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サイハレ〜祭神高校、その歴史と現実〜  作者: 奈良ひさぎ
第5条:『サイハレ』の長となる者の呼称は宮司補佐官長、略称を司長とする。ただし現在は祭神高校の一部活という位置づけのため、便宜上『部長』と呼称することは許可される。

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第13話 祭神巡礼

「次は、近衛園(このえのその)。近衛園です」


 私はお昼時で比較的空いている電車の中で、そのアナウンスを聞いていた。そろそろ準備しないと、と私と同じようにごそごそしだす生徒も、他に何人かいた。


 私、西野紫陽花(しょうか)が地域史調査をすることになったのは、この近衛園駅周辺。「小京都」という異名を持つ通り、駅の改札を抜けて少し歩けば、歴史的な街並みがまっすぐ通っているのが見える。乱立するように神社やお寺があり、それに付随するようにして連日人でにぎわう横丁がある。


「……すうっ」


 改札を出て、私はまず深呼吸を一つしてみた。私の家は近衛園よりずっと先にあるので、電車の窓から毎日見ている光景ではあるのだが、実際に降り立ったことはなかった。改めて目の当たりにしてみると、雰囲気が全然違う。まだ入口かどうかも怪しい場所でも、歴史の重みから来る厳かさが漂っていた。大変なところに来たもんだと、私は少し心臓のあたりがきゅっとなるのを感じた。


 「サイハレ」の先輩方によれば、近衛園が地域史の行き先の中ではダントツの人気を誇るらしい。もちろんレポートが書きやすいから、というのもあるのだろうが、たぶん地域史で調べに行く、などのしっかりとした目的がない限り、わざわざ行くという高校生が少ないからだと私は思う。身近にあるあまり、そうだ近衛園に行こう、とはならないのである。


「西野さん」


 駅前にいきなり広がる横丁をさあ歩こう、としたその時、私は後ろから呼び止められた。


「はい?」

「あの、よかったら、一緒にどう?」

「ああ、うん。もちろん」


 私の記憶が正しければ、同じクラスの子だ。親しくしゃべったことはないが、最初の席替えで席が近くなったのをきっかけに、時々しゃべる機会があった。夏穂の雰囲気をもっとほわほわさせた感じの子だ。


「あじさいさんも近衛園、当たったんだね」

「そうそう、もう壮絶なじゃんけんで大変だった……って、今あじさいって言った?」

「え? うん、夏穂ちゃんがあじさいって呼んでいい、って」

「余計なことを……」


 あじさいいじりはもう何年も(夏穂から)受けているので、慣れているといえば慣れているのだが、まだ友達になりはじめの人にいきなりそう呼ばれると、やはり戸惑ってしまう。夏穂のやつ、いらんことばっか言いやがって、と考えていると、


「あの、あじさいさんと夏穂ちゃんと、あと結乃香ちゃんだっけ。なんか、変わった部活に入ってる、って話を聞いたんだけど」

「それも夏穂から聞いた?」

「うん」

「……あいつ、逆に何しゃべってないのか気になる」


 別に秘密にしていることでもないが、そうもべらべらとしゃべられると、気軽に隠しごととか約束ができなくなるのが困る。


「……その変わった部活、って話、少し気になるんだけど。聞いてもいい?」

「ああ、うん。別に大丈夫」


 実は私が近衛園に行くことが決まってから今日まで、少し間が空いていた。近衛園調査の定員がそもそも多く、何グループかに分かれていくことになっていて、運の悪いことに私は一番最後のグループになってしまったのである。

 その間に私は、何回かサイハレの部室に顔を出していた。先輩たちも地域史の調査の間は忙しいだろうから、部活は自由に来たらいい、という話はしていたが、あまり顔を見せないでいるとそのままの流れで幽霊部員になりそうだったので、部室に来て宿題を片付けたりしていた。


「あ、そうだ。そろそろ次の部長の話し合い、始めないとな」


 部長のかっくん先輩――もとい、竜ヶ崎先輩が何気なくそう言ったのは、そんなある日の放課後のことだった。



* * *



「部長……ですか?」


 一応言っておくが、まだ一学期も終わっていない、六月の終わりの話である。


「あ、そっか。まだ何も言ってなかった。過去の先輩たちもこの時期何も言ってなかったから、すっかり忘れてた」


 こういう悪習は一つ一つ潰していかないとな、とかっくん先輩は独り言を言った。


「そもそも部長の話って、今からするんですか? 早すぎじゃ……」

「いや、うちの部活にとっちゃ、実はそろそろ決めないとまずいんだよ。確かに部長の交代時期って運動部が学年始まりで、文化部は十一月の文化祭終わりなんだけど。うちだけ、交代は八月半ばなんだよ」

「八月半ば? またどうしてそんな時期に」


 八月半ばと言えば、まだまだ夏休み真っ最中だ。補習に引っかかっている、とかなら別だが、そんな時期に学校に行く用事がそもそもないはずだ。


「……それは、『サイハレ』の存在意義に関わる話だ」


 違う方向から声がした。声の主は、かっくん先輩が話している間もずっとパソコンに向かっていた、副部長のひろと先輩――鯛目(たいのめ)先輩だった。


「『サイハレ』の存在意義?」

「そもそも『サイハレ』という名前を聞いて、変だとは思わなかったか? 発音しにくいとか、いまいち何の略だかピンと来ないとか」

「……あれ? そもそも何かの略称だったんですか」

「そこからか」


 そういえば私は、特に『サイハレ』がどういう意味なのか、考えたことはなかった。何か変な名前の部活だな、くらいには思ったのだが、ほとんどスルーに近かった。


「祭神線がそもそもなぜ、敷設されることになったのか、その理由を知ってるか」

「祭神線? 電車の話ですか?」

「その感じだと知らないか。ちょっと不自然な感じは、あるんだけどな」


 祭神線に何かあるなんて、私は今まで考えたこともなかった。いつも通学に使っているからこそ、特に意識することはなかった。


「不自然なところ、ですか」

「祭神駅だけじゃなくて、いろんな駅が神社やお寺の近くにある。ちょっとうまくできすぎだな、って感じだ」

「はあ……」


 正直なところ、そこまで言われてもまだ私はあまりピンとはきていなかった。確かに地域史の行き先を決める前に配られたプリントをカバンの中から引っ張り出して見てみると、それぞれの駅に対応する代表的な名所の欄には、確かに神社やお寺の名前ばかりが書かれていた。


「その昔、この辺りのあちこちに存在する神社仏閣を巡る、四国八十八箇所巡りのようなものが成立していた。ところが長期的にやるほどの規模にならないわりに、歩いて巡るにはなかなか距離があった。そこで祭神駅から天照駅まで、神社仏閣の間を縫うように鉄道が敷かれた。それが祭神線だ」


 そうして祭神線が開業したのは1896年。相当昔の話だ。開業当時は、祭神駅、近衛園駅、父川駅、天照駅の四つしかなかったらしい。


「……それで、祭神線の話が、この部活と何か関係あるんですか?」

「まあ落ち着け。実は祭神線ができた理由は、それだけではない」


「祭神さん。だよね」


 ここでそれまでずっと口を開かず、私たちの話を聞いていたユッキー先輩が、ここぞとばかりに会話に入ってきた。


「祭神さん?」

「祭神駅の近く、こっちとは反対側に歩いたら祭神神社っていうのがあるんだけど、そこのお祭りなの。この近辺ではそのお祭りを、祭神さんって呼んでる」

「祭神さんは千年近く続く、伝統ある格式高いお祭りだ。それを無事に毎年執り行うために、『サイハレ』は存在する」


 もう分かっただろ、とひろと先輩がまとめるように、やはり私の方を振り向くことなく言った。と思ったら、今度はくるり、と社長椅子を回転させて、しっかり私の方を見て言った。


「『祭』神さんという『ハレ』の日を、無事に、盛大に行うために存在する。それが、『サイハレ』だ」

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