第12話 地下史跡
砲兵工廠。
日本がかつて大日本帝国、という名前だった頃の、陸軍所属の機関の一つだ。ざっくり言えば軍で使う武器を作る工場で、当時の日本で最先端の技術を持っていたことでも知られている。また軍で使うものだけではなく、民間からの受注も請け負っていたらしい。
大阪や東京など、主要都市に置かれたこの機関。その多くは最新技術を持った軍需工場ということで空襲の対象になり、特に大阪の砲兵工廠は終戦間際に壊滅的な被害を受けた、という話を結乃香は調べていた。
「終戦後にそういう軍需工場はGHQに接収されて、後に返還された。けどサンフランシスコ平和条約が締結されて、日本が独立国になってから、どうもまだアメリカ軍が認知していない砲兵工廠があるらしい、って話になったんだって」
稲原から少し離れたところに、大国駅というのがある。そこはアメリカ軍の駐屯地がかつてあった場所で、駐屯地の場所を決めるために周辺地域の調査がされた際、どうも稲原周辺に怪しい施設があるらしい、という情報がアメリカ軍に入った。果たして詳しく調査してみるとあったのは、なんと巨大な地下施設、稲原砲兵工廠だったというわけだ。
「祭神線沿線は神社とかお寺が多いから、なかなか軍が確保できるような土地がなかったんだって。周辺住民の反発も大きかった、とかで。だけど唯一ここだけ、そういうのがなかったから、ここを選んだ」
「でもそれじゃ、わざわざ地下に作った理由にはならないと思うんだけど」
結乃香と一緒にいた子がそう疑問を発した。
「うん。でもこの工場にはもう一つ目的があって、東京や大阪の方の工場が攻撃されて使えなくなっても、ここでずっと武器を作り続けられるように……ってことだったらしい」
もしも、武器が作れなくなったら。その時はまず間違いなく戦争に負けると、当時の人は考えたらしい。おそらく、おかしい話ではないはずだ。そこでこの工場は、周辺住民に知らされなかったばかりでなく、軍の中でも一部の人しか知らない状態のまま建設され、密かに稼働し続けていたのだという。
「稲原が周りに田んぼが多くて、"邪魔立て"がないようなところだったばかりに、こんな工場が建てられて、しかも戦後だいぶ経つまで気づかれなかった。目的は達成された、とも言えるのかも」
資料館の展示室には、アメリカ軍による発見当時に撮影された写真がいくつもあった。今は施設自体の老朽化と、まだ隠された武器、特に爆弾が残っているかもしれないということで、一般の人は立ち入り禁止になっている。
もちろんどの写真も白黒で、第一印象は古いな、というものだったが、そこに写るのは当時には似合わないほど、妙に近代的な施設の姿だった。
「さっき資料館の後ろに、すごく広い空き地があったでしょ?」
「うん」
「昔はあそこにも、普通に家があったんだって。今は立ち退き指示が出て、資料館の所有地になってるらしいけど」
「工場の真上に?」
この辺りに住んでいた人は誰も知らなかったのだ。その上に家を建てることに、何も疑問は抱かなかっただろう。だからこそ、秘密の工場と言えるのだろう。
一通り展示室を回ってメモを取ったりして、結乃香たちは再び一階の受付前まで戻ってきた。書架室の方を見ると、まだ調べ物があるらしく、女性は分厚い本を何冊か出して一生懸命にノートに書き込んでいた。結乃香たちが覗き込むと、ふと気づいて女性が顔を上げた。
「あ、終わった?」
「「はい」」
「興味あったら、ここも見ていくといいよ。本は何十年も前のでだいぶ古いから、触るのにちょっと抵抗があるかもしれないけど、昔の貴重な文献なんかは電子化されて、向こうの端末で見れるようになってるよ」
確かに結乃香は図書館にある古い本を触った時に、どうにも居心地が悪いというか、早く手を洗いたい気持ちになることがよくあった。だが端末で見ることができるなら、せっかく来たのだから見ておいて損はないだろう。この資料館は学校からも家からもそれなりに遠く、あまり頻繁に行けるところではないのだ。
「見て、結乃香ちゃん。これ、1930年に書かれてる。もう」
「80年か、90年前くらいの、ってことだよね。しかも、結構きれいに残ってるんだ……」
展示室には書かれていなかったようなこともあり、結乃香たちは追加でメモしたり、いくらかはコピーを取らせてもらった。
「二人とも、終わった?」
地域史のレポートはいきなり最終版を提出するのではなく、ひとまず一学期中に仮原稿を提出し、十月半ばくらいに完成版を提出することになっている。仮原稿を書くには十分な量調べた、と結乃香たちは思っていたので、そろそろ帰りますか? という目をしつつ、女性の方を見た。
「あ、その顔は終わったって感じだね。また夏休みとかに改めて来る感じ?」
「そのつもりです。とりあえず今回調べたので、どれくらいの分量になるのかも知りたいので」
「うん、そうした方がいいかも。こっちも終わったし、帰ってもいいんだけど」
「「けど?」」
女性は座って座って、と結乃香たちに席を勧めた。すると一分も経たないうちに結乃香たち三人の目の前に、コーヒーとショートケーキが運ばれてきた。
「ここって喫茶スペースにもなってて、ほら、あそこのおじさん。あの人がマスターよ」
結乃香たちが書架室の奥の方を見ると、柔和な表情をした初老の男性がにこやかに会釈した。
「せっかくだし、少し休んでいかない?」
「「……はい!」」
結局その日は予定より少し遅く、夕方くらいに解散になった。




