眠気は辛い
意識が中途半端に覚醒したり、沈んだりを繰り返して何が現実で何が夢なのか境目が分からない状態の中、瞼を開けることが出来ずにいると温かな光の中で泣いている女の子がいた。
声を掛けたいし、駆け寄ってやりたいけど体が重くていう事を利かないし、声を出したくても唇が開かない。
ただただ、痛みを堪える様に泣いている少女は、いつしか見覚えのある姿に成長した。
サフランだったのか。
サフランは、ずっと泣きながら謝っている。
何か悪いことをアイツはしたのだろうか。
まさか、腐ったこと以外にも何かしでかしてるのか?
困った奴だ。
〈ごめんなさい。ごめんなさい。エル、ごめんなさい。〉
俺に対して謝っていたのか。
泣くほどの何かを俺にしたのか?アイツが?心当たりないな。
〈いつもごめんなさい。すぐに痛いの治しますから…頑張ります…私にはこれしかできませんから…〉
ああ…こいつは俺に今、回復術を掛けてるんだな。
早く目を覚まして、笑い飛ばしてやらないと…気にすんなって言ってやらないと…
重たかった身体が楽になってきてたら、今度はポールの声が遠くの方から聞こえた。
早く目を覚ませてきなことを言っているのだと微かに聞き取った。
軽くなった体に感覚が戻っていくのを感じると、瞼を開くために力を入れ、本当に覚醒したのだと実感した。
うん。
なんでサフランの気配があったのに、泡塗れの全裸ポールしか目の前にいないんだ?
「あのな…だからなんで毎回お前は、俺が目を覚ますと全裸なんだよ…しかも、泡付きとか気持ち悪い。」
「今回は、目を覚ますのが早かったな。」
「サフランが回復術頑張ったみたいだから…体が前回より軽い…まぁ、眠気凄いけど。」
「明日もバッチリ働いてもらうから今は寝とけ。」
「……お前は…早くブラブラしたもん洗って服着て寝ろ…変態…」
アイツはなんでいっつも全裸待機なんだ?
また、眠気と現実の狭間から下へ下へと落ちていく。
嫌な予感。
今回は、アイツの元に行きませんように!
翌日、俺は清々しい朝を迎えた。
心配していたアイツの元へは行かなかったからだ。
忙しいとは言っていたが、本当に忙しいらしい。
ふかふかの掛け布団から抜け出ると、身支度を終えたポールがドアの前に座っていた。
「何やってんだ?そんなとこに座ってたら誰も入ってこれないだろ?」
「入らないようにしてるんだ。」
「は?」
「お前の意識が戻ったと言ったら次から次へと騒がしい…それに、連れて帰った子供の親や連れて帰れなかった子供の親たちが代わる代わる面会を申し出てきて大変なんだ。」
「ポール、連れて帰ってきた子供たちの親に関しては、面会する気がないことを伝えてくれ。連れて帰れなかった子供の親には、今日これから向かうから話す時間はないと言ってくれ。」
「分かった。」
「ストラトス。」
「はい、ここに。」
「ストラトス!?」
俺にとってはもう普通になってきたストラトスのスキルだが、ポールには全く馴染みがない上、気を張っていたのにも関わらず、ストラトスが近くにいたことが分からなかったことにも驚きを見せていた。
普段モブ面なのに、驚きまくっている顔はやたら面白いから噴き出してしまった。
「ぶはっ!…そりゃ驚くよなー。俺もいるって分かっても驚くからな。」
「スキルがおかしなことになってるんじゃないのか!?」
「なってるだろうな。暗躍スキル極めたって言ってたし。」
「極めた!?」
「ポール、話が進まないから、後でゆっくり俺と一緒に暗躍スキルについて聞こう。
ストラトス、報告を頼む。」
「はい。まず、領主の方ですが…地下道で殺されているのを発見しました。殺されたといっても…何と言いますか…体の一部が抉り取られているような状況でした。」
「やっぱり殺されていたか…今、この領地を治めているのは誰だ?」
「領主の息子で、歳は47歳と中年ですが、エルフの血が半分入っているので見た目はもう少し若いです。」
「親が居なくなったことに疑問を持っている様子は?」
「ありません。」
「だとすると息子が犯人か?」
「いえ、息子も様子が少しおかしいです。昼間は寝ていて、夜になると仕事をこなすような感じで…私が思うに、魔族が関係している可能性があります。」
「厄介な方向に進んでるな。」
地下道を調べる必要があるかもしれない。
人の体を抉り取るのならば、それなりの力か武器が必要だ。
通じている魔族が手を下したのならば、素手で一撃でも不思議ではない。
ましてや地下道など、治安のあまり良くないこの状況では誰もいかないだろう。
「子供たちを救出したら、ストラトスはブルーノを連れて現場となった地下道へ行って調べてきてくれ。」
「かしこまりました。」
「エル…お前、すっかり役人みたいな貫禄が出てきたな。」
「やめろ。俺はぴちぴちの美少年様だぞ。
ポールは、俺がさっき言ったことを伝えに言ってくれ。人手が足りなかったらサラとサフランを使え。ストラトスは、奴隷たちに出発の準備を終わらせるように伝えて。俺は、その間に体を洗って支度を整える。」
「「了解」」
二人が出て行ってから部屋の鍵を閉めて、水魔法と花石鹸でさっと体を洗い、汚れた水は窓の外へと蒸発させた。
もう、隠す必要ないしね!遠慮なくバンバン魔法を使ってスキルアップしないと。
濡れた髪を手拭いで拭いて、新しい下着とストラトスが用意しておいたであろう新品の服を身に付け鏡の前に立った。
……おかしい…俺は、成長してるのか?
鏡の前に立つ俺は、村にいた時と変わらない顔と身長だった。
アジュも兄ちゃんも成長してる。
顔つきも変わってきたし、髪だって伸びてる。
俺は、全然顔が変わらないし、髪も伸びていない。
………よし!考えるのをやめよう!いけない扉を開いてしまうところだった!
さて、目の前の問題を片付けることに集中しよう!
余計なことを考えないように両頬を叩いて気合を入れ、部屋を後にした。




