやって支えてる祭神さんだって、実はそんなに厳かなお祭りじゃないし。みんな楽しくやれて、仲良くできればいいとか、きっとそれくらいしか考えてない。まして私たちがあんまり深く、考える必要はないんだよ」
ユッキー先輩は昔話をするように少し遠い目をして、私に語りかけてくれた。




