世界が滅亡しても君とデートにいこう
私、馬鹿だから難しい事はちょっとわからないのだけれども。
私の彼に、世界が託されているんですって。
「隕石襲来まであと3日です。」
テレビでアナウンサーが真剣な顔をしている。
「観測所の最新の予測によりますと夜8時頃になりそうだという見立てで……」
うそん、前は9時だったのに!1時間も短くなっちゃったの?
8時。8時かぁ。
ちょっと予定を見直さないと行けないかもしれない。
移動時間を短くしてディナータイムを前倒ししようかしら?
あと3日。一日経つ度に近づいていくその日に、私の心は弾む。
カレンダーにペンで花丸が書かれたその日は、わたしにとって何よりも大切な日。
ゆう君とのデートの日。
その日のための準備を私は怠わらない。ゆう君は働き者でいつだって忙しいから前準備はいつも私の仕事。デートをめいいっぱい楽しむことがいつも彼の仕事。
その日のスケジュールだってしっかり調べてあるし、実際にその場所に行って道順とかも調べた。電車の混み具合何かも調べてあまりにも混みそうな時間は避ける。
もちろんデートはゆう君が楽しむことが一番の目的だから、スケジュールの変更なんてよくある事。でも私は精一杯彼の癒しになりたくて頑張る。私は彼のためならば何だってやれるの。
それに比べたらテレビの向こう側で偉い人たちが難しい顔して話していることのなんとくだらないこと。
つまりですね、私が何を言いたいのかと言いますととっても楽しみにしてたんです。3日後を。なのに。
「デート出来なくなった!?!?」
「うん。ごめんな。ていうかやっぱりデートする気だったんだな」
久しぶりのゆう君からの電話に心踊らせたらこれだよ。酷くない?
「当たり前!だって私はゆうくんの彼女だもん!」
私がどれだけ楽しみにしていたか知ってるでしょ?って言ってみる。
「ごめん。でもさお前だってわかってるだろ?デートしている場合じゃないって」
分かってる。分かってるよ、地球が終わるんでしょ、その日。
でもそんなこと私には関係ないの。ううん。違う。ゆう君とのデートを前にしたら、そんなことちっぽけなことでしかないの。
「……優希?おーい優希さーん?」
ゆう君の声がする。
構うもんですか。
「なぁ、優希。お前俺の仕事、なんだか知ってるよな」
「知ってる」
私はゆう君のことならゆう君より知っているもの。
「なら分かるよな。……休めないんだよ」
「なんで」
「世界が終わるかどうかは俺の手にかかってる」
「うん」
ゆう君は研究者だ。世界一って呼ばれてる、私の自慢の彼氏。
彼の研究は地球に隕石を落下させない方法を調べることだ。隕石が来ると人類が知ってから、彼はずっとその研究をさせられている。
「ならわかるだろう。休めないんだ」
「わかんないっ」
「お前いい加減にしろよ。俺が頑張らないとお前だって死んじゃうんだぞ」
「そんなもの、どうだっていいの!」
私の願いはゆう君の幸せなの。
それ以外は全部、全部些細な事なの。
「……ごめん、な」
カチャン、と電話が切れる音。
うん。予想してた。けど結構きついね、これ。いつもゆう君はお仕事の邪魔しない限り最後まで私に付き合ってくれるもの。優しいから。
だから、きっと、忙しいのだろう。私との話がろくにできないくらいに。それでも少しだけ付き合ってくれたのが、彼の優しさよね。
ぼふっとソファーに沈み込む。
そのまま上を見つめて考えるのはもちろん、ゆう君のことだ。
馬鹿な頭で一生懸命考える。ゆう君にとっての、幸せ。
でも結局わからない。頭のいい人の考えてることってそういうことが多い。それはゆう君もそう。
でも私はゆうくんの彼女だし。少しぐらい私を優先して欲しい。というか彼女って彼氏を思いやるものよね?なら私のエゴで彼の幸せを考えた行動をとってもある程度は許されるのかな?許されるよね!
「ふぅ」
ってことで来てしまいました、ゆうくんの職場___の集中制御室!
私馬鹿だからさ、どこをどうやればゆうくんのおやすみがもらえるかなんて分からない。でも考えたんだよね、分からないなら、全部、全部やってしまえって。
てことなら、コントロールをぷっちんするのが手っ取り早くていいかなぁと思いまして。
勉強してみました、コンピューターハックの方法。馬鹿でもわかる、というのを借りてみて、段々本のレベルを上げてみたらどうにかなりそうでしたから。最後は一般で売ってるレベルじゃ足りなくてパソコンの暇人たちの助けを借りたけどね。でもなんとか理解出来たから。教えてくれた方々のおかげだ。彼ら彼女らのためにも私は必ずゆう君の休日を勝ち取らねば!えいえいおー!!
という事でぽちっとな。
途端鳴り響く警戒音。落ちるブレーカー。一瞬後に送れてくる人々の困惑の声。ヤバイ犯人が私だってバレたら怒られる!
どうしよう。なーんにも考えてなかった。
コンピューターを乗っ取ることばっかりで私自身がどう逃げるとか、全然考えてなかった!!これだからバカは。あぁまたゆう君にバカって言われちゃうー。
人の足音が近づいてくる。そりゃそうだよね。ちょっと考えればわかるよね、集中管理室が何かやらかしたぐらい。だってさ、集中管理室、なんですもの。
どうしよう、ここで私が捕まったら十中八九ゆう君に迷惑がかかる。だってゆうくんと私が付き合っている事をみんな知っているんだもの。それは嫌だ。何が何でも嫌だ。そうだ、天井に張り付いていよう。人は上は盲点だ。あまり気にしない。私はあまり体を鍛えているほうじゃないからあまり長時間天井に張り付いていることは出来ないけど、それでも人ひとりここを探すぐらいなら我慢できる。よし、それで行こう。もしそれでもだめだったら出来る限りゆう君との関係がバレないようにしよう。
とりあえず他人のフリ。えーと私のおばさんのいとこのふりでもしようか。
ガチャリ。
無機質な音がしてドアが開いた。その予想外の人物に思わず声が出る。
「ゆう君!」
本物だ。本物のゆう君だ。会いたかったゆう君だ。写真じゃない目の前にいる、私と目が合っている、私の行動に困った顔してる、いつも通りのゆう君だ!本物だ!
「やっぱり君か。そうじゃないかなと思ったんだ」
ゆう君が喋ってる。私にしゃべりかけてくれてる。
「ゆう君、ゆう君!ゆう君!会いたかった!」
そう言うと私は彼の胸にダイブした。急な行動なのにゆう君はちゃんと私を受け止めてくれる。優しいゆう君。大好き。
「優希、また変なことしただろっ」
ふらふらと近づく私にゆう君がデコピンする。いつもの愛のムチ。
今回はいつもより怒ってませんか、ゆう君?
「だってゆう君デート来れないって言うんだもの」
「あのな、仕事なんだよ。世界を救う」
いつもより低い声でそう言われても私は引かない。たとえそれがゆう君でも。ううん、ゆう君だからこそ、私は引かない。
「世界を救うのがそんなに大事なの」
ゆう君を犠牲にしてまでやらなくちゃいけない事なの?
「あぁ。だから余計な事、しないでくれ」
そっか。
それじゃあ仕方が無いね。ゆう君にとってそんなに大切ならさ。
_____なんて、私が言うと思った?
「するよ、余計なまね、いくらでもするよ」
だって私はゆうくんが大切なんだもの。
とってもとっても大切なんだもの。
それこそ世界より大切なんだもの。
ゆう君との未来より、ゆう君の笑顔が欲しいの。
いまみたいにやつれたゆう君は嫌だよ。どうせまた寝てないんでしょう?またどうせまともなご飯食べてないんでしょう?またどうせお日様に当たったのは一ヶ月前とか余裕で言っちゃうんでしょう?
だめだよ、そんなの。私が許さない。
ねぇ、ゆう君。
ゆうくんは確かに世界一の科学者だよ。
でもね、人間なんだよ。神様なんかじゃないんだよ。人は皆ゆう君の事を昔から神童やら神の頭脳だとかいって何かと神様にさせたがるけど、ゆう君は人間なんだよ。人間なんだよ。神様になんかなれっこないんだよ。だからさ、世界を救うなんて神様みたいなこと、出来ない。そうでしょう?
ゆう君はさ、私と違ってバカじゃないからさ。みんなの期待に応えようってがんばっちゃうんだよね、知ってる。そんなゆう君も好き。大好き。でも今回だけはダメ。ゆう君もう限界なんだもの。
だから私はゆう君を止める。
だって私はゆう君の彼女だもの。
「このままだと優希、お前まで死ぬんだぞ」
「いいよ」
いいよ。本当にいいよ。
「なんで……」
「人はいつか死んじゃうよ?私だっていつか死んじゃうよ。だったら、別にいいじゃん。それよりもね、ゆう君。私はそれまでにいっぱい、いーっぱいゆう君にあいたい。ゆうくんといっぱいおしゃべりしたい。ゆう君をずっと観ていたい。ゆう君のこと好きだなーってずーっと見ていたい。一緒に下らないことで笑いたい。夜寝る時に隣にいて欲しい。」
「オレは優希に出来る限り生きていて欲しい」
「そっか。じゃあ2人で逃げ出しちゃおっか」
「え、優希?なんて?」
「とりあえずゆう君は寝ててね。おやすみなさーい」
私は懐に隠し持っていた麻酔針をゆう君に刺した。昔とった看護師資格がまさかこんな所で役に立つとは。お陰でゆう君に必要以上に痛くさせないでさすことが出来た。
別に計画が早く待ったけどいいよね。
私はゆう君をお手製の宇宙船に乗せるとエンジンを積んで最終確認に入る。
よし、準備OK。さん、にー、いち、ゴー!!
あっという間に遠ざかる街に手を振っているといつの間にかに表層圏を抜けた。もうここは宇宙だ。
瞬く星は綺麗だけど、今はそれどころじゃない。今一番大事なのはゆう君だ。
ねぇゆう君。これなら私も生きていけるし、デートにも行けるね。
世界とか人類とかがどうなっちゃうかは分からないけど、別にいいよね。
もとから壊れる予定だったし。
ゆう君が隣で寝ている。
それだけで私は幸せ。
ねぇゆう君。起きて君が元気になったらデートに行こうね!