エルとピザ sideカンバー
僕は、ずっと同じ森で変わらない生活をして、母さんの様に迷い込んできた旅の種族と恋に落ち、子供を身ごもって大事に育てていくのだと思っていた。
同族同士でも結婚したり、子供だけを育むだけの関係だったりしていたけど…僕は、母さんの話を聞いて憧れていたんだ。
種族を越えた愛。
年に一回、同族同士の集いがあるので、その度に母さんのような人たちから話を聞いて憧れを強めた。
母さんに話すと、僕の見てくれならナヨナヨした話し方の方が、その可能性を上げると言われた。
狩りをしたり、作物を育てたりしながら、まだ見ぬ未来の相手に思いをはせていた毎日。
平和が、こんなにも脆く早く崩れ去るとは人間が襲撃してくるまで思わなかった。
予兆はあったのだ。
森の木々が知らせてくれた。
けれど、救世主が現れるから安心しろとも言っていた。
救世主は、きっと僕の運命の人になると思って、心なしかワクワクして森の話から数日眠れなかった。
でも、現実は甘くなかった。
森は言っていたのだ。
救世主が来ると。助けが来ると。しかし、いつ来るとも全員を助けるとも言ってはいなかった。
エル達が来たのは、人間達の襲撃から数日経ってからだ。
僕は、拙い言葉でエル達に恨み辛みをぶちまけてしまった。
今考えるとエル達にとっては理不尽な話だろう。
エル達は、僕に対してとても親切で優しかった。
森から出て、村や他の沢山の人間に会ったことのない僕にとっては殆どが初体験で刺激的。
興奮して眠れない日もあった。
初めの村では、僕は足手まといだったけど、エルは気にかけて役割をくれたり、労ってくれたり、頼ってくれたりした。
笑いかけてくれたり、僕に優しく触れてくれたりすると胸が痛い位高鳴った。
僕以外の人に笑いかけたり、じゃれていたりするとお腹から嫌なものが沸き上がる感じがして苦痛で、その場から逃げ出した。
皆から愛されてるエルだから、僕一人が独占することは出来ないって分かってる。
エルの仲間は皆いい人だ。
その人たちを悲しませることはしたくない。
新しい生活は、体だけでなく、心も忙しいものだと実感している。
母さんたちを助けるために、国境を越えて隣の国、ホフタへと入る時のことだ。
通行証書を見られている間、一人の兵士がチラチラエルを見ている。
その視線が、村にいた時に僕たちを襲撃してきた人間達と同じだった。
誰かに知らせなくてはと顔を上げるが、ポールが笑顔で遮ってきた。
「あとでな。」
「わかった。」
流石、エルの騎士と名乗るだけある。
散々悪口の言い合いをしてるのに、肝心な時にはちゃんとエルの周りへ目を配っている。
胸がチクッと痛んだけど、ポールとエルを見ているとよくあることなので気にしないことにした。
国境を越えて、すぐに兵士に気付かれない様エルに教えたポール。
それに対してすぐに行動に出るエル。
エルの指示に的確に行動するアジュとサフラン。
それに気が付く他の仲間。
みんなエルをよく見ているから動けているのだと思った。
「カンバー!リスト奪還組の隊長に任命する。ストラトス達は重要書類を盗み出したりすることに慣れていると言っていたけど、危険なことをする可能性がある。怪我をしたり、無理だと判断した場合は俺の名前を出して引き摺り戻してくれ。」
「了解!」
新しく加入した奴隷たちにも、しっかり配慮しているなんてすごい。
それに、僕に何ができるかと聞いてきて話したこともしっかり覚えていて、今回の任務に加えるんだから頭がいい。
僕は、森の民だから狩りも生活の一部で、気配を消すことや壁や木に登ることがとても得意だという事。
障害物があっても速度を落とすことなく走れるという事。
ストラトス達とは、仲間内では比較的仲がいい方だから適役だ。
奴隷達は、新しい主であるエルに心酔しつつあるので、命を粗末にしそうだと僕も思う。
しっかりお目付け役を頑張らないと!
早速行動に出るためにスキルを使って砦へと戻った。
「4人とも、大事なことだから言っておくけど…エルに嫌われたくなかったら怪我したらダメだよ。」
「分かっています。あの方は、とても優しく温かい。」
「だだだだだ大丈夫。」
「ご主人様…悲しむの…見たくない。」
「……」
イヴェコは話せない代わりに、激しく頷いて見せてくれた。
意外にもエルの気持ちがちゃんと伝わっていて安心したよ。
敵地にいるのに自然に笑みが零れ、力強く頷いてから話をしていた通り行動した。
ストラトスとリブラが、先行して砦内の兵士が集まりそうな場所へと天井を伝って移動し、情報を仕入れている一方で、僕とフィアットは馬が繋がれている場所へと気配を貸して移動し、馬に乗せる鞍をすべて隠した。
イヴェコは、僕たちが作業している間に近づいてきた兵士を片っ端から後頭部を殴って気絶させた。
兄妹が戻ってくると、リストの場所が特定できたので盗み出す作戦を立て直す。
「リストは、まだ兵士が書いている最中。終わるのは砦が閉まる夕刻か。」
「普段よりも通行人数が多いから一気にまとめるみたいです。」
「夕刻まで…あと少し。」
「兵士が気付かないように、エルの名前が書いてあるリストだけ欲しいな。」
「リブラ、フィアット、あの作戦で行くかい?」
「ご主人様の為。」
「わわわわ私も…やややる!」
「作戦?」
「迷った振りをして兵士を色香で惑わせるんです。その間に、私がリストを抜きます。」
「なるほど。それじゃ、二人の回収は僕が引き受ける。」
「助かります。」
「イヴェコは、援護を頼むよ。」
「……」
作戦がまとまったので、こんなところでゆっくりはしてられない。
馬が待機する場所へと続く、廊下へと入ると丁度良さげな曲がり角を見つけ待機する。
ストラトスは、慣れたように天井へ張り付いた。
時間が経つと兵士が二名、上機嫌で話しながら廊下を歩いてきた。
手には紙の束を持っているのが分かる。
あの中からエルのリストだけ引き抜くことができるのだろうか?
「あああああああの!」
「お前たち、こんなところで何をしている!?」
「申し訳ありません。ご主人様とはぐれてしまいまして…こちらに、子供が来ませんでしたか?」
「子供など…ん?お前たち、昼間ここを通った者たちじゃないか?」
「はい、通った後ご主人様が、この国の馬が見たいと言って引き返したのです。」
「そそそそそしたら…人が多くて…はははぐれて…」
「確か、凄い美少女だったよな?」
「ああ、よく俺も覚えてる。だが、見ていないぞ?」
兵士が、チラッと手に持っていたリストへ視線を向けたのを、僕もストラトスも見逃さなかった。
ストラストの手が一瞬揺れた後、僕に向かって合図を出したのを切っ掛けに曲がり角から姿を出した。
「お前たち、エミル様が外で探している。」
「「申し訳ありません。」」
「うちの奴隷がすみません。よく言って聞かせます。」
「いや、迷っただけのようだから…そんなに仕置きをしないでやってくれ。」
「………それは、ご主人様が決めることですから。」
無表情のまま、少々やりすぎだとは思ったが、怪しまれないように二人の髪を引っ張って足早に歩いて外へ出た。
この国の奴隷に対する扱いが酷いのは、4人から聞いていたからだ。
「二人ともごめんね?大丈夫?」
「大丈夫。これでも、まだ甘い。」
「そそそそう!」
「え…髪を引っ張るってかなりだと思うんだけど…」
「気に病むことはありません。私達はこの国で長く奴隷をしてきましたから…」
「……」
演技とはいえ、二人の髪の感触が放した今でも手に残っている。
こんな後味の悪いことが、まだまだ甘いだなんて4人は、本当に辛いことだらけだったんだろう。
母さんより体が弱そうな4人がこんな感じだとすると、母さんは今頃もっととんでもない扱いを受けているかもしれない。
焦る気持ちを見通したイヴェコが、優しく背中を撫でてくれた。
イヴェコは、少しだけ母さんに似てるから落ち着く。
「有難う…リストも手に入ったことだし、鞍を戻してエルのところへ戻ろう。」
「イヴェコが眠らせた兵士も起こしていきましょう。」
ストラトスは、リストの紙を畳んで懐へ入れ、兵士たちを何食わぬ顔で起こしに行った。
僕もストラトスに続いて兵士を起こしに行き、イヴェコとフィアット、リブラは鞍を馬の側へともどした。
兵士たちを起こすときのストラトスは、本当にしれっとしていた。
「みなさん、大丈夫ですか?外を歩いていたら山賊のような風貌の人たちが走っていったのが見えましたので心配してきたんですが…何か取られていませんか?」
「な……なんだと!?」
「はぐれた奴隷を探しに来たが…まさかこんなところに出くわすとは。警備を強化されることを勧める。」
ストラトスに合わせてはみたが、コイツは肝が据わっていてすごいな。
兵士たちは、僕たちに言われるがままバタバタと報告の為奥へと走っていった。
僕達は顔を見合わせて笑い合い、3人と合流してエルの待つ場所へとスキルを使って戻った。
少し遅くなってしまったが…とんでもない光景が待ち受けていた。
簡易テーブルに、色とりどりの料理。
お腹を真ん丸にしたサフランとアジュ。
狂ったように料理を貪っているブルーノとポールとサラ。
「どうなってるの?パーティー?」
「いや、エルが頑張ってる皆に料理を作ったんだけど…エルは、食べられないベルベリ食べて寝ちゃって、アジュとサフラン、今がっついてる3人は料理にはまっちゃって。」
「ベルベリ食べて寝ちゃうなんて、エルは魔族なの?」
「違うよ。ただ、そういう体質になっちゃっただけ…間違ってもエルにそんなこと言わないでね。」
怖い!ライルは、エルが傷つきそうなことがあると直ぐに怖くなる。
ポールとエルが言ってたけど、これがあの魔王モードなんだね。よくわかったよ!
俺も頷いてるけど後ろの4人も頷いてるのが分かるし、怯えてる!
「さ、みんな疲れただろうから食べなよ。ストラトスとリブラはベルベリ大丈夫?」
「私達も食べると少し眠くなりますが、エルグラン様のように、ぐっすり眠りに落ちることはないです。」
「そうなんだ。それじゃ、テーブルの上のものを早く食べちゃいなよ。無くなるよ?」
ライルは、俺達にも食べるように促すと自分は、エルの側に行って膝枕をしてあげていた。
兄弟愛のはずなのに、サラが変なことを言うから気になってしまいます。
それにしても……ああ、いい匂い。
嗅いだことのない匂いに誘われて、料理を一切れ手に持ち、味が想像できないので小さめに一口食べる。
どうしたことだろう。
それから、食べ終わってお腹が八切れそうになるまでの記憶がない。
ストラトスもリブラも僕と同じだった。
イヴェコとフィアットは、料理で頬を膨らませながら仰向けで倒れていたので感想を聞けていない。
エルは、只者じゃないと思っていたけど、こんな料理が上手だなんて嬉しい誤算です。




