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サイハレ〜祭神高校、その歴史と現実〜  作者: 奈良ひさぎ
第1条:『サイハレ』は、祭神高校文化部に属する一部活である。ただし学内において持ちうる権力は、その限りではない。
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第1話 祭神高校

 春。

 桜は咲き乱れ、舞い散る桜の花びらが、この時期気分を新たにする者を迎える季節。

 私は先日の春の嵐で半分以上も散ってしまった花びらの作る桃色のじゅうたんの上で、上から毛虫が落ちてこないかひやひやしながら、待ち合わせをしていた。

 ......待ち合わせをしていた、というと何だリア充か、つまんね、と考えてしまうかもしれないが、ここで私が待ち合わせているのは、


「ああっ、ごめんごめん、遅刻しそうだった」

「遅刻してます」

「え?何分?チャイム鳴った?聞こえなかったけど…」

「......私たちの待ち合わせ時間から15分の遅刻」

「ああ!でもわたしが遅刻するのを見越して、早めに設定してくれたんでしょ?」

「......。」


 確かにそれを見込んで、早めには設定した。その証拠に、今この道には私たちと同じ新入生の姿はない。


「学校は開いてるの?」

「......開いてない」

「そんなに早い時間なの!」

「時計見てた?」

「見てない、だって起きたの10分前だもの」

「ほんとに反省の色もない......」


 待ち合わせをしていたのは、私とは中学からの同級生、箕島夏穂みのしま・かほである。中学から、いやもしかすると小学校からの遅刻常習犯で、ひどい時には昼休み中に来た時もあった。彼女いわく「睡眠時間をたくさんとらないと、死んでしまいます」で、先生にも面と向かってそう言ったらしいのだが、これは本当で、別に夜遅くまで起きているわけではない。本気で睡眠時間をたくさんとらないとだめらしい。

 それで授業中も寝てばかりで成績も悪く、並みの高校なんて行けやしないだろう、と高をくくっていた私は、彼女が中一最初のテストで1位をとったことに、腰を抜かしてしまった。


 彼女はこちらの地域に転校してきたのが最近で、知り合ったのは比較的最近なので、彼女のことなんて知る由もなかったが、私の少し遠めの親戚にあたるらしい。もっともどんな濃い血が途中で混ざったのか、私とはまるで似ても似つかない顔なのだが。そのことを彼女に言うと、


「まあ花の名前をそのまま付けちゃう家と、遅刻常習犯の娘を抱える家が親戚だって言われても、にわかには信じ難いけどね」


と返ってきた。

 そうなのだ。私の名前は、西野紫陽花にしの・しょうか。読み方はまともでも、まぎれもない”あじさい”なのだ。



「そういえば、わたしたちの行く高校の名前って祭神、だけど、何でそんな名前なんだろう?」

「さあ......でも確かに、この辺りの地名が祭神、ってわけじゃないもんね。名前だけ聞くと、宗教系?って思ったりするよね」

「聖書とか、買うのかなあ......」

「買わねーよ」


 不意に男性の声がした。振り返るとそこには、『1組』と書かれたプラカードを持った学生服の人がいた。おそらく祭神高校の学生だろう。女子がブレザーである一方で、男子は詰め襟なのだ。私は今でも、あの詰め襟の制服でよく窒息死しないものだ、と思って......


「窒息死なんてしてたまるか」

「......なっ、何で分かったんですか!もしかして今流行りのメンタリストとか、そういうやつですか!?」


 夏穂の方がオーバーに反応した。


「いや、首のとこ見てじーっとしてたから......そんな長いこと首が苦しかったら、普通死ぬ前に脱ぐだろ」

「でも詰め襟にしてはそれ、ユルめなんじゃ......」

「ああ、そうなってる。......やべ、会長に呼ばれてるんだった。まだ早いけど、そろそろ校門も開くと思うし、心の準備でもしておけよ」

「分かりました!」


 その人は重そうなプラカードを軽々と肩に担いで走り去っていった。

 ......世に言うイケメンとは違う気がするが、人を安心させる笑顔をしている人だった。

 恐らくそういう人を、好青年というのだろう。

 間もなくその人が言った通り、門が開いて、私たちは中へ入っていった。


* * *


 しばらく後。

 私たちは、大量の新入生の波に呑まれていた。

 時々メガホンを振り回しそうな勢いで


「入学式の会場にはクラスごとに分かれて座ってもらいますので、自分がどのクラスか、おおよその見当をつけて奥へ進んでくださーい。繰り返しまーす、......」


とあちこちに向けて叫ぶ女子生徒の姿が見える。

 何とか名簿の前にたどり着いたが、先に見ることの出来ていた夏穂が、「あじさい、これ......」とつぶやいた。

 ちなみに、名前が『紫陽花』だからと言って、それを理由にいじってくる人は(夏穂以外は)いなかった。紫陽花なら季節は選ぶが、割と鮮やかで美しいとみんな分かっていたのかもしれない。これで苗字も含めて『慢珠沙華まんじゅ・さやか』とでもつけられていれば、字が少し違うがまんじゅしゃげ、すなわちヒガンバナということで人生も終わったようなものだっただろう。


「あじさい?わたしたち、1組なんだけど......名前が変」

「そんなの今更言われなくたって分かってるよ!」

「そ、そうじゃなくて......」


 夏穂が指差したところには、私の名前があった。

 一瞬なんだ、やっぱり私のことじゃないか、また何十度目かのあじさいネタか、と言いそうになったが、ほどなくその名簿の異常さに気が付いた。

 西川、西沢、西澤、西田、西出、西野、西原、西溝、西山。

 とにかく西だらけだったのだ。もう少し上の方には、『西東』と書いて『さいとう』と読む苗字さえあった。


「大丈夫なの、これ......?」

「ま、少なくとも世間一般ではないよね。これゲシュタルト崩壊起こすやつだよね?」


 きっと学校側で仕組まなければこんなことにはならない。......と言っても普段のクラス分けも『学校側が仕組んでいる』のだけれど。

 人の波に揉まれて会場に入って、夏穂は「み」なので後ろの方、そして私は『西ファミリー』の渦中に座った。


「おおーっ!!やったな女子だぞ!」


 そして座って一息も付く暇はなかった。


『西』だらけだけではなかった。その『西ファミリー』は全員男子だった。


「よろしくな西野さん」

「俺もぜひ名前覚えてくれ!」

「いやーよかった、これで『西野』も男子だったら終わってた」

「男くさくて仕方ねえもんな!ってことでよろしくな!」

「ああっ、いきなり女子に握手とか求めやがって!......俺も!」

「ちょっ、俺は?俺にも振り向いてくれ!」


 あまりにひどかった。華麗なる『西ファミリー』の男子たちはいいかもしれないが、これでは私の方が悲しい学校生活を送ることになりそう。そう思って、助けを求めようと夏穂の方を振り向いた。

 夏穂は前後左右、女子に囲まれていて、楽しそうにおしゃべりしていた。そしてふと私に気づいてこちらの方を見遣って、


―――ニマッと笑った。


「くっそあいつっ…!」

 それもただの『ニマッと』ではなかった。しっかりへっへっへ、やってやったぞこんちくしょう、みたいなドヤ顔含みだった。

 思わずにらみそうに、というかその勢いで鬼に変化(へんげ)しそうになったがあわてて(眉をぴくぴくさせつつ)平穏な顔を保ち、姿勢を元に戻した。そして向き直れば待ち受けるのは『西ファミリー』パラダイス。

 ただ一人、私を気遣ってほかの『西』を制裁、いや成敗した西沢くんと、あとは一切何も話しかけて来ず、なぜか震えてばかりいた西原くんとだけ、話しかける気になれた。


「ああ、西野さん、西原と話してみ。面白いと思うよ」


 西沢くんはなぜか、くすくす笑いながらそう言った。

 その声さえきっと聞こえているであろうにもかかわらず、西原君はじっとしたまま、その姿勢を変えることがなかった。


「大丈夫?調子悪いの?」


 私がそう話しかけただけなのに、西原くんはビクッッ!!!と飛び上がり、顔を真っ赤にして、首を横に振った。

 よっぽど女子慣れしていないのだろうか。男子校出身ならその反応もあり得るかもしれないが、特にこの辺りではそんな男子校があるなんて話は聞かない。

 様子見かちらっと振り向いた西沢くんはそんな西原くんの様子を見てニヤニヤしていた。


「あ、…後で、一緒に来て、くれないかな」


 細々とした声で、西原くんは言った。


「ええっ!」


 と驚いたのは、私ではない。周りにいた『西』ファミリーだ。


「お前入学式始まる前からいきなりかよ!積極的だなオイ!?」

「しかも公衆の面前で!!」

「ないわ~、さすがにないわ~」


 ......とは私は口には出さなかった(思ってなかったとは誰も言ってない!)ので、意味は分からなかったがとりあえず従うことにした。



 入学式、始業式、終業式、卒業式。

 こう言うと失礼かもしれないが、その風物詩と言えば、


「校長先生の話の長さ」


なのだろうと、私は12歳か13歳かで早くも悟っていた。

 祭神高校、という変わった高校の名前だから、校長の話ももしや......!と私はひそかな期待を寄せていたのだが、その期待はあっさり裏切られた。まあ当たり前と言えば当たり前だ。

 期待していた分の落差も含めて耐えきった後に、生徒会長の話があった。


「みなさーん、おはよーございまーす」


 壇上に立ったのは、さっきメガホンをふっとばしそうな勢いだった人だった。女生徒会長とは珍しい......


「みなさんはー、80期生というー、たいへんメモリアルな学年でーす。同時にこの学校、歴史あるんだということが分かるでしょう?......そしてこの祭神高校では、女生徒会長というのも実は珍しくありませーん。そこのアナタ!今チラッとでも珍しくね?とか思ったでしょ?口に出さなくても分かりますよー。私は高校2年生、つまり79期生なのですがー、私も含め79人の生徒会長のうち、58人が女生徒会長なのでーす。あ、遅くなりましたがー、私が79代生徒会長のー、秋奈真香あきな・まなかでーす。今後みなさんの学校生活が少しでもいいものになるようにー、体張ってく覚悟でいますので―、......全力でかかってこいや新入生!!」


 ......と、のんびりしているのかしてないのかといった口調でしゃべった。


「それにしても58人も女生徒会長がいるとは......」

「ここでは珍しくないみたいだけど、世間的にはやっぱり珍しいよね。ドラマとかアニメの中の世界みたい。憧れるなあ......」


さっきまで人一人に後で来てもらう約束をするのに顔をトマトにしていたとは思えないほど平穏な口調で、西原くんは言った。


* * *


 そんなこんなで入学式は無事終わった。夏穂がちょいちょい、とお前はハリウッドスターか、みたいなstylishな手招きをこちらにしてきたので、顔をしかめてしっしっ、と日本流の追い払う仕草で応対しつつ、夏穂の方へ行った。


「うっしっし。ざまあみやがれあじさいめ、男子に囲まれまくる気分はどうっすか??なかなかええもんでしょ」

「......一発殴るよ?」

「......ごめんなさい」

「でもまあ確かに、キャラは濃かったね。毎日一緒にいると疲れそうだけど」

「あんだけ『西』が集まれば変な仲間意識が芽生えそうだもんね」

「あ、そうだ、なんか西原くんに入学式が終わったら来てくれって言われてるから......」

「おお、積極的ですねえ。多分あの子はいいよ。遠目から見てもなかなかの逸材。OKしといた方が......」

「やっぱごめんとか言っときながら殴ってほしいんだなそうだな!?10発か20発ぐらいは覚悟を......」

「うわわわわわわ、ごめんなさいっ!!許して一生のお願いでっ!!」


 そんなに簡単に『一生もの』発動してこの先生きていけるか?

 まあ別に夏穂が一時の過ちで後々困ろうが私は知ったこっちゃないので、殴るそぶりも見せず夏穂に言う。


「じゃあね夏穂。行ってくるから。もしも告白されてるんだとかワケ分かんないこと周りに言いふらそうものなら......」

「わわわわわ、わ、分かりました西野殿!西野様!西野氏!」


 ......それグレード下がっていってるからね?



* * *


「西野さん」

「はい?」


 座っているときは気づかなかったが、会場の外でいざ西原くんと対面してみると、彼は私よりも背が低かった。


「何かわ......僕って今、不自然?」

「......は?」

「もしかして僕が、何か変なことをしてるんじゃないかって思うと、不安で」

「そのために、私を呼び出したの?」

「......まあ、そうとも言える」

「何それ......」

「気を悪くしたならごめん......ただ、心配性、で......」

「まあどうせ呼び出されたし、せっかくだから」

「とりあえず外見が怪しいとか、そういうのは......」

 そう言われたので、西原くんの目をじーっと見つめてみた。じーっ、じーっ、じーっ......。


きょろっ。


「その目が泳いだとこ!?」

「それは......違う、と思う」

「うーん......」

 一応頭のてっぺんから足の先までざっと見たが、特に『変だ』と思うところはなかった。

「別に、ないと思うけど......」

「そっか......」


 グイグイきたわりには西原くんは妙にさみしそうな顔をして、「......じゃあまた、後で教室で」と言って、そそくさと去って行った。

 気づけばあと3分でホームルームが始まるところだった。悠長に構えている暇はない。私も慌てて、西原くんの後を追って教室を目指した。


* * *


「西野さまどうでしたか、告白加減の方は?」

「あのねえ?」

「はい、ごめんなさい」


 ポカンッ。

 反省の色もない謝り方に一発。


「反省してるの?その謝り方で」

「てへっ☆反省の色は白色~」


 ポカッ、ポコンッ。

 だいたい返答は予想できていたはずなのに、わざわざ聞いた私のバカさに対する悔しさもまとめて込めて二発。


「いたた......で、本当は何話したの?」

「何か、『僕が不自然なところはないか』だって」

「それってあじさいが知らないだけで、実は最近流行りの告白文句でしたとか、そんな感じじゃないの?」

「んなわけないでしょ。いい加減それを引きずるのをやめようか?ねえ夏穂さん?」

「だって~。ねえ?」


......と、このタイミングで担任の先生らしきおばさんが入ってきたので、私たちはあわてて自分の席についた。


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