第16話 部室招集
「夏休みー!学校に来なくていいー!」
一学期の期末試験が無事に終わった。実際に地域史の行き先が決まってからは、毎週のようにその調査に行って、家に帰って文章をまとめる日々だったので、期末試験の負担を減らすためにテスト二週間前から地域史の時間が自習になって、私は少しほっとしていた。それは夏穂や草津さんも一緒だったようで、夏穂はテストが全部終わっただけなのにそう叫んでいた。
「まだ授業、ちょっとあるんだけどね」
「えー、もうなくていいって。ほら、夏休みってことで」
「夏穂は学校に来るだけでも一苦労だもんね」
何でも海遼女子大学はすでに夏休みが始まっているらしく、それに合わせて近くを走っている路線バスの会社も夏休みに入ってしまったのだという。平日の運行本数がかなり減ったせいで、登校の時いつもより早めのバスに乗る羽目になり、ここのところ夏穂はいつも眠たそうにしていた。
「夏休み中は部活ないよね?」
「まあ」
「よしよし。ナイス」
夏穂からその話をふとされて、私は思い出した。そろそろ誰が次の部長になるのか話し合っておいてくれ――その話を、期末テストのことで気がとられてすっかり忘れていた。そもそも夏穂も草津さんも、まだ『サイハレ』がどういった組織なのか、理解していないはずだ。草津さんはもしかするとお兄さんから話を聞いているのかもしれないが、少なくとも夏穂は、
「地域史の調査の流れでそのまま家に帰れるし、先輩も部活に来る義務はないって言ってるんだから、しばらく行かないねー」
と堂々宣言していたので、先輩との関わりもなかっただろう。おそらく知らないはずだ。
最後のテストが回収され、すぐにホームルームが始まった。その時も夏穂はわずかではあったがゆらゆら体を揺らしてみたり、チラチラ私の方を見てきたりしていた。夏休み楽しみにしすぎだろ。
そんな、ホームルームの途中だった。私のスマホが震えたのを、スカートのポケットで感じた。
「何だろ?」
祭神高校では、スマホの所持は禁止されていない。朝の時間から、授業中と休み時間に触ることは禁止されているが、放課後になれば別に堂々といじっていても怒られはしない。私はとりあえずホームルームが終わるまで待つことにしたのだが、
「……!!」
ヤバい終わった、みたいな顔をして夏穂がこっちを向くのが先だった。
私の記憶が正しければ、どこかしらかからメッセージが届いた時にしかスマホがブルブル震えることはないはずなので、きっと夏穂に届いたメッセージが、私にも届いているのだろう。
夏休みはある程度目的をもって、メリハリをもって過ごすように。
その言葉で、ホームルームは終わった。どうやら何日か後の終業式を迎えるころには担任の先生は出張でいないらしく、先に夏休みに当たっての注意をしていたようだった。だいたいの高校生が夏休みに入ろうとしている終業式間際に出張して、何か意味があるんだろうかと私は思うのだが、まあそれはそれで何らかの意味があるのだろう。そういうことにしておく。
「……あー。夏穂があんな顔するわけだ」
『放課後、部室に集合な』
果たして届いていたメッセージを確認してみると、かっくん先輩からのその一言だった。確かに夏休みは部活がないと喜んだ直後のこれは、精神的に来るものがあるかもしれない。
「さいあくーぅ。ぶがづあるーぅ」
もうホントに帰る気満々だったんだな、と思い知らされる夏穂の反応だった。
「あ、そうそう。前、『サイハレ』に入りたいって言った子がいて。ちょっと忙しくてあまり顔出せてなかったし、この際紹介しちゃおっか」
私のところに勝手に集まってきてくれた夏穂と草津さんの他に、私は前に近衛園に行った時に話をした藤坂さんと一緒に、部室へ向かった。
* * *
「よろしく、藤坂さん。歓迎するよ」
改めて部室で紹介すると、先輩たちは笑顔で迎えてくれた。藤坂さんは代表してあいさつしたかっくん先輩を見て、そのまま目線をユッキー先輩に移した。私たちの他にも、先輩に女子がいるのを見て、藤坂さんは安心したようだった。
「集まりましたー。テストで疲れたんでステップの最新号読みまーす」
部屋に入っていきなりだらーん、とした夏穂が、早速棚から漫画雑誌を引っ張り出して、一番大きなソファに寝そべってしまった。ここは家じゃないぞ。
「ん。じゃあ揃ったし、話し合いの時間にしようか。マンガ読んでてもいいけど聞いててくれ」
「ふぁーい」
夏穂はお弁当を取り出して、寝そべったままでは食べられないことに気づいたか、座った状態でやはりマンガを開いたままもさもさ食べだした。それを見て私たちも椅子に座ってお弁当を開きつつ、かっくん先輩の方を向いた。
「まずは藤坂さん、うちの部活の活動内容については」
「知ってます。あじさいさんから聞きました」
「おっと」
かっくん先輩が変な反応をした。
「え? ダメでしたか?」
「いや、全然。活動内容を隠してるわけじゃないからな。むしろどんどん広めてほしいくらいだ。ただ、」
かっくん先輩は話に耳を傾けることもなく、ヘッドホンで外界の音を完全シャットアウトし、パソコンと向き合っているひろと先輩の方を向いた。微かながら話は聞こえているらしく、急に話がやんだのを感知して、ひろと先輩もこちらを向いた。
「……ああ。僕の仕事がなくなったな」
「ちぇっ」
「偏見なく説明してくれたのなら、非常に助かる。西野さんなら信頼できそうだ」
どうやら先輩たちから見て、私は信頼に足る人物らしい。全員分のオレンジジュースをコップに注いでいたユッキー先輩も、こちらを見てニコニコしながらうなずいていた。
「……まあいいや。ひろともう帰っていいぜ」
「急に扱いを雑にするな。それに僕には一応、まだやることあるし」
「そうだっけ?」
「次期執行部の報告を生徒会に顔が広いお前がやったら、面倒なことになるだろ」
「ああ、そうか。じゃ、俺は進行役だけやるわ。あとよろしく」
かっくん先輩は再び私たちの方を向くと、口を開いていきなり本題に入った。
「で? 部長の話し合い、した?」
まさか今ここで決めるのか、と私は思った。まだ七月半ばだ。きっと『サイハレ』が忙しくなるのだろう八月中旬まで、一ヶ月近くもある。
「いえ……してないです」
「だろうな。なんか雰囲気がそんな感じだもんな。箕島さんだって今日が部長決めとか、大事な用だって察してたら、あんなことにはならないし」
あんなこととか言われてるぞ、夏穂。当の本人はやはりお弁当をつまみながら、夢中でマンガのページをめくっていた。こっちの話を聞いていないのは明らかだった。完全に自分の世界というやつに入っていた。
「んー?」
「箕島さんも一応会議だから、参加してくれ」
「ほーい」
自由過ぎるだろ。なんで大して入り浸った経験もない部室でそんなにアットホーム感出せるんだ。
「……それでだ。今ここで、とまでは言わないんだけど、なるべく早く部長、副部長あたりは決めてもらわないと困る。会計は最悪今年度中はユッキーがやればいいし、急がなくてもいいんだけどな」
「なんで、部長は急がないといけないんですか?」
私の疑問はもっともなはずだった。一ヶ月猶予があるなら、まだそんなに慌てるような時間ではないはずなのに。
すると分かる、みたいな顔をしてかっくん先輩が話を続けた。
「祭神さんって見たことあるか?」
「いえ……ないです」
「だろうな。急がないといけない理由が分からないってことは、見たことがないんだろうなとは思ってた」
「祭神さんに何か問題があるんですか?」
「祭神さんってのはもともと、祭神神社に祀られてる神様を一年に一度、感謝の気持ちを込めて楽しませるお祭りなんだ。年々変わってゆくこの辺りの街並みを、神様に見せて楽しませる。そのために、今で言う祭神駅から天照駅間を、神輿を担いで練り歩くんだ。もちろん交代しながら、往復でな」
祭神から天照といえば、相当長い距離だ。昔の人があちこちの神社仏閣に寄り道しているとはいえ、何日もかかった距離だ。それを現代人がしかもお神輿を担いで練り歩くとなると、いったいどれくらいかかるのか。
「神様に街並みをゆっくり見物してもらうために、途中の桜之丘、近衛園、岩宮で夜を越しながら、四日かけて片道を行く。往復で一週間仕事だ」
ひろと先輩がかっくん先輩に続けてそう付け加える頃には、私たち四人はみな一斉にぽかんとして、二人の話を聞くほかなくなっていた。




