第3話 中学時代
私と夏穂はもともと、エスカレーター式の学校にいた。
周りはほとんどみんな、幼稚園か小学校を受験してきた人たち。そして一度入れば、自ら抜け出さない限り、大学までストレートで進むことが出来る。
幼稚園でのくじにはずれ(最終的にくじ運がないと入れないなんてお受験じゃないって思ったりするが)、小学校の面接で上手くしゃべることが出来なかった私と、幼稚園の先生に向かって外れたくじの紙を細かくちぎって紙吹雪を浴びせたせいで落ち、わんぱくな性格そのままに「うわあ、先生は何でそんなに太ってるの?」と言ってしまったことで小学校の受験にも落ちた夏穂は、ともに中学受験をしてその学校に入った。それは筆記試験だけだっただから、いくらこれまでの心証が悪いとはいえ、それだけで夏穂を落とすわけにはいかなかったのかもしれない。
私たちの学年で中学から入ったのは20人。その20人が小学校や幼稚園からの人たちがたくさんいるところに散らばった。
私と夏穂は偶然同じクラスとなり、出会うことになったのだ。
だけど、そこからが問題だった。
入学式からほぼ毎日、高校だったら出席日数に引っかかって留年になるレベルの遅刻をしていながら、テストではぶっちぎりの一位をとる夏穂は、やがて周囲の子達から疎まれ、仲間はずれにされていった。私が早いうちから話しかけていて、友達だった子達がまだ仲間になってくれたからよかったものの、逆恨みにしか過ぎないのに、幼稚園や小学校から一緒な人たちの団結力は無駄に強かった。
ただひたすらの沈黙。暴力は振るわれない。お弁当をひっくり返されるようなこともない。ただ「邪魔者、どこかに消えろ」という空気が、教室中を漂い続けた。普通の人にはまず耐えられない。夏穂だってその例外ではなく、ある程度までは耐えていたようだったが、中2の6月に、夏穂は教室に完全に顔を出さなくなった。保健室登校になった。
そこまで夏穂は追い込まれたのに、テストを受けることだけはやめなかった。すべて自習で補っていたのだ。それが夏穂にとって、精一杯の抵抗だったのかもしれない。
ただ夏穂がそのまま先生に話したことで、学校内では「こんなことはいまだかつてなかった」と大問題になり、学年集会まで催されて厳重注意されるほどであった。今後も続けるようならば、処分として全員退学させることもいとわない、とまで。
うちの学年は相当に物分かりが悪かった。いや、これまでもそうだったのかもしれない。受験がなければ、メンバーの選抜はない。きっと今までもずっとそういうことだったんだ、と私は心のどこかで今も思っている。
続けるならば退学?
――じゃあ、バレなきゃいいんだ。
この日を境にむしろ、エスカレートしていったのである。
夏穂のいない教室で次にターゲットになったのは、私と、私と普段からよくしゃべっていた、そして夏穂の味方をしていた子達だった。
――なんで中学からのやつらとつるんでんの?
――やめとけって、体に毒だっつの。
――お前らまとめて同類だな。
......夏穂が感じてた空気って、こんなのだったんだ。
そのとき私ははじめて気づくことになった。理由も意味もない。それでも私は負けはしなかった。......いや、正確に言えば夏穂と違って、何も言いださなかった時点で負けていたのかも知れないけど、残された道は見えていた。ここは大学付属の中学校、つまり公立ではないのだ。
それをふと、思い立った私は夏穂にもそのことを伝え、私と双方の家で協議にかけてもらった。
夏穂の家ではすぐにオッケーが出た。私の家でも、やがて。同じことを夏穂の味方をしてくれている子に伝えると、「ちょうどウンザリしてたとこ」とその子たちも了承してくれた。
ほぼ2年たった今でも、そのことは鮮明に覚えている。
――私と夏穂、あと味方をしてくれていた子達6人の計8人で、いっせいに退学届けを提出した瞬間。先生たちがやってきて最後の話をした後、正式に受理された。すでにいじめが続いていたことは先生たちも分かっていたらしい。分かっていて、できなかったのだ。退学してしばらくして、誰も退学させられなかったという情報が届いた。大学付属の中学校というお金持ちが勢ぞろいしているような学校で、親たちが各界で影響を持っている。先生たちのほうが、身分が下だと、そう感じさせるほどだった。本物よりある意味凶悪なカースト制度である。
転校先の公立の中学校では、私たちを快く受け入れてくれた。特に私や夏穂にとっては、小学校以来の友達と会うだけなので、苦でもなんでもなかった。夏穂でさえ転校してすぐは保健室登校を続けていたが、私が執拗に誘い続けたのが功を奏し、プリントをもらいに教室に出向くほどになり、授業にも少しずつ顔を出すようになり、二学期が始まると同時に、夏穂は完全復活を遂げた。
私と夏穂は祭神高校に進学し、他の6人は違う高校にそれぞれ行ってしまったけど、遠くのほうへ引っ越してしまった3人を除いては、今もよく連絡を取り合う仲だ。
入学式のあった日の夜、私はふと思った。明日は始業式で、新入生は休みになる。
「どうせ明日暇だしなあ…」
そう思い、私はおもむろに携帯を取り出した。
“明日暇?”
“特に何もないけど”
“おいおい、忘れんなよ。明日入学式だろうが”
“ああ、そうだったね。でも午前で終わると思うよ”
“何かあったの?
“いや、暇なら明日昼からみんなで会おう、って”
“別にいいけど。どこで?”
“あの喫茶店でいいんじゃね?”
“え?ああ、あそこな。あじさい、わかるよな?”
“うん......多分”
“夏穂ちゃんが最近参加してこないんだけど。どうしたのかな”
“祭神の入学式、ちゃんと来てた?”
“ああ、それは大丈夫。正門が開く何十分も前に待ち合わせしてたから”
“そっか、そりゃ良かった”
“夏穂ちゃんには何か言ったの?”
“ごめん、言ってない”
“今の話、全部聞いてたよ かほ”
“夏穂ちゃん!”
“久しぶり~”
“何かあったの?”
“受験だから、って没収されてたの。今返されて早速開いたってわけ かほ”
“いちいちかほ、ってつけなくても......”
“あじさいと画像、一緒でしょ?プロフィールの かほ”
“......ほんとだ!”
“別のにはしないの?たとえばあじさいが赤いやつで、夏穂ちゃんは青いやつ、とか”
“このあじさい、キレイだから、変えたくないんだよね。気に入ってる かほ”
“へえ~ あ、そうだ、会う話なんだけど”
“夏穂ちゃんも来れる?っていうか夏穂ちゃんがメインな感じなんだけど”
“いけるよ~ かほ”
“じゃあ決まりね。もう一度確認だけど場所は......”