第11話 田園地帯
祭神線、快速・天照行き。
正式な意味での祭神線区間である祭神~天照間を走る、いわゆる優等列車、というやつである。停車駅も桜之丘、近衛園、父川、久義浜、稲原と、祭神線内の駅の中でも乗降客数の特に多い駅ばかりピックアップされている。特に近衛園駅と父川駅の二つは、祭神線沿線を代表する駅だと言っても過言ではない。
「……まあ、今回はそっちじゃないんだけど」
代表する駅……じゃない方に、結乃香はやってきていた。
そこは稲原駅。駅の改札は西口と東口があり、東口から出ると完全なる田園風景がそこに広がる。一方西口は商店街や大規模とは言えないもののショッピングモール、それから住宅地が広がり、快速停車駅のメンツを何とか保っている、と言えた。稲原駅は現状、祭神線の快速停車駅の中で最もそれらしさのない駅として有名なのだ。
「おぉ……」
結乃香は西口から改札を出て、しばらくまっすぐに伸びる道を歩いた。最初に駅舎の入口から風景を見てそうつぶやいたのは、ショッピングモールがあるといっても、やはり閑散としてしまっているところがあるからだった。
結乃香の家の最寄り駅である桜之丘駅も、やはり住宅地が一帯に広がっている、というのが主な特徴で、駅前は案外閑散としている。それでも乗降客数的には他の快速停車駅に引けを取らない程度だ。
「どれくらい歩けばいいかな……」
目的地で案内してくれる人と落ち合うことになっていた。しかし一歩駅の外に出ると日差しが容赦なく照りつけ、結乃香はだんだん頭がぼうっとしてきていた。道もスマホの地図アプリを頼りにしていて、すぐにたどりつけるのかどうかも分かっていなかった。稲原駅に集合、としておいた方がよかったかもしれない、と結乃香は今さら後悔し始めていた。
稲原駅は確かに田園風景が今でも色濃く残る景色の中にたたずむ駅ではあるのだが、実は調べて学ぶに足る、もっと重要なことがあるのだ。
『祭神線沿線はかつてから寺社仏閣が多く立ち並び、特に全国への参拝が比較的自由になった明治以降、近辺は注目を浴びました。もとより祭神線は、そういった参拝客、観光客を各地の名蹟へ輸送する役割を担うため、建設されました』
祭神線各駅に置いてあるパンフレットには、今も昔も変わらず、その文言が書かれているという。
小京都との異名もある近衛園を中心に、祭神、言瀬、岩宮と、ほとんどの駅近くに寺社仏閣がある。そもそも駅自体が、お寺や神社に近くなるように開業していった、という背景があるのだ。
しかしその観点から考えれば、稲原駅はすぐに例外だと分かってしまう。西隣は岩宮駅、東隣は天光台駅というのだが、岩宮駅からは十キロほども離れている。駅の間隔としては、相当広いらしい。対して天光台駅からの距離はわずか数百メートル。駅間隔のバランスを取ろうとしなかった理由でもあるのだろうか、と素人の結乃香でさえ思った。
『祭神線内のほとんどの駅は、そうして沿線住民の希望により開業した駅がほとんどでした。しかし稲原駅だけは例外であり、鉄道会社に対する旧日本軍の働きかけにより、開業しています』
稲原駅は1936年開業。駅を建設するためには用地周辺を整備しなければならず、場合によっては莫大なお金がかかる。だから少なくとも、祭神線を運営している鉄道会社は、一年の間に複数の駅を開業することはあっても、何年も連続で駅を開業させるようなことはしない、というスタンスだったらしい。にもかかわらず、恵野、伊代、言瀬、岩宮の四駅を開業させた1934年からわずか二年後に、稲原駅は開業した。
「ごめーん、お待たせー」
結乃香がぼんやり考えていると、結乃香が歩いてきた道の方から追いかけてくる子の姿が見えた。同じく稲原駅周辺を調査するクラスメイトだ。電車に乗り遅れてしまい、次の電車で来るという話は聞いていた。
「こっちでよかったの? なんだか、もっと閑散としたところにあるって話だけど」
「この先行けば、もっと閑散としてくるから大丈夫」
「そういう問題?」
もう何分か歩くと、やがて商店街を抜けて、まばらに家が見え始めた。それも見向きせず、ひたすらまっすぐ進む。
「……あれ?」
「そう。結構大きいね」
そろそろ道路の左右のガードレールがなくなってきたか、というタイミングで、駅舎と同じくらいの大きさの建物が目の前に現れた。そこが、結乃香たちの今回の目的地だ。
その建物はとある資料館なのだが、それを囲むようにして広大な空き地が広がっている。囲むといっても、資料館が端にあって、その背後が空き地になっている、という具合だ。
入口に近づくと、スーツを着た黒髪の女性が結乃香たちに向かって手を振った。
結乃香の兄の奥さんのつてだ。大学の先生をしていて、所属している研究室の学生さんに案内してもらえないか、と結乃香が交渉していた。ちょうど調べ物をする用事があってこの資料館を訪れるつもりだったらしく、快諾してもらえた。
「迷わずに来れた?」
「ええ。大丈夫でした」
駆け寄ると、まずそう聞かれた。聞けばその人は何度かこの資料館を訪れたことがあるそうなのだが、田んぼの中にぽつんと立っているとばかり情報を聞いて、東口から出て散々迷った経験があるのだという。西口から出ても建物が見えるまでには時間があるので、迷いが出てしまうらしい。
「じゃあ、暑いし入ろっか」
「「はい」」
稲原周辺を調査するにあたって、この資料館は欠かせないのだという。それは稲原が稲原であるがゆえに起きた、悲しい出来事を知るべきだからだ。
「二人は、地域史の調べ物だよね? 私はとりあえず閉架図書の方見るから、二人は自由に見てもらっていいよ」
「「分かりました」」
その言葉を合図に、女性は受付の奥にある書架に、結乃香たち二人は二階の展示室へ進んだ。
その資料館の名前は、稲原砲兵工廠資料館。その名の通り、第二次世界大戦終結まで跡地にあった、日本で五本の指に入る規模を誇った稲原砲兵工廠に関する資料などを展示した、太平洋戦争期のデータを集めた場所だ。




